黄昏の恋
[1]
男は女にふられるからこそ立派になっていくものだ。そうだその通り、例え一回ふられたことがなんだというのだ。世の中にはふられにふられて、ふられ続けてついに一度も恋が成就することなく天に召される哀れな男共が何人いるかわからない。それに比べたら俺はたった一回ふられただけじゃあないか。しかも歳だって14歳。俺にはこの先何十年って長い人生がある。その間に妻の一人や二人、いやそれはいけない、お互いを大切に思い合うような幸せな「彼女」ができるに違いない。だからそんなに落ち込むことはないはずである。たかが中学二年生でそこらの草食って生活している青年が、こうやって一生懸命にあの人のことを思って泣く必要がどこにあるというのだ。ここが四畳半の自分の部屋の中だからまだいい。これが六畳の広いリビングで泣いてみろ、たちまち妹や父や母に笑われるに違いない。あいつらは人の心を察する思いやりというものを知らないから、その分この部屋の闇はまだ優しい。俺の涙をそっと隠してくれる。だけれども、俺は悲しい。悲しいよ。そんな闇に甘んじてこうやって大泣きしてしまうのだから。あの人、美幸さんのことが好きで好きで堪らないからこそ涙が止まらないのだから。
俺は昨日、この部屋で一生懸命に手紙を書いた。そこら辺の草食って腹を壊した時以外はへらへらしているこの俺が、昨日ばかりは目と口と思考と鉛筆の先を尖がらせて、柔らかい紙に一字一字丁寧に文字を記した。無論手紙の内容は美幸さん宛のラブレターである。今の時代、それをラブレターと呼んでいいのかは分からない。恋文とも言うし想い文とも言うかもしれない。しかし恋文は「来い文!」と返事を促しているようで俺が気持ち悪い人間に思われても困るし、想い文もまた「重い文」と重なっていてどこか嫌だ。どうせヤブレタ恋だからと、ラブレターという言葉を選んだわけでもないけれど、なんだか今となってはこれが一番似合っているように思えるから俺は昨日の手紙をラブレターと呼んだ。
とにかく、俺は昨日、美幸さんへのラブレターを、この部屋の今俺が座っている机に向かって書いていた。あの時が、今となってどんなに幸せな時間であったか。俺は自分の心に秘めた美幸さんへの思いを、全てラブレターに記したつもりだった。そうだあのラブレターは完璧だったのだ。非の打ち所など、学校の理科室に置いてある顕微鏡で探しても見つかるはずがない。何故ならば先日国語の先生に文章の書き方を真剣に教わってから書いた手紙だったのだから。文章に関しては誰も文句をつけられるわけがないのだ。さらには女心というものを、親愛なる妹にも聞いた。女性はどうやって告白されるのが一番心に響くのかを、国語の先生に文章の書き方を教わった晩に、わざわざ妹の部屋にこちらから出向いて聞いたのだ。だからあのラブレターは女子の心を鷲掴みするだけでなく、寧ろ握り潰してしまうくらいの効力があったはずなのだ。だけれども。美幸さんには届かなかった。一体何がいけなかったと言うのだ。俺は今、心に深い傷を負っている。もう立ち直れないかもしれない。そして美幸さんのいる学校には、もう行きたくはない。同じ学校の美幸さん、同じクラスの美幸さん、同じ制服を着た美幸さん。そしてその可愛らしい姿を、隣の席でこっそり眺めている生活なんて、悲しくて辛くて堪らないじゃないか。俺はもうそんな生活をするのは嫌なんだ。
今日の放課後、帰りの挨拶を終えて家に帰ろうとする美幸さんを俺は呼び止めた。美幸さんは「うん?」とちょっと首を傾げて自分の席に座りなおす。ああ美幸さんが隣の席でよかったと喜ぶその反面、俺はどんなに緊張していたことか。恐る恐るズボンの右ポッケから出したラブレターは、手汗でしわしわになるだけでなく、震えながら俄かに悲鳴を上げていた。
