【第2話】小さな宿にて
「良かったね。こんな夜中でも部屋貸してくれる宿があって……」
長い茶色の髪の毛をさらりとはらいながら、ルージスは言った。
……そう言えばこいつの髪、だいぶ伸びたよなあ。15歳の時から一緒に旅を始めて……もう1年になるから、伸びて当然か。
それに比べて俺の黒髪は、伸びるたびに切ってるから、大して変んない気がする。
「だな。もう追ってくる気配もないし……」
「ね。これで追ってきたら、本当に頭悪いよね。こっちには特殊気術使えるリスタが居るって教えてあげたんだから」
「俺、そーゆー意味でやったんじゃないんだけどな」
ルージスはそんなにやわらかくない寝台にごろりと転がった。
「うん、大丈夫、わかってるから。リスタはそんなに頭良くないもんね」
「おい、さすがにそこまで言われるとムカつくぞ……」
あはは、と可愛らしく笑う。そしてそんな笑顔を見ると、今言われたコトなんてどうでも良く思えてしまう自分が居る……。
「……なあ、ルージス」
「ん?」
俺は少し、その先の言葉を言うのをためらった。
今、訊いても良いコトなのだろうか。
「……お前が探してるモノって、何?」
「…………」
ルージスから笑顔が消えた。感情の読めない瞳でこちらを見ている。
再び、ふっと笑顔になった。
「……知りたい?」
「つーか……気になる」
ルージスは、ふふっと笑った。
「ぼくが探しているのは、本なんだ」
「……本?」
「そう、本」
……そんなコト……言われても……。
「えーっと……それは……特別な本なのか?」
「そう。世界に……多分1つだけの本なんだ」
「……何の本?」
青い目を細めて、にこりと笑った。
「……さあ?」
「…………」
あいかわらず、謎の多い奴だ。
話してくれないのは、ちょっと寂しいような気もするが、こいつにもこいつの都合があるのだろう。
そもそも、俺はこいつの何を知っているのだろうか。
こいつの身内のコトだって、よく知らない。養父に育てられてきたとか言っていたような気もするが、それだけだ。
本物の両親……それは話しづらいコトではあるだろうが……のコトとか、どういう家系だったのかとか、そんなことは一切話さない。
なんか……自分のコトべらべら喋ってる俺が馬鹿みたいだ。
そんな俺の考えを見透かしたように、ルージスは笑って言った。
「そのうち……時がきたら。話せるようになったら、全てを話すよ。ぼくは、リスタの相棒だからね」
「……どうしたんだ?急に」
「何が?」
「いや……お前がそんなこと言うなんて珍しいなあと思って……」
「うん。というか、多分初めてだよ。ぼくがリスタにこんなこと言うの」
「おい……」
ま……こいつにしちゃあ進歩か。素直にありがたく受け止めておこう。
それにしても……。
「世界に1冊だけの本かあ……。もしかして、日記とか?」
「ううん、そんなんじゃないよ。代々伝わる本?って言えばいいのかな」
「……スティン家に伝わるってことか?」
「まあそんなとこ」
「曖昧だなあ……」
あはは、と笑うルージス。……俺にしてみれば、笑い事じゃないんだけどな……。
本の事は管轄外すぎてさっぱりわからないが、一時、珍しく読書に没頭したことがあった。
それは、ラルティエシェインの事が記してある本だ。
最初に興味を持ったのは、確か10歳くらいの時。両親が他界してから初めての仕事先で聞かされた。
神の石は計り知れない力を持っていること。誰もがその石を手に入れようとしていること。
でも、その仕事先のオヤジは、その石がなくなってしまえば良いと思っていた。
石のせいで、争いが始まってしまうからだと、オヤジは言った。
俺はその後すぐ、ラルティエシェインについて調べ始めた。
ラルティエシェインは、ラルティア家という家系で、代々管理しているらしい。だか、そのラルティア家は、ちょうどその年に謎の襲撃事件に遭い、1人残らず殺されてしまっている。
その時から、ラルティエシェインも行方不明になっている。
そして、俺がラルティエシェインを消そうと決めたのは、ある書物がきっかけだった。 その書物には、ラルティエシェインの消し方が載っていた。
それは、特殊気術である『衛星の雫』を使うというものだった。
『衛星の雫』は、気術を無効にする力がある。その力で、ラルティエシェインの力を無効にするらしい。
始めは、本当にこんなんで消せるのかとも思ったが、これが一番有力だった。
……『衛星の雫』を使える人なんて滅多にいない。だから、俺が、この神の石を消さなければならない。
「……ま、それもラルティエシェインが見つかればの話だけどな…………って、ルージス?」
隣りの寝台を見ると、ルージスが目を閉じていた。微かに寝息も聞こえるし、寝ているのだろう。
