迷い込む
夕介は幸せ者──。
鈴木、影くんと初めて会う。
学校帰り。鈴木遣は、十川夕介の家に向かっていた。
龍野涼に「十川さんが聞きたいことあるから、帰り寄ってってって言ってたぞ」と言われたため、鈴木は向かっていたのだが……。
「……着かない──」
夕介の家の近くなのは確かなのだが、一向に着く気配がない。
何回も同じ道を歩いている気がしてくる。
「そうだ。何か目印になるものを置いて……」
と鈴木はリュックを漁って、筆箱からふせんを一枚取り出した。そしてそれを道路の端に貼り、その上に小石を置く。
「よし……、これでまた見つけたら、ここは現実じゃない──」
と鈴木は歩き出す。
鈴木は夕介ほどではないが、そういう体質のため、たまにこういうことが起こる。
「……ある……」
歩いて、道路の端にさっき置いた物があるのを見て、鈴木は止まった。
「どうしよう──」
周りを見るが、人一人見当たらない。
鈴木だけが取り残されたようだ。
「あ──」
「え?」
声に振り返ると、そこには仕事帰りであろうスーツ姿の黒岩史葉が、タバコを咥えていた。
「あー、鈴木くんだっけ?」
「はい……」
「あいつんち行くのか?」
「はい。でも──」
行けないんです……と言おうとして止めた。
迷い込んだらしい、などと言っても、史葉は信じない。
「……一緒に行くか」
思わぬ史葉の提案に少し驚いたが、鈴木は笑って頷いた。
*
夕介は縁側に座って鈴木を待っていた。
涼に伝言を頼んだので、もうそろそろ来てもいい頃なのだが、来る気配がない。
「……遅いなぁ。さっき涼くん来て、会ってないって言ってたしなぁ」
すると隣に、人の影のようなもの……もとい影くんが現れて、夕介にジェスチャーする。
「うん、うん。あ、見てきてくれるの?」
影くんは縦に首を振って、ススス……と外に向かっていく。
「ありがとう、行ってらっしゃい」
影くんは立ち止まって振り返ると、手を振った。
*
鈴木と史葉は、やはり同じ道を繰り返し歩いていた。
「あー、くそっ。全然着かねえ」
「……あの、黒岩さん」
「ん?」
と史葉がタバコで一息吐いていると、鈴木は言った。
「信じてもらわなくていいんですけど……どうやら迷い込んだみたいです。さっきからずっと同じ道歩いてます」
「あぁ、そうだな──」
ぷはぁ、と史葉は煙を吐く。
鈴木は驚いた顔になり言った。
「黒岩さん、信じ」
「信じてるわけじゃねぇ。でも、現に迷ってんのはほんとだからな」
「そうですか……」
「ああ──それに、あいつとか鈴木くんが視たり聞いたりしたことを否定するつもりはない。俺は信じてないが、あいつが……、鈴木くんが視たり聞いたりしてるのは本当だろうしな」
と史葉はタバコを携帯灰皿に捨てる。
鈴木はそんな史葉を見て、十川さんは幸せな人だな、と思った。ちゃんとした理解者が居るんだ──と。
「……え?」
ふいに肩を叩かれて振り返ると、人の影のようなものがいた。
「うわあっ」
「どうした?!」
影くんは、両手をぶんぶん振り、誤解だと伝える。
「え……? 十川さんの? うん、うん……。ほんと? 助かるよ、ありがとう!」
鈴木が一人で話しているのを見ながら、史葉はほんとに居るのか?と凝視していた。もちろん、何も視えなかった。
「黒岩さん、この影さんが導いてくれるそうです」
「……はぁ」
鈴木が安心したように言ったので、史葉はとりあえず頷いておいた。
*
「あ、おかえり──影くんありがとう。良かった。鈴木くん無事そうで……って史葉も居たんだ」
と夕介は少し驚いた。
「史葉は何? 夕飯食ってくの?」
「おう」
と史葉は勝手に縁側から入っていく。
「あ、史葉」
「そっちの話はわからねえから、わかる奴同士でやれ」
と史葉は部屋に姿を消す。
夕介は苦笑いして「ごめんね」と謝る。
「史葉怖くなかった?」
「大丈夫でした。あと、影さんでしたっけ? 助かりました。僕、初めてこんな優しい人に会いました」
と鈴木は微笑む。
夕介は「だって」と影くんを見る。
影くんは恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「影さん、ありがとう──あ、で聞きたいことって?」
「あぁ、ほら、最近毛玉の色変わったよなって思って。変わったよね?」
「あぁ、黄緑色になりましたよね──」
とフワフワと漂う毛玉を見て鈴木は頷く。
「……で?」
「あ、いや、それだけだけど」
と夕介はそれがどうかした?という風な顔になる。
「…………」
鈴木は、それなら今日じゃなくても龍野とかと一緒の時でもよかったんじゃ……と思いながら、小さく溜め息を吐いた。
でも影くんと会えたのは良いことだったので、それはそれでいっか……と鈴木は苦笑いするのだった──
夕飯を食べながら。
史葉「味濃くね?」
夕介「え、ほんと?気をつけよ」
次回から不定期になります。