「これ、読んで」
ちょっとぶっきら棒な俺の言葉は、美幸さんが嫌いだったからじゃあ無い。大好きで大好きで、喉で言葉が美幸さんを前に、照れて中々外に出てこようとしなかったからである。
美幸さんは、差し出した俺のラブレターを中々受け取ろうとしなかった。中身の正体を考えていたのだろうか、俺はその間が耐えられなくて、とうとう彼女にラブレターを押し付けて教室を出てきてしまったのだ。
完全なる敗北だ。恋という大物を前にして戦う前から尻を見せるとは。俺が教室を出た後、きっと美幸さんはその手紙を読んだに違いない。そして読んだ後、あまりのおかしさに腹を抱えて教室中を笑い転げたに違いない。笑い転げて、30人分の机の脚に頭をぶつけて痛がったに違いないのだ。明日、俺が学校に行きクラスのドアを開けたとき、中から美幸さんは頭のコブを擦りながらこう言うだろう、「あなたなんか嫌いよ」
明日は学校を休んでしまおうか、いっそのこと不良にでもなってコンビ二の入り口の前でしゃがみながら草でも食っていようか。
ああ、この先の事を考えると辛い。涙でろくに機能しない目で、闇に包まれた部屋の中を見渡し、壁に掛けられたカレンダーを見つければ、今日はもう27日じゃあないか。もうじき月が替わる。
美幸さん俺は今、泣いています。あなたを想って。あなたは今、なにをしているんでしょうか。あなたにふられた男は今、泣いています。泣き止むことを忘れて、ただただ泣いているのです。
[2]
国語科室で休んでいた私は、何気なく右側の壁に掛けられたカレンダーを眺めた。今日は25日。次に、机の上を見る。そこは先週行われた期末テストの答案用紙が、全学年分置いてある。何百枚にも及ぶ生徒たちの答案用紙は、私の机上を遠慮なく占拠していた。机の板が露出している部分が、紙に隠れて全く見当たらないほどである。また、そんな机の上で、小さなデジタル時計が、まるで居場所を取られたかのように隅で縮こまっていた。私はそれを見つけて時間を確認する。午後4時。
授業が終わり、生徒は帰宅するか部活に励むかのどちらかの時間帯だ。今日も長い学校が終わったのだ。私はほっと一息つき、休憩を終えて採点を再開しようとしたときだった。
国語科室のドアが開く音がした。振り返ってみると、男子生徒が一人もぞもぞしながら入り口で立っている。
「すみません、失礼します」
怯えているようにも捉えられる男子生徒の声、また彼の背丈からして二年生だろうか。男子生徒に名前を聞いてみると、やはり二年生で室田将人と名乗った。二年の室田、私は知恵が詰まった脳内を探ってみると、室田の答案は確か、昨日採点した記憶がある。点数は40点台だった気がする。そんな室田がこんな時間に国語科の教室を訪れるなんて、一体どうしたのだろうか。
「何か用かね」
「はい、実は、その、あのですねぇ」
なんだかはっきりしない男だ。なかなか答えようとしないので先を急かしてみると、室田はもぞもぞしながら「文章の書き方を教えてもらいたい」と言った。40点台の生徒が文章の書き方を教わりにくるだなんて、何かの間違いでは無いだろうかと一瞬、私は自分自身を疑った。少なくとも私の教員生活27年の中で、成績の悪い生徒が、こうして文章の書き方を尋ねてきたことは一度も無い。大概愚れてさらに成績を悪くするか数学に目覚めるかのどちらかだった。それが今、40点台の頭の悪い生徒が文章の書き方を教わりに私の許に来ている。世の中の中学生も案外見直すべきなのかもしれない。
私はなんだか嬉しく思った。そして室田を教室の中央に置いてある来客用のソファに招いてやった。室田はもぞもぞしながら、「失礼します」と丁寧にお辞儀をして底の深いソファに腰掛けた。
「君は文章を書きたいらしいが、一体どんな文章を書きたいんだね」
