『迷宮(仮)』・3
その後は順調に道程を消化して、攻略条件である『最奥に辿り着く』一歩手前までさくさく進んだ。基本的に足を止めることがないので、謎解き仕様だった『前』に比べてかなり時間短縮された感じだ。相変わらずレアルードの力押し罠攻略の腕は冴えわたっている。ちょっと怖いレベルで。
とはいえ任せきりにするのもやっぱり申し訳ないので、多少は手を出させてもらったけれど。解除は時間がかかるので、レアルードと同じように力押しで。レアルードは私が前に出るのに微妙な顔をしたけど、いくらレアルードが前衛要員で私が後衛要員だからって、魔物が出たりで戦闘が起こるわけじゃないこの『迷宮(仮)』でその陣形を頑なに守る必要もないだろうと懇々と説明したらわかってくれた。
そしてここの完全攻略に必須である、最奥の部屋到達まであと一歩のところまで来たわけだけれど。
不可思議な模様のたゆたう光の壁越しに、レアルードの顔を見上げて思ったのは。
「なんかちょっとまずったかも」というのが第一。
「なるほど、だから今回は『罠』メインの『迷宮(仮)』になったのか」、が第二。
ちなみに前者は『私』寄りの感想で、後者は『シーファ』寄りの感想だ。やっぱり『シーファ』の感覚ってちょっとずれてる気がする。
今の状況を整理すると、『最奥に辿り着く』一歩手前、いわゆるところのダンジョンボス部屋みたいなところに入るための仕掛けに私が囚われている、ということになる。
い、いやこれは不可抗力というかむしろこの仕掛けに誰かが引っかからないと部屋の扉が開かないから引っかかるしかなかったというか……!
『前』の『記憶』からすると正式な『迷宮』――天然ものの『迷宮』の中にあった仕掛けが、この『迷宮(仮)』に移植されていたのだ。
確か、道程のちょうど中間地点くらいに存在していた『迷宮』にあったもののはずだ。『迷宮』好きが高じて、ついに実際に仕掛けごと持ってくるようになるとは……まああの依頼主ならいつかやると思っていた。
本来の『迷宮』では、この仕掛け――扉に触れた人間の『魔力』を利用して発動し、その源を取り込もうとする、その間だけ開く扉――は、そんなに重要な箇所にある仕掛けじゃなかった。だからここに持って来れたんだろうと思うけど。
扉の向こうの部屋で、条件を達成すればこの仕掛けは解除される。この場合は、扉の向こうに見える、いかにもなボスモンスターっぽいものを倒せばいいんだろう。見た目はなんかケルベロス亜種みたいな感じだけど、これあの依頼人作なのかな。そのあたりの倫理とかこの世界どうなってるんだろう。『前』はそこのところに疑問も興味も抱かなかったみたいで、記憶を探っても特に何も出てこない。
答えが出ないものに拘っていても仕方ないので、とりあえず目先の問題から片づけることにする。
「――レアルード。これはどうやら、捕らえた者の『魔力』によって発動し、『魔力』ごと仕掛けの一部として取り込もうとするもののようだ。だがその分、ある程度『魔法』で抵抗が可能らしい。早々に抵抗のための魔力が尽きることはないから、取り込まれる事態は避けられそうだ」
「…………」
無言。無言だ。
私がこの扉の仕掛けに囚われた瞬間こそ平静を乱し、すわ過保護再来かと思ったレアルードだけど、何をどうしてもこの光る壁らしきものを破壊できないらしい(少なくとも今手持ちのあれこれでは無理)と理解してからは静かだ。その静かさが逆に怖いと言えば怖い。……いやだって壁を壊そうとするレアルードはなかなかに鬼気迫っていた。壁ごと叩っ斬られそうな勢いだった。
「組まれてる術式からして、部屋の中の生き物との戦闘を終えれば私も解放されるのだろう。人工の『迷宮』であることを加味しても、あの怪物はそれほど強くないはずだ。君一人で充分倒せるだろう」
「――あの部屋にいる生き物を、殺せばいいんだな」
「……そうだ。そうすればこの術式も核を失い、確立できなくなる」
静かな声だった。それ故に、『殺す』という響きがとてもおそろしく聞こえた。――今更、なのだけれど。
「わかった」
頷いて、踵を返したレアルードの足取りは淀みない。何かの『命を奪う』という行為に、何の隔意も躊躇も見当たらない。それは、私だって同じで――、いや違う。『私』と『シーファ』は違う。違う感覚を持っている。だからこそ『シーファ』は『私』がそういうことで思い悩まずに済むような手を打っていた。
レアルードが扉を潜る。ケルベロスを彷彿とさせる、自然のイキモノではなさそうなそれと相対して、威嚇にこゆるぎもせずに剣を構え――……。
……え、あれ? レアルード、なんで『聖剣』の方を抜いたの。
浮かんだ疑問に答えを見出す前に、レアルードは光り輝く『聖剣』を一薙ぎした。
閃光。
轟音、――そして静寂。
部屋から漏れ出る閃光に眩み、咄嗟に閉ざしてしまった目を再び扉の向こうに向ければ――そこにはもう、レアルードしかいなかった。
光る壁は跡形もなくなっていて、そこに留まっている理由もないから、私は殆ど無意識にレアルードの方へ足を踏み出す。足元で鳴った微かな音に反応したのか、振り向いたレアルードは、どこか心ここにあらずといった顔をしていた。
「レアルード、……君は、『聖剣』を使えたんだな」
「……そう――らしいな」
応えたレアルードは、笑い出しそうな、それでいて泣き出しそうな、そんなアンバランスな表情をしていて――それに気を取られた『私』は、そのやりとりのおかしさに気付けなかった。
ただ、そう。『こんなレアルードを放っておいてはいけない』という思考だけが、私の足を動かしていた。そうしてそれは、『私』ではない、『シーファ』の思考で――。
(彼に、こんな顔をさせたくはなかった)
(『勇者』でなければ、幸せに生きられたはずの彼を)
(巻き込んだのに――『巻き込み続けている』のに、償う術もありはしないのに)
(そんなことを考えるのは、偽善ですらない)
近づいて、何をできるわけでもないのに、私は立ち尽くすレアルードの元に辿り着いてしまった。そうして結局、事務的なことしか口をついては出ないのだ、『シーファ』という存在は。
「――体に、変調は」
「特には。……『聖剣』っていうのは、こういうものだったんだな」
「『聖剣』使用者の感覚というのはわからないが。ただの剣ではないのだろう、性質からして」
「それは、そうだな」
言って、レアルードは少し口元を歪めた。もしかしたら、笑ったのかもしれなかった。
「これで、あとは最奥――この部屋の奥の扉を開けば、この『迷宮』を攻略したことになるんだろう。行こう」
そう言われて、否と言う理由もない。私は頷いて、レアルードと共に最奥の扉に向かった。