瓶の中
空の瓶のはずなのに……
夏というには暑くなく、梅雨にはなっていない、そんな頃。
佐藤縁と鈴木遣は、生物担当の教師に頼まれ、生物室の掃除を行っていた。
「めんどくさい……」
と佐藤がほうきで床を掃きながら呟く。
「早く終わらせて帰ろう」
と鈴木も掃きながら、ちりとりを取りに掃除用具入れに向かった。
すると、後ろから佐藤が「こんなのあるんだ」と少しテンションの上がった声を出した。
「鈴木、ホルマリン漬けじゃない? これ」
「え? あぁ、そうだね。解剖用のカエルだ──」
瓶を見せてきた佐藤にそう言って、集めたゴミをちりとりに乗せると、ゴミ箱に捨てにいく。
「……佐藤、ほうき」
「あ、ありがとー」
佐藤はほうきを鈴木に渡して、色んな瓶を見ていく。
「はー……色々あるんだなぁ」
「佐藤、終わったから帰ろう」
と鈴木が片して来ると、佐藤は少し悩んでから言った。
「んー……もうちょっと見てから」
「はぁ──ん?」
少し離れた所を見ると、空の瓶があった。
鈴木はそれを手にとって、じっと見つめる。
「…………」
空というには透明感がなく、でも瓶の色ではない。
「……何だろ」
少し傾けてみたり、振ってみる。
空の瓶の中で、見えない何かが確かにゆっくりと動いている。
「鈴木?」
「え?」
「何してるの? それ空じゃない?」
「え、あ、うん……でも何か……」
「入ってる」と言おうとしてから、鈴木は瓶の底に貼られているラベルを見て、そっと口を閉じた。
「そ、そうだね、空だ。帰ろう帰ろう──」
と鈴木はなるべくその瓶が人の目に触れないよう、棚の奥にしまう。
それから佐藤の背中をぐいぐい押して、生物室を出た。
「ちょっとちょっと、そんな押さなくてもいいじゃん」
「まあまあ──」
あんなの見たら、絶対開けるとか言いそうだもんな……、と鈴木はラベルの文字を思い出し、少し身震いした。
*
「すいません、急に来て……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。気にしないで──」
ラベルのことについて、どうしても気になってしまった鈴木は、十川夕介の家に来ていた。
縁側で並んで座りながら、出してくれた麦茶を一口飲んでから夕介に言う。
「生物室に、空の瓶があったんです」
「ああ、ホルマリン漬けとかのやつ?」
「はい。それで、その空の瓶を見てみたら、何か入ってるんです。よくわからないけど、確かに入ってるんです」
「へぇ……」
と夕介も麦茶を口に運びながら聞く。
「瓶の底にラベルが貼られてて、そこに『霊』って書いてあったんです。少し薄れてたけど」
「霊?」
「はい」
「……開けた?」
と夕介は少し考えてから訊いた。
鈴木は首を横に振ってから答える。
「いや、開けませんでした」
「なんで?」
「なんでって……悪いものだったら大変だし」
「そっか──」
と夕介はまた麦茶を飲む。
鈴木は気になったことを夕介に訊いた。
「十川さんだったら、開けましたか?」
「俺? そうだなぁ……、窓を開けてから開けるかな」
と夕介は小さく笑う。
「悪いものじゃなく、閉じ込められてるだけなら可哀想でしょ? だから、開けてみるんじゃないかなぁ、俺だったら──鈴木くんだって、話を聞いてあげられたんじゃない?」
「え?」
「だって、自分で開けられないくらい弱ってるんでしょ、その『霊』って。話を聞く限りだと、封印されてるわけでもなさそうだし……。まあ、俺の憶測でしかないけど」
そう言われて、それもそうか……と鈴木は思った。
「明日、もう一回よく見てみます。それで、聞けたら話を聞いてみようと思います」
「そっか」
「はい──すっきりしました。ありがとうございます」
「いえいえ」
と夕介は微笑んで、麦茶を飲み干した。
鈴木も残りの麦茶を飲んでから、ふぅ……と息を吐いた。
次の日、鈴木は生物室に行って空の瓶を探した。だが、見つからなかった。
棚の奥をよく見ても、空の瓶など一つもなかった。
もし昨日、話を聞いていたら……。
そんな事が頭をよぎり、少しだけ胸がもやもやした鈴木だった──
鈴木「……どこいったんだろ──」
お久しぶりです。更新再開します。
これからまた、よろしくお願いします(^^)