【第4話】リヴィア家の兄妹
「なんか……日が暮れてきてるよな……」
オレンジに染まりかかっている空を見上げて呟く。
「ぼく、野宿だけは嫌だなあ……」
俺の相棒、ルージスは言った。
「俺だって嫌だよ」
そりゃあ真冬よりはマシだけど。
俺達が持っている地図によれば、次の町まではそんなに距離がないハズだった。
すぐに着くだろうと思っていたのだが……。
「全然着かねぇじゃん」
この地図が間違っていたのか、あまりにも古すぎるのか……。恐らく前者だな。
「どこか泊まるトコロとか無いのかな?」
「どう見たってそんなトコロ……」
ないじゃん、と言うハズだったのだが、口を閉ざさざるを得なかった。
この道の先に、小さな家らしきモノがある。
「あそこ、人いるんじゃね?」
「あ、本当だ。行ってみよっか」
自然と足が速くなる。
絶対野宿なんてするか!という強い思いが、疲れた足を動かすのだ。
……最近は、神の石の聖騎士団とかいう団体に追われ、肉体的にも精神的にも疲れていた。勿論、睡眠とかはちゃんととっているが、どうも疲れが取れた気がしない。
「ここは……なんかのお店なのかな?」
茶色いドアーの前で、ルージスが呟いた。
そのドアーには、『ギニョール』と書かれている看板が掛けてある。
「表札……じゃないよな」
「多分、お店の名前だよね」
指人形のお店だろうか。
とりあえず、ノックしてみる。
「ごめーんくださーい」
しばらく返事はなかった。微かに灯が見えるから、誰か居るハズだが……。
「留守か?」
だとしたら不用心だな。灯つけっぱなしだなんて。
こりゃあ本格的に野宿だな、と思い始めたところで、小さくドアーが開いた。
「…………」
顔を出したのは、小さな女の子だった。
クセのある金髪に飴色の瞳。4、5歳くらいだろうか。
その女の子が、じっとこちらを見つめてくる。
「あっとー、お兄ちゃん達をちょっとここに泊めてもらえないかなー?」
自分のことをお兄ちゃんと言うなんて……自分でも気色が悪い。
女の子も同じ様な事を思ったのか、二つに結った金髪をふわりと舞わせ、家の中へ入っていった。
「ほらー、リスタが変なコト言うからー」
「俺のせいかよ!?子供は苦手なんだって!」
必死で訴えるが、ルージスは相変わらず責めるような目で見てくる。
「リスタのせいで、今日は野宿かも……」
「うわ……それだけは勘弁……」
ちょうどその時、今度は男が出てきた。
さっきの女の子と同じ様な金髪に、同じ様な飴色の瞳。
口元はにやにやと笑っている。
そしてそいつは、ルージスを見ながら、
「悪いけど、男連れはお断りしてるんだよねー」
「……は?」
男連れ……って、普通女に言うもんじゃないか?
「君1人だったら泊めても良いよ。……なんてな」
……多分、ルージスを女だと思ってるな。まあ、見てくれは女にしか見えないけど……。
当の本人は特に気を害したりもせず、にっこりと笑って言った。
「ぼくも男だけど……。泊まらせてくれるんですか?」
これを聞いた男の顔は見物だった。
瞳が見開かれる。
「うっそぉ……それで男?マジ?」
「随分失礼な事を言うね。なんなら脱ごうか?」
こいつ、本気で言ってるな。
男が笑った。
「いや……流石に男の裸は見たくねぇよ。いいよ、今日は泊めてやる。入りな」
良かったね、と目で言ってくるルージス。お前は本当にそれで良かったのか……?
家の中は、予想に反して植物が沢山置いてあった。てっきり指人形が置いてあるのかと思ったのだが……。
「指人形のお店じゃなかったね」
ルージスも同じことを考えていたらしい。
「ツィア!4人分の食事を出してくれー」
台所らしきところに、それだけ叫ぶと、男は俺達を席に着かせてから言った。
「まだ名前言ってなかったよな。俺はツェルノ・リヴィア。18だ」
俺らより2つ上か。
「あー、俺はリスタ・ローカス。16歳」
「ぼくはルージス・ライ・スティン。リスタと同い年で、男です」
にっこりと笑うのが、また恐ろしい。
「そういえば、さっきの女の子は?」
ルージスが問うた。あの、最初に出てきたコのことだろう。
「ああ、あいつはツィア・リヴィア。俺の妹。5歳だったかな」
確かに、そう言われてみると、似ている。
ぴょんぴょん跳ねた金髪とか、顔立ちとか。
「5歳で食事の準備なんて、大変だな。剣術ならとっくに出来る年だけど」
そんな俺の言葉に、ツェルノは呆れたように笑った。
「お前、それじゃあ順番が逆だ。まず身の周りの事を出来るようにならなきゃなんねぇ」
「身を守るのが先じゃないか?」
ここで、ルージスがぼそりと、
「バレないように人を殺す方法を習うのが先じゃないかなあ」
いや……それは違うだろう。
ツェルノも同じようなコトを思ったらしい。
「それこそ順番が違うだろ。……つーか何?バレないように殺れんの?」
「多分ね。昔はよくやってたから、まだ出来るんじゃないかな」
今、さらりと爆弾発言しやがった。というか、一体何のためにそんなことを!?
……何のためにそんなことを、と言えば。
「ツェルノ、お前、何やってんだ?」
「ん?」
さっきからツェルノは、ルージスの肩に腕を回している。そして茶色い髪を、くるくるといじったりも。
「ツェルノって、そーゆー趣味なのか!?」
本人は気分を害することもなく、思いっきり吹き出した。
「ちげーよ!流石の俺でも、それはねぇって!たださあ、こいつ、すっげぇ美人じゃん?だから男でも問題ねぇだろ」
「あるだろ!」
肩に腕を置かれたまま、ルージスはくすくすと笑った。
確かに、美人だが……。
「お前も嫌がれよな!流されてても良いのかよ!?」
「うん、別に嫌じゃないしね」
「おい!」
こいつらと居ると、何だか俺が変な様な気がしてくる。……実際、変なのだろうか。
ちょうどそこへ、パンを持ってツィアがやってきた。いきなり来た客に馴々しくしている兄を見ても、何とも思わないらしい。
「ツィア、手伝おうか?」
客人だからって、何もしないのもどうかと思ったので、きいてみた。
ツィアは飴色の瞳を伏せる。
「いいの。おきゃくさんには、手伝ってもらっちゃいけないの。だから、ツィア1人でやる」
早口でそれだけ言うと、走って台所へ戻っていった。
緊張、してるのかもな。
「あー、悪い、あいつ人見知りするんだよ。すぐ慣れると思うけど」
「兄のツェルノとは、大違いみたいだな」
こいつみたいな性格の方が、へらへらと生きる事ができて良いかもしれない。
……そういえば、この2人には両親が居ないのだろうか。さっきから話すら出ないし。
だからツェルノはあんな性格で、ツィアはあーゆー性格なのかも。
「…………」
俺は少し悩んでから、立ち上がった。
「ツィア!やっぱ俺も手伝うよ!」
同情ではない。何となく、他人事のような気がしなかったからだ。
「これ持ってけばいいんだよな。お、美味そうじゃん」
「だめっ!ツィア1人でやるの!」
必死で止めさせようとしているツィアを無視して、テーブルに運んでいく。
こうして、
俺達の長い夜が始まったのだ――。