私は机の椅子を彼の座っているソファの前に持っていき、早速尋ねてみた。わざわざ文章の書き方を教わりに来るくらいだからそれだけの理由があるはずだ。作文、感想文、論文、まぁどんな文章を書きたいにしろ、こちらが目的を知らなければ教えようがない。
しかし、室田は私の質問に答えようとしなかった。ただもぞもぞするだけで時間ばかりが過ぎていく。次第に二人の間には気まずい空気が流れだし、それがどうしても気持ち悪かった。初々しい恋人同士ならまだしも、歳が離れた男二人が、お互いにもぞもぞし合っているというのは一体どういうことか。私は一刻も早くこの現状から逃れたかった。
「そう黙ってちゃ分からないじゃないか。作文を書くなら作文を書きたいと言ってくれればいい、何にしろ君の目的が分からなかったら私だって教えようが無い」
「文章を作るんだから作文です!」
突然、室田が開き直ったかと思ったらまるで明後日方向な返事をしてきた。文章を作るから作文、作文の意味を分かっているようでまるで分かっていない。さらに室田は、いかにも「そんな事わざわざ聞かなくても分かるでしょう」と言いた気な目で私を見ている始末だ。それが腹立たしくて、ついに「まぁいいでしょう」と承諾してしまった私は馬鹿だったのかもしれない。その後になって、段落の分け方や、原稿用紙の使い方などと話を進めて行けば行くほど、室田はぽかんと口を開くばかりだった。こんなことなら最初から引き受けなければ良かった、と今更後悔しても、もう遅い。私は、室田がこの国語科室に入ってくる前の一時の休憩時間を懐かしく思った。
何分経っただろうか、まるで時間の経過を感じない中で、一向に終わりそうにない段落の説明をしていたときだった。起承転結、そう言葉を発した時、半分白目を向いていた室田の表情がぱっと弾けたのだ。
「先生、何ですかそのかっこいい言葉は」
室田はよっぽど起承転結という言葉が気に入ったのか、とても興奮していた。目が三角形になり、口が下を向いた三日月のようになった。おまけに鼻までもがぴくぴくと痙攣している。その一方で、気分的に参っていた私は、彼に逆う気力なんかどこにもなかった。室田が起承転結を教えてほしいというのだ。ここは軽く教えてやるしかないだろう。
「起承転結というのは、四段落に分けた時に最も望ましい形だ。一段落目には起の文字、ここではこれから自分の述べたい事を軽く説明する段落となるんだ。そして二段落目に承の文字、一段落目で述べたことをより深く説明するのがこの二段落目になる。そして三段落目には転になり、今度は今まで述べていた事とは全く反対の意見を述べ、最後の四段落目でまとめを述べて結となる」
室田に説明するには難しすぎたか、そう思ったが室田は「なるほど」と、何度も首を振っていた。
「先生、正に僕が今一番知りたかったことですありがとうございました」
本当に理解したのだろうか、心底疑問に思ったがそれを彼に聞くことはできなかった。そしてこう思ったのである。「二度と中学生に文章の書き方を教えるものか」
室田は教室を出て行く際、こちらを振り返ってこれ以上にない笑みを洩らした。
[3]
お風呂に入った後、わたしは自分の部屋で、ぽかぽかした体を床にごろごろしながら冷ましていた。この部屋には「そんなことをしたら風邪引くじゃない」なんてわたしを叱る人なんかいない。まさにこの部屋はわたしだけの世界。現実世界の極楽浄土なのだ。
服が捲れてお腹が冷たい。それでも気持ちいいからそのままほっといて携帯電話のディスプレイで時間を確認すると、25日の20時38分であることがわかった。宿題やらなきゃなぁ、なんてちょっと憂鬱になりながら体を起こしたとき、部屋のドアが開く音がした。
