【第5話】聖騎士団長の謎
「リスタお兄ちゃんとルージスお姉ちゃんは、こいびとどうしなの?」
ツェルノが思いっきり紅茶を吹き出した。
もうすでに、食事も終わり、みんなで喋っていた時に、ツィアのこの言葉。
ツェルノが吹き出さなきゃ、俺が吹き出していたかもしれない。
「うおっ!?汚なっ!」
「わ……わり……」
腹を抱えて、必死で笑いを堪えている。
自分の妹が言った言葉なんだから、責任持って下さい。
「ツィアちゃん……ぼくは男なんだけど……」
あっさり人見知り期間が終了したツィアは、目をぱちくりさせた。
「おとこ……」
やっぱり、信じられないのだろうか。
「そうだよ。だから、恋人にはなれないんだよ」
にっこりと笑って言うルージス。でも目は笑っていない。
それでも何かに納得出来ないらしいツィアは、身を乗り出して反論した。
「でもっ!おとこどうしでも、こいびとどうしになれるって言ってたよっ!」
「……誰が?」
「ツェルノお兄ちゃん」
ルージスの瞳がゆっくりツェルノの方へ向けられる。
「いや!別に怒ることじゃないじゃん!?」
「別に怒ってないよ。ただ、そんなこと教える暇があれば、自分の身をを守る術を教えた方がいいんじゃないかなあって思っただけ」
どう見ても怒っているのだか……まあこいつらは放っておこう。
「ここは……植物かなんかの店なのか?」
きょとんと2人を眺めていたツィアに問うてみた。
俺の方を見るなり、嬉しそうに頷く。
「うんっ!ハーブとか、いろんなのおいてるんだよ!お父さんのお父さんのお父さんが始めたお店なんだって!ツィアのおうちはね、植物の気術がとくいでね、『植物家の指人形』っていうのが使えるんだよっ!」
……これがマシンガントークというやつなのか。大人しそうという第一印象とは逆で、べらべら喋る。
「じゃあ、ツィアも使えるのか?」
「うん、まだちょっとしか使えないけど……。でもね!『植物家の指人形』はツィアやツェルノお兄ちゃんみたいにちゃんとしたリヴィアじゃなきゃ使えないから、いっぱい練習して、もっと使えるようになるんだっ!」
おそらくこのコは、自分がリヴィアであることに誇りを持っているのだろう。
……俺にはよく解らない感覚だけど。
関係ないが、店の名前の『ギニョール』はこの術式の指人形からとったものだろう。
ツィアが大きなあくびをした。
「あー……そろそろ就寝時間か?」
「ううん、まだー。お兄ちゃんたちと、いっぱいしゃべるのー」
そんなことを言っているが、目がとろんとしている。すぐにでも寝てしまいそうだ。
「ツィア、そろそろ寝ろ。話すのは、明日で良いだろ?」
ツェルノが優しく言うが、ツィアは首を振った。
「あしたになったら、いなくなっちゃうもぉん……」
「居なくなんねぇから。さっさと寝ろ」
ツィアを部屋まで連れていき、ツェルノは再びイスに座った。
「ぼく達、多分明日には出て行くと思うけど……」
「嘘も方便ってな。ああ言わなきゃ、寝なかっただろ」
確かにそうだけど……何かツィアに悪いような気がするな。
「気にすんなって。どうせ朝飯は食ってくんだろ?なら良いじゃねぇか」
「まあな……」
虚空を見つめる。何となく、明日出て行くのが寂しいような気がした。
ルージスの方に視線をやると、ルージスは急に目を細めた。
「ルージス?」
「約30人だ」
それを聞き、俺はツェルノと同時にドアーの方を見た。
「まさか……あれか?あの……」
「聖騎士団。多分それだ。……随分人数が多いみたいだけど」
一昨日、昨日、今日。3日間連続で来やがって……一体なんなんだ。随分暇人だな。
ルージスが立ち上がる。
「ま……今回も雑魚ばっかみたいだし、気軽に片付けよっか」
「だな」
とりあえず外に出ようとドアノブに手をかけた。そこでルージスが。
「ツェルノはツィアちゃんのこと、見ててよ」
長剣を持ちながら、ツェルノは固まった。
「え……加勢しちゃだめ?」
「だめ。ツィアちゃんに何かあったら、一生後悔するよ」
真っ黒な笑みでそれだけ言うと、ドアーを開け、外に出た。
「今回は……何の用ですか?」
口元にだけ微笑みを浮かべ、ゆっくりと言った。
……マジギレする寸前……?
