トイレには
お久しぶりです。
噂のあるトイレで──
この間晴れたのが嘘のように、今日は雨が降っている──。
龍野凉と鈴木遣、佐藤縁は、放課後に掃除を行っていた。
それも、一階の陽があまり当たらない、生徒も使っているのかどうかさえあやしいトイレを……。
「龍野、鈴木、こっち終わったから、早くそっち終わらせてよ?」
「はいはい」
「今やってる──」
と凉と鈴木がトイレの入口で待つ佐藤に答える。
三人が掃除をしているトイレは、女子トイレ、男子トイレ、多目的トイレの計三ヶ所だ。
女子トイレは一人で大丈夫というので、女子の佐藤が。
男子トイレと多目的トイレは、凉と鈴木が掃除している。
「そういえば、ここのトイレって色々噂あるんだよね」
とただ待っているのがつまらない佐藤が口を開いた。
「そうなのか?」
「知らなかった」
と凉と鈴木は掃除をしながら反応する。
「そうよー、特別に話してあげる」
佐藤は楽しい話を始めるかのように、話を始めた──。
「ここのトイレって、よく自殺があったんだって。しかも、女子トイレ、男子トイレ、多目的トイレ、全部のトイレで」
「全部?!」
「そう、全部──」
驚いた鈴木に、佐藤は頷く。
「理由は色々だけど、三ヶ所で自殺してるのね。だから、夜誰もいなくなると、三ヶ所のトイレから、紐が何か重い物を吊るして揺れる、ギギギギ……って音がするんだって」
「それって……」
と鈴木がその音の正体を口にした。
「もしかして、首吊った人が揺れて……」
「そう!」
と佐藤はぐっと親指を立てる。
「何でそんな嬉しそうなんだ」
「いやー、何かぞくぞくするよね!未知の事だからさ」
と佐藤は凉に言った。
「ならもう行こう、掃除終わったし……」
長く居たくないと、鈴木はさっさとトイレから出る。
凉も道具を片してから、トイレを出た。
「もしかしたら、今夜も静かに揺れたりして!」
「佐藤……!」
「ごめんごめん──」
青ざめる鈴木に、佐藤は軽く謝った。
教室に戻ろうと歩き始めて、ふと凉は振り返る。
もちろんトイレには、何もなかった。
*
「……それで、今から行くの?」
十川夕介は、佐藤と鈴木、凉から話を聞いて三人に訊く。
三人が来たのは、時刻が七時を回った頃だった。
「すいません十川さん、佐藤がそんな話するから忘れ物して……それも朝一で提出するやつだから、今行かないと間に合わなくて……」
と鈴木が言って、困った顔になる。
「それの付き添いに、俺が呼ばれたんす。で、張本人にも責任とってもらおうと思って、佐藤も呼びました」
と凉が佐藤を見る。
佐藤はキラキラとした目で、夕介に言った。
「で、そのついでに、ほんとにその音がするのかを確かめようと思ってます! でも、私たちだけじゃあれかなと思って、十川さんにも来てもらえないかなーと」
と佐藤が両手を合わせる。
「まぁ、いいよ。夜は危ないからね──」
と夕介は軽く頷いて、腰を上げた。
*
そして、四人は夜の学校に入り込んだ。
初めに教室に行き、鈴木の忘れ物を回収する。
それから、わくわくとした面持ちの佐藤を先頭に、凉、鈴木、夕介と続いた。
「そろそろ例のトイレです!」
と佐藤が振り向いて夕介に言う。
夕介は視線をあちこちに向けながら、佐藤に顔を戻した。
「わかった──」
佐藤は臆することなく進んでいく。
凉も普通についていくが、鈴木はあまり気がのらないので、夕介に話を振った。
「十川さんは、怖くないんですか?」
「ん? うーん、そうだなぁ……。小さい頃からだから、そういう感情はあんまりないかなぁ」
と夕介は考えるように首を傾げる。
それから「でも」と夕介は続けた。
「怖いと感じる時はあるかな。ほんとにまれだけど」
「へえ。そうなんですね」
「うん──」
二人が話している間に、トイレに到着した。
当たり前だが、小さな窓から差し込む光だけで、電気は点けていないため暗い。
「聞こえるかな……?!」
少し興奮気味の佐藤が、静かに息を殺して神経を耳に集中させた。
凉はあまり興味がないのか、窓の外を見ている。
鈴木は少し離れて、夕介の後ろにいた。
「……うーん、聞こえない──」
「なら帰ろうぜ」
と凉がだるそうに言う。
佐藤はまだ諦めずに言った。
「じゃあ、ちょっと中よく見る」
佐藤は入り口の両端に手を付くと、軽く身を乗り出して中を覗く。
もちろん何もいないし、音もしない。
「わっ──」
「キャッ?!」
と佐藤は驚いて、トイレから離れた。
「びっくりするじゃないですかー」
「思わず声出ちゃったし」と佐藤が言うと、声を掛けた本人である夕介が、ごめんねと少し笑って謝る。
「佐藤さんも驚くんだね」
「驚きますよそりゃ」
と夕介に佐藤が言う。
「一応女子なんだな」
「一応ってなによー、女子よ、女子!」
と佐藤は凉に怒る。
それから満足したのか、佐藤は三人に頭を下げた。
「付き合ってくれてありがとうございました。見れなかったし聞こえなかったけど、満足!」
「そっか。じゃ、帰ろう。これ以上遅くなってもあれだし──」
と夕介は三人に言って、先を歩かせる。
残念がる佐藤と、そんな佐藤に「変な奴だな」と言う凉。
その二人の少し後ろを歩いていた鈴木が、夕介に訊いた。
「……あの、さっき、何で十川さん佐藤のこと驚かしたんですか?」
「ん? あー……。鈴木くんは視えなかった? 首吊った女の子が、佐藤さんに手伸ばしてたの──ちょっとまずいかなと思って」
「え……っ」
と鈴木は青ざめる。
夕介の後ろに居たので視えていなかったが、トイレには居たのだ。
やむを得ない状況に陥って、首を吊った女の子が──。
「鈴木くんみたいに佐藤さんが青ざめるとかするなら、さっきあったこと話すんだけど、佐藤さん逆に燃えそうだからさ。それで何かあっても、おれは責任とれないから……」
「だから、この話は佐藤さんに内緒ね」と夕介は苦笑いして付け足した。
鈴木はもし自分が視ていたら、そんな冷静に対処出来ないと思う。
きっと佐藤にも話していたし、話した後のことを考える暇もなかっただろう。
「十川さんって、格好いいですね……」
「そう? 初めて言われたなぁ。いつも変人とかだからさ」
「ありがとう」と夕介は微笑んだ。
鈴木は自分で自分のことを変人と言う夕介に、それはいいのか?と思うのだった──
帰り。
佐藤「十川さんは聞こえました?」
夕介「んー、どうだったかなぁ(微笑む)」
本当は聞こえていた夕介であった。