【第6話】植物使いの争い
「やめてよお父さん!もうだれかがきずつくのなんて、みたくないよおっ!」
必死で叫ぶツィア。それを唖然として見るツェルノ。
「ツィア……お前、わかっ……」
「わかるよ!ツィアのお父さんだもん!」
誰も言葉を発しなかった。というか、発せられなかった。
この聖騎士団長のおっさんが、ツェルノとツィアの父親……?
「どういうことだよ……」
呟く。誰も聞いていないのはわかっていたが。
「ツィア……睡眠薬飲ませたのに……」
「のんでないすいみんやくが、きくわけないよ」
「そりゃあ……そうだけど……」
何故飲んだフリなんてしたのか。そう言いたげな表情だった。
……最近のコはませてるなあ……。
「ツェルノ、どういうコト?」
ルージスが鋭い目付きで言う。
睡眠薬の方……ではなく、父親のことを訊いているのだろう。
「……どうもこうもねぇよ。これが事実だ。こいつが、俺達の親父だ」
「だから、関係あるって言ったの?」
「ああ。俺が止めなきゃならねぇだろ」
この聖騎士団が何をしているのかは知らない。だけど、俺達を監禁したりしたところからして、まともな連中じゃない。
その過ちを、息子であるツェルノが止めなければならないと言う。
ならば、俺達が手を出すわけにはいかない。
「じゃあ……さっさと決着つけろよ。俺達が手ぇだしちゃいけないんだろ?」
ツェルノと目が会う。俺が少し微笑んでやると、ツェルノもにっこりと笑った。
……そっか。さっきの聖騎士団長の笑みは、こいつに似てたんだ。
「わりぃな。でも、俺が負けそうになったら、助けてくれても良いぜ?」
「いや、それは都合良過ぎだろ」
冗談っぽく言ったが、本当に、助けてやるつもりはない。
それが真剣勝負というものだし、それに手を出すわけにはいかない。
「……俺がもし……もしだぞ?もし死んだら、ツィアのこと頼むな」
「もしって言い過ぎだ。つーか、死ぬなよ、普通に」
「多分死なねぇ。あと、最後の頼み。ツィアを眠らせるか気絶させるかしてくれねぇか?」
「……何で」
「親父が負けるところなんて、見せるわけにはいかないじゃん?」
「…………わかった」
頷くしかなかった。父親が負けるにしても、兄が負けるにしても、出来る事なら見せたくない。
俺はツィアの手首を掴んだ。
『精神の門番』
かくん、と膝を折り、ツィアは気絶した。それを抱き抱え、安全そうなところへ移動させる。
「へぇ……『精神の門番』なんて使えんのか」
「いいからさっさとやれって」
笑みを消して、ツェルノは父親の方を見た。
小さくため息を吐いてから、ゆっくり切り出した。
「俺は、正直言ってお前を殺したくない。……一応、父親だからな。だから、こういうのはどうだ?どちらかが気絶するまでやる。殺してはならない。……もし、俺が先に気絶したら、この2人……リスタとルージスをお前にやる。好きにしていい。お前が負けたら、俺が聖騎士団の団長になる。……どうだ?」
「ちょっと……勝手に変な条件持ち出さないでよ」
ルージスの反論も空しく、おっさんはあっさり頷いた。
「いいだろう」
「ちょっと!?」
……こうなってしまっては、ツェルノが勝つのを祈るしかない。
……いや、だけど……。
「気絶させるより、殺す方が簡単じゃないか?」
俺みたいに『精神の門番』が使えるなら別だが、通常気術で気絶させるというのは難しい。
「普通はな。でも俺みたいに強い気術を使えれば、『癒しの救済者』で気絶させることが出来るんだ。必要以上の癒しは癒しでなくなるからな」
……初耳。ルージスに確認するようにそちらを見ると、頷いた。
「ぼくほどじゃなくても、ある程度強くないとね」
「……何で今まで使わなかったんだ?」
「だって疲れるもん」
さらりと言いやがった。俺だって疲れるんだがな……。
「じゃ、そろそろ始めてもいいかい?」
ツェルノが言った。
「あ、はい。邪魔してすんません……」
更に邪魔しては悪いので、後ろに下がる。
「……手加減はしないぜ」
「当然だ」
ツェルノが跳躍した。
上から人差し指をおっさんに向け、術式を唱える。
『大地の剣!』
おっさんが居るところを中心に、地面が割れた。
おっさんはバランスを保ちながら、着地寸前のツェルノを指差す。
『植物家の指人形!』
木の葉がまるでカッターか何かのように、ツェルノめがけて宙を切り裂く。
着地したと同時に新たに術式を唱える。
『炎の逆十字!』
数十枚と飛んできた葉に火をつける。それは、灰となって地面に落ちた。
おっさんは地割れしていないところに跳躍し叫ぶ。
『風の風車!』
鋭い風が、一瞬だけ油断したツェルノ腕をかすめた。
「ツェルノ!!」
よほど助けようかと思ったが、手を出さないと約束したから、出すわけにもいかない。
「……っ」
肩の近くが切られている。が、それは服だけで、皮膚の方は平気なようだ。
そこで、ツェルノは何を思ったのか、腰にある長剣を抜いた。
気術と長剣だったら、気術の方がずっと有利なハズなのだが……。
「あー……時々いるんだよねー。気術より剣を好む人」
ルージスは何故か面白そうに言った。
「……そうなのか?」
「うん。まあ気持ちはわからなくもないんだけど。実在するものの方が安心出来ると言うか……」
気術だって実在しているハズなのだが……。
剣を扱うのがあまり得意ではないせいか、俺にはよくわからない。
ツェルノは長剣を振り上げる。
「……っ!!」
おっさんはとっさに短剣を抜き、それを受け止める。
だがやはり、長剣の方が有利なのか、短剣が弾き飛んだ。
……どうやったのかは速すぎてわからなかったが。
更に、体勢を崩したおっさんの頬を、ツェルノは拳で思いっきり殴った。
「うわ……」
痛そう。もろにくらってたし。
「ふざけんな!!」
ツェルノらしくもなく、叫んだ。そしておっさんの上に馬乗り状態になり首を締める。
「ふざけんなよ貴様!!ツィアがどれだけ心配してたと思ってんだよ!!どれだけ迷惑かけたと思ってんだよ!!神の石がそんなに大切か!?俺達より大切なもんなのかよ!?」
声が、震えていた。
ツィアが、と言っていたが、本当は、自分が一番心配していたのかもしれない。
ここで、ルージスがぼそりと。
「あんなに近いんだから、さっさと気絶させちゃえばいいのに」
「……お前……」
確かに、『精神の門番』など、人間に直接関係ある気術は、ある程度その対象の近くにいかなければならない。『癒しの救済者』も例外ではないのだが。
「今はそれどころじゃないだろ……」
「でも、早くしないと、向こうが先にやっちゃうかもじゃん」
……確かに。
このルージスの言葉が聞こえていたのか、ツェルノはおっさんの首を締めたまま叫んだ。
『癒しの救済者!!』
おっさんはそのまま、意識を手放した――。