ああ、どうして家の男共はマナーってものを知らないのかな。レディーの部屋にノックもしないで進入してくるとは変態もいいところよ。ドアから顔を出して私の名前を呼ぶのは、紛れも無く私のお兄ちゃんだった。
「若菜、ちょっといいか?」
ちょっと待ってよ、なにその顔。やけにニヤニヤしていてすっごく気持ち悪いんだけど。ほんとに変態みたいじゃん。「無理!」ってきっぱり言ったのに、お兄ちゃんはまぁまぁと言ってドカドカ部屋に入って中央らへんの床に座りだした。ああ、私の世界がぁ。
わたしはお兄ちゃんから逃げるようにして、部屋の隅にある机の椅子に座った。できるだけお兄ちゃんが座っている床には触りたくないから足も椅子の上、つまり体育座り。
まって、どういうこと? お兄ちゃん、わたしに何か用事があるんじゃないの? いくら待ってもお兄ちゃんは何もしゃべろうとしないじゃない。なんなのよ、もう。
痺れを切らしてついに先に行動に出たのは私だった。
「なにかわたしに御用?」
別に脅すように言ったわけじゃないけど、私の言葉にお兄ちゃんは全身をびくんとさせた。なんだか知らないけど、おでこから汗流してるし。ほんとになんなの。
「若菜、さぁ。あのさ」
「なによ」
「女心って言うの? 教えてくれないかな」
わたしはあまりにも驚いて、椅子から転げ落ちそうになった。違う、これはわたしのお兄ちゃんじゃない。これはきっと夢かなにかよ。お願い、わたしを現実に戻して。
さすがにわたしの気持ちを察したのか、お兄ちゃんもすっごく慌てだした。「ちがう、ちがうんだよ」なんて騒いでるけど、一体何が違って何が合ってるのかわからない。あまりにも混乱しすぎて、わたし自身悲鳴を上げ忘れていた。
「どうしても知らなきゃいけないんだ。たのむ、教えてく…」
「やめてぇー」
おちつけ、なんてお兄ちゃんが言うけど、これが落ち着いていられるわけないでしょ。わたしのお兄ちゃんが変態だったなんて。今にも泣きそうだった。
若菜! 急にそれまでとは違った、すっごく真面目な声でお兄ちゃんはわたしを呼んだ。わたしはちょっとびっくりして動きを止めて反射的にお兄ちゃんのほうを向いた。
お兄ちゃんの瞳は真剣だった。なんだかわからないけど、それだけでただ事じゃないことがわかるくらい。さすがに落ち着けないけど、わたしはおにいちゃんの口が開くのを待った。
「これは俺の人生に関わる一大事なんだ。女心を、教えてくれ。頼む」
といってお兄ちゃんは土下座までしてる。さすがにわたしも鬼じゃないから、そこまでされたら話を聞こうって思うようになった。
それから、わたしはお兄ちゃんの話を聞いた。何でも恋愛について作文を書かなきゃいけないんだとか。先週の定期テストであまりにも酷い点数を出した者限定の特別な宿題らしい。
そこまで聞いてやっとわたしは安心できた。良かった、お兄ちゃん変態じゃなかった。
「そういうことなら、わたしが力になってあげる」
そういうと、お兄ちゃんはすっごく嬉しそうに飛び跳ねた。ちょっとかわいい。
そして、一通り飛び跳ねた後で、お兄ちゃんの質問が始まった。
「早速なんだけど、女子ってどう告白されるのが一番ぐっと来るんだ?」
お、いきなり直球投げてきたな。こんな質問、答える側のわたしも恥ずかしいんだからね。でも、ちゃんと答えなきゃ。
「女の子っていうか、少なくともわたしは素直に『すき』っていわれるときゅんとくるな。変にかっこつけられるよりも、素直に気持ちをそのまま伝えてくれるほうがいい」
そうか!! というお兄ちゃんの瞳がきらっきらしていた。そして何度もわたしにありがとうと頭をさげた。えへへ、兄の窮地を救う妹。わたしっていい人。
念の為にほかに聞きたいことある? ってお兄ちゃんに聞いてみたけど、結局それだけで十分らしくてお兄ちゃんは颯爽と自分の部屋に帰っていった。なんだか突然やってきた嵐が突然過ぎ去っていったような気分。
