もう一人・影響
史葉、もう一人の自分と会う。
「黒岩さんって、何か不思議な体験とかしたことないんすか?」
十川夕介の家で、龍野涼に訊かれ、黒岩 史葉はうーん、と唸ってから言った。
「不思議っつうか、何つうか……疲れてた時に会ったな──」
と史葉は思い出すようにタバコの煙を吐いた。
*
史葉がまだ働き始めて忙しく、身体、精神的にも疲れていた時のこと……。
「黒岩──」
「はい」
呼ばれて史葉が返事をすると、同期の男性は「あれ?」という顔になった。
「お前、さっき休憩室でタバコ吸ってたろ」
「え? ……いや、ずっとここに居ましたけど……」
「そうか? おかしいなぁ……」
「見間違いでしょう──」
その時は気にもしなかったが、史葉は会ってしまった。もう一人の自分と──。
史葉が会社を出ようと廊下を歩いていたとき、前から歩いてくる人物に気が付いたのだ。
「……は?」
もう一人の史葉は、史葉の前まで来るとぴたりと止まって口を開いた。
「一本くれ。切れた」
と空になったタバコの箱を見せ、手を出す。
史葉はじっともう一人の自分を見てから、タバコを取り出して一本渡した。
「ありがとな──」
「お、おぉ……」
もう一人の史葉は、もらったタバコに火をつけると、すー、と吸って吐く。
史葉がいつも吸っているタバコの臭いが、辺りに漂う。
それから「じゃな」と手を上げると、歩いていったのだった。
*
「……幻覚、幻聴だろ」
と史葉は話してから息を吐く。
ゆらゆらとタバコの煙が漂う。
「そうなんですか?」
「他にないだろ──」
と史葉は涼に言って、タバコを吸う。
それからまた「ぷはぁ……」と吐いてから言った。
「でも、何か伝えてくれたのかもしんねぇな。あの時は疲れてたから──」
「そうだね、きっと」
今まで黙っていた夕介が、ふっと笑って口を挟む。
「……。何か、お前に言われるとそんな気がしてくるんだよなぁ──信じてるわけじゃねえけど」
そう言って、タバコを携帯灰皿に捨てると、史葉は立ち上がった。
「……じゃ、夕飯ご馳走さん。明日早いからもう帰る。龍野くんも、コイツに洗脳される前に帰れよ」
と鞄を持ち「じゃ」と出て行く。
「洗脳って……、失礼だなぁ──」
眉間に少しシワを寄せて言った夕介に、涼は訊いた。
「……やっぱり、影響とかあるんすかね?」
「影響?」
「そういう体質の人と関わると、自分にも少しそういう感じの」
「どうだろうなぁ。史葉は多分影響されないと思う──強いから」
「……そういうものなんすか?」
「さあねぇ……?」
苦笑いで言った夕介に、涼は「うーん」と唸る。
でも、自分は影響されてないな、と思い、涼は影響されないか、と納得するのだった──
夕介「まだ会ったことないな……」
諸事情により、更新をお休みします。
今年の秋か冬辺りからまた更新始めるので、その時またお付き合いくださると嬉しいです(^^)
それでは、その時までお元気で──