……仕方ないか。もういつの間にか日付も変わっているし。俺もそろそろ眠いし。
「色々考えるのは、明日でいいかあ……」
瞼をおろすと、すぐに眠りにつくことが出来た――。
「リスタっ、リスタ起きてっ。大変、大変だよっ」
ルージスの声がする。体をゆっさゆっさと揺さぶられ、頬をぺしぺし叩いてくる。
「何だよ朝っぱらからあっ!そう何度も叩くな!」
「何言ってんのリスタっ。朝っぱらって、もうお昼の1時だよっ」
「……何?」
確かに、部屋は蝋燭も灯してないのに明るい。窓の外には青空が広がっている。
「うわ……寝過ぎたな……」
「それどころじゃないんだよっ。大変なんだっ」
そういえば、さっきから大変大変って連呼してるな。
「昨日ぼく達を追ってきた連中が、また来たんだっ。今食堂に居て……」
「馬鹿!それを先に言え!!」
俺は部屋から飛び出て、食堂に降りていった。
「貴様らっ!何しに来やがった!?」
相手の姿を確認するなり叫んだ。
……今回は、20人ってとこかな。
「君達を待っていた。さあ、この関係のない人達にまで危害を加えたくなかったら、私達についてくるんだ」
相手は満足げに笑った。ついていくなんて、一言も言ってないのに。
「はっ、誰がお前等なんかに……」
ついていくもんか、と言おうとしたが、肩をつかまれて言えなかった。
その肩をつかんだ本人……ルージスは冷静に、小声で言った。
「怪我人が出てる。下手に行動するのはマズいよ」
確かに、1人うずくまってる人がいる。確か、ここの店の奥さんだ。
「くそ……っ、じゃあどうするって言うんだよ」
「ぼくが囮になる」
「はあ!?お前何言って……」
ルージスはしーっ、と人差し指を唇にあてた。
「声大きいよ。いい?ぼくは気づかれないように、お店の外にでる。多分、奴らの半分以上はぼくを追ってくると思うけど、あとはここに残ると思う。そうしたら、『精神の門番』で、1人残らずぼくを追わせるように操って。20人全員がここから居なくなったら、怪我人の治療してあげて」
「お前……1人で奴らの相手するつもりかよ!?」
「うん。ぼくは強いからね。大丈夫」
さらリと言いやがった。いや、確かに強いが……こうもケロリと言われると、ちょっと腹が立つ。
「ぼくが出るまでは、テキトーに演説でもしててよ」
「えん……俺にそんな高度な技が出来ると思ってんのか!?」
「思わないけど。奴らの目をひきつけておけば良いよ。じゃ、よろしく」
「ぅおい!?」
ルージスがそろそろと動き始めた。
やばい。あいつらの目がルージスの方に行く前に、俺に注目を集めなければ……!
「えーっと……はいっ、ちゅーもぉく!」
とりあえず大声を出してみた。
こんなんじゃあ全員は注目しないだろうなあ、と思っていたが、意外にも、20人全員の目がこちらに向けられた。しかも、移動しているルージスに気付く様子はない。
こいつらは……馬鹿の集団なのか?
「えっとー……。に、人間とは!決して1人では生きていけないものなのであります!」
変なコトを口走ってしまった。……この先、何を言えば良いんだ?
「つ、つまりー、生きていると、色んな生物が犠牲になったりー、人間は皆助け合いながら生きていてー、ここに居る全ての人達も仲間でありー……」
何が言いたいんだ俺!?奴等は敵であって仲間ではないはずだ!
「よ、要するに!人間とは、決して1人では生きていけないものなのです!」
……ふりだしに戻る。
20人全員、更にはこの店の人やお客さんの頭の上にまで、はてなマークが浮かんでいる。
俺も馬鹿のうちの1人だったのか……!
「えっと、だからー……」
「少年が1人逃げたぞ!」
今、やっと気付いたらしい。ルージス、ナイスタイミング!
ほぼ全速力で走るルージスを、12人ほどが同じように全速力で追いかけていく。
残った8人は、俺を捕えようと飛び掛かってくる。
「おとなしくしろ!」
適当な距離になったところで、ルージスに言われた通り術式を唱えた。
『精神の門番!』
ぴたりと奴等は動かなくなった。
「まわれーぇ、右っ!」
くるりと半回転し、そのままルージスを追いかけていく。
……よし、あとは怪我人か。
「大丈夫か!?」
店のオバサンのところに駆け寄る。
左腕を切られているが、そんなに深い傷じゃない。
「ああ……大丈夫だよ。それにしても驚いたねぇ。『精神の門番』を使えるなんて……」
「大したことじゃねぇよ。じゃ、治すからじっとしてろよ」
傷口に手をかざす。
『癒しの救済者』
傷口が光に包まれ、塞がっていった。
「悪いねぇ」
「気にすんな」
やがて、食堂に居た客が部屋に戻っていった。
それでも俺は、食堂で相棒を待っていた。
だが、この日のうちにルージスが戻ることはなかった――。