お兄ちゃんが部屋から出て行くのと同時に、携帯電話の着信が鳴った。メールの相手はわたしの彼氏。えへへ、彼になんて告白されたかなんて、絶対に秘密だよ。
〔4〕
僕は美幸さんが好き
僕は美幸さんがすっごく大好き
でも時々好きじゃないときもある
だけどやっぱり僕は美幸さんが好き
はじめにこの手紙を読んだときは、ふざけて書いたのかなって思った。だってそうでしょ?こんな手紙を本気にする人なんかこの世にいる? なんなのこの手紙ってちょっと怒った。
それが昨日の夜のこと。将人くんに手紙をもらった日で、日付は27日。
そして今、私は学校にいて、自分の席に座っている。顔はなんとなく前の黒板を向いていて、日直が端にかかれた28という数字を明日の日付に書き直していた。
窓の外は黄昏ていて、放課後の教室に染み込んだ橙色が生徒の表情を紅くしていた。確かめなきゃ、そう決意したと同時に隣の席から椅子が動く音がした。
「待って」
きっと私は相当の馬鹿なんだと思う。なんだかんだいって、本当はこんなおふざけで書かれた手紙を、もしかしたら本気かもしれないなんて信じて、風呂に入ってるときも寝るときも、また、学校にきてからも授業中、昼休み、そしてさっきの帰りのホームルームの時までずっとどきどきしていたなんて。
このままじゃ私おかしくなるかもしれない。だから、今、将人くんに本当の気持ちを教えてもらいたい。
他の男の子だったらこんなにどきどきすることなんか、きっとなかった。将人くんだからこそ、苦しいくらいどきどきするんだ。そう、私は将人くんがずっと好きだった。
将人くんの手紙が嘘か本当かは別にして、この機会は絶対に逃しちゃだめだって思った。だから私は、撃沈覚悟で将人くんに声をかけた。
将人くんは、「なに?」といってまた自分の席に座りなおした。気のせいか、声がすこし震えていたような気がした。
「手紙のことなんだけど」
そういったとき、将人くんは明らかに驚いたような表情をしていた。ううん、これは気のせいじゃない。
「ああ、あれか」
「あの手紙、本気?」
将人くんは、なかなか返事をしようとしなかった。それでも、今日は待つ。夜になってもいい、将人くんの返事を聞くまで私絶対に帰らない。
将人くんの返事を待つ間、私の頭の中には日ごろの将人くんでいっぱいだった。席が隣同士なのに今まで滅多に話したことがないけど、それでも好きだった。正直、授業中何度盗み見たか分からないくらい、見てた。友達には何であんなヤツが好きなの? なんていわれるけど、みんな将人くんの良さを分かっていない。私は知ってるよ、成績が悪くても実は一生懸命に勉強をがんばってたり、体育だって他の誰よりも精一杯走ってる。そんな将人くんの姿を、誰も分かっていない。
私はそういう姿を見ていて、いつのまにか将人くんを好きになっていたんだ。別に手紙をもらったから好きになったんじゃない。っていうか、私そんな軽い恋は絶対にいや。
「私、将人くんが好き」
いつの間にか口が開いていた。将人くんの返事を待つつもりだったのに、たまらなくなって将人くんよりも私の口が先に開いていた。
将人くんは驚いていた。「ほんと?」と小さな声が返ってくる、もちろん本当。私は首を縦に振った。大きく振りたいのに、なぜか首がかたくて大きく振れない。
突然、将人くんが勢いよく立ち上がったかと思うと、大きな声でこう叫んだ。
「お、おれと、付き合ってください」
この教室の中にいる生徒が全員こっちに振り向くのが分かった。でも、そんなの関係ない。私も勢いよく立ち上がった。
学校の外に出ると、すごく空気が冷たかった。でも今の私にはこの空気から守ってくれる温かさがある。今日はできるだけゆっくり帰ろう、そう心に固く誓った。