ピアスに恋して
僕が彼女と会ったのは、あの夜が初めてだった。
今思えば、あれは「合コン」というやつだったのだろう。けれど僕はそんなこと聞かされていなかったし、ただの「飲み会」としてその席に誘われただけだ。
そこで、彼女と出会ったのだ。
結果として僕は彼女に見惚れて連絡先を交換し、現在は交際しているというわけだ。
「ねぇ、君はピアス開けないの?」
金髪を靡かせる彼女の大きな目が、僕の顔を覗き込む。ふっくらした唇はかわいらしいのだけど、その下についているピアスが何とも言えない印象を与える。
僕と彼女はお互いに「君」と呼び合っていた。何故だかはもうわからない。
「だって、痛そうじゃない。痛くないの?」
「うーん、開ける時と、ピアスホールの状態が落ち着くまでは痛いよ。でも、すぐに痛くなくなるよ」
「だって、その痛みって結構なものだろう?」
「どうかな。そんなでもないよ」
「そういうもんかなぁ。でも、僕は君のピアスが見れればそれでいいんだ」
「君は本当に私のピアスが好きだね」
「うん、何て言うか……君のピアスは最早芸術的にすら感じられるからね。見ていて飽きない」
「別に好きなだけ見てくれていていいけどさ。減るものじゃないし」
僕はその言葉に甘えて彼女の横顔、というか、右耳を見た。耳たぶには三つ穴が開いていて、その内一つは穴を広げ、太いピアスが入るようにしているらしい。これを「拡張」というのだとか。ちなみにその太さはゲージ(G)で表されるらしく、彼女の場合は0G。ミリメートルに換算して、8㎜なのだそう。つけているのは土管のような形をしたピアスで、これをトンネルという。向こう側が見えてしまうのだから、末恐ろしい。
その上の部分にも、普通のピアスよりも太めのピアスがつけられていた。細いファッションピアスと区別してボディピアスと呼ぶらしいが、どうやら僕はこのボディピアスなるものが好きらしい。
「君はそれ以上開けないの?」
「もうやめようかなと思ってる。あまりたくさんつけてても、ごちゃごちゃしてかえって格好悪いからね」
「まぁ、それは確かにそうかもね。今のままが綺麗だよ」
「ありがとう」
そう言って彼女は耳の上の部分につけているピアスを触った。彼女の癖で、何か感情の変化があった時には必ず軟骨のピアスを触る。その場所はヘリックスと呼ぶのだそう。
「君に出会って、僕はピアスに詳しくなったと思うよ。少なくとも、一つも穴を開けていない身なのに随分知識はあると思うね」
「そんなに知識があるのなら開ければいいのに」
いつもそう。彼女は僕を同じ道に引きずり込もうとする。
「だって、ケアとかめんどくさそうだろ。それに、痛いのは嫌なんだ」
「つまらないなぁ。君がこっちの世界に来れば、私はもっと楽しいのに」
「気が向いたらやるよ」
僕はいつもこうして逃げる。
「僕はきっと、ピアスをつけている君に恋したんだろうなぁ」
僕の口癖だった。普通ならば怒ってもしょうがない台詞に聞こえるかもしれないが、彼女の感性は少し常人とは違うようで、僕がそう言うと必ず頬を赤らめてピアスを触った。
「私がピアスをつけてて良かったと思える瞬間だよ」
「君に出会えて良かった」
「私も、君に出会えて良かった」
僕達はお互いの顔を見つめ合った。前髪の隙間から眉につけているピアスが見えた。やはり僕は、彼女のことが好きなのだ。