聖騎士団の男が1人叫んだ。
「我々と一緒に来てもらう!来ないと言うならば、力ずくで連れていく!」
「やれるもんならやってみれば?」
ルージスが即座に答えた。青い瞳は冷たく光っている。
珍しく、本気で怒ってる。
後ろから、肩を叩かれた。
「……あれ?お前、ツィアはどうした?」
「さすがにこの騒ぎで起きたみたいだったけど、睡眠薬で寝かせてきた」
……そこまでするほどのコトじゃないと思うけど……。
「な、だから、加勢していいだろ?」
嬉しそうに笑いながら言う。……何がそんなに楽しいんだか……。
「まあ、いいけど、別に。怪我だけはすんなよ」
「りょーかーいっ!」
ツェルノの返事を合図にしたように、隣りでルージスが術式を唱えた。
『水の盾!』
ざわりと水が現れ、奴等の足元をすくう。
バランスを崩した1人の男が苦し紛れに叫ぶ。
『風の風車!』
細かな風がルージスの水を分散させた。
そこで更にルージスは術式を唱える。
『炎の……』
「待った!!」
ぱしん、と音が聞こえ、術式が中断された。
ツェルノがルージスの手……気術を操る左手を、叩くように掴んだ音だった。
「……何で止めるの?」
「いや……殺るのは、もうちょっと後にしてくんねぇ?」
「別に殺る気はないけど……」
「だから、手ぇだすのを、もうちょっと待ってもらえねぇか?」
普段では想像できないくらい、真剣な表情だった。
それを見て、ルージスは小さくため息を吐いて、左手をおろした。
「……いいよ。そのかわり、さっさと片付けてよ」
「わかってる」
一歩前に出、飴色の瞳を奴等に向ける。
それは、恐ろしいくらい、感情を殺していて……。
「あんたらの団長は?」
静かに、そう言った。
最初は何を言っているのか、理解出来なかった。それは、奴等も同じようで、しばらくたってから、やっと返事が返ってきた。
「お前達に答える必要はない!」
「いるんだろ?そこに。あんたらが今、必死にバレないように隠そうとしている人は、団長……だろ?」
「……!」
ぴくりと眉が動いた。
なるほど、言われてみれば、誰かを隠しているような感じがする。
「……そんなことは……!」
「いい。下がれ」
透き通った男の声が響いた。それは前線で闘おうとしている奴等の後ろから発せられたものだ。
奴等が道を開ける。
歩いてきたのは、茶髪に飴色の瞳を持ったおっさん。
一昨日、俺達を監禁した張本人だ。
「どうやら俺は、君達をなめていたようだな。今、ハッキリとそれがわかった」
いや、気付くのおそいだろ。はじめの時点で気付いてもらいたかった。
ツェルノが呆れたように笑って言う。
「はっ、随分腐っちまったようだな」
「それは俺の台詞だ。我々は、この世のためを思ってやっている」
「それが、間違いだとしても?」
「間違いではないからな」
……聞いていると、随分親しい感じがする。知り合い……とかか?
というか……なんだろう、この2人の雰囲気の違和感は。
「そう言い切るなら……遠慮はしなくて良いってことだよな?」
ツェルノはそれだけ言うと、右手の人差し指をおっさんに向け、術式を唱えた。
『植物家の指人形!』
言い終わると同時に蔓のような草……?がわさわさ生えてきた。
それは足から順に、おっさんに絡み付いていく。
『風の風車』
おっさんの鋭い風で、草は音をたてて切れていく。
今の気術を見て思ったが、このおっさんは……予想以上に強いかもしれない。
そして、少し手加減しているように見えた、ツェルノも。
「それで終わりか?」
おっさんはにやりと笑った。……どこかで見た事のあるような笑み。
……どこだっけ?
そんなことを考えている間に、おっさんは信じられない術式を唱えた。
『植物家の指人形』
「な……!?」
微かに反応が遅れた。草達は、さっきのツェルノの気術とは比べ物にならないくらい早く、俺とルージスに巻き付いた。
『炎の逆十字!』
ルージスと綺麗にハモった。小さな炎で草を焼き切っていく。
「どういうこと……?」
ルージスが呟いた。
わけがわからない。『植物家の指人形』は、リヴィア家の人でないと使えないハズだ。
それなのに、何故、このおっさんが……?
「下がれルージス!お前は手ぇ出すな!」
「はあ!?」
ツェルノの叫び声に、ルージスが珍しく素頓狂な声をだす。
だか、ツェルノの瞳は真剣そのものだった。
「これは、俺の問題だ」
「何言ってんの。ぼく達の問題だよ!?」
これに関してはルージスの言い分の方が正しいと思う。実際、俺にも関係あることだし。
「わかってる。けど、それ以上に俺の方が関係あるんだ。だから、ここは俺に任せてくれねぇか?」
「…………」
ルージスと目を合わせる。
よくわからないが、ツェルノも本気らしいし、任せても良いのではないかと思う。
「……わかっ……」
「やめて!!」
少女の高い声が響いた。
ツィアは、目に涙をためて、おっさんの顔を見ていた。
「ツィア!お前なんで起きて……!」
ツェルノの言葉なんて、聞こえていないようだった。
そして小さな手をかたくにぎりしめ、叫んだ。
「おねがい!やめて、お父さんっ!!」