再会
それからしばらくして、彼はまた彼女を見かけた。
偶然だった。以前と同じように、街の中のありふれた場所だった。夕方に近い時間で、人の流れはゆっくりとしたものになっていた。歩道の脇に並ぶ店の灯りが、少しずつ明るくなり始めている。
彼女は、そこに立っていた。
特別なことをしているわけではない。ただ信号を待っているだけだった。シンプルな服装、整えられた髪、静かな立ち姿。前と同じ、生活の匂いが少し薄いような印象だった。
彼は一瞬だけ迷った。
近づくべきか、それとも通り過ぎるべきか。
彼女はもう、こちらに気づいていた。
あの視線だった。
焦点が合っているようで、少し奥を見ているような視線。
彼は歩みを止めた。
「……こんにちは」
彼女はほんの少し驚いたように瞬きをした。驚きというより、戸惑いに近い表情だった。
「……こんにちは」
声は前と同じ、小さくて静かな声だった。
彼女は少しだけ彼を見つめ、それから言った。
「……離れた方がいいって言いましたよね」
責める調子ではなかった。ただ事実を確認するような言い方だった。
彼は苦笑した。
「言われましたね」
「……それでも?」
彼は少しだけ肩をすくめた。
「気になったので」
彼女は黙った。視線が少しだけ下に落ちる。考えているようだった。
「……普通は、来ないと思います」
「そうかもしれません」
彼女はまた彼を見た。数秒ほど、何かを確かめるように見つめる。
「……記事、見ました?」
彼は少し驚いた。
「分かります?」
「たぶん、調べます」
彼女はそう言って、ほんのわずかに笑った。
声は出ない、小さな笑いだった。
「……それで、どう思いました」
彼は少し考えた。正直に言うべきか、言葉を選ぶべきか。
「……よく分からない、と思いました」
彼女は首を傾けた。
「分からない?」
「はい」
彼は言葉を探しながら続けた。
「記事は短いし、事情も分からないし……その場にいた人の気持ちは、きっと書いてあるだけじゃ分からないと思ったので」
彼女はしばらく黙っていた。
視線が彼から少し外れる。
「……優しいですね」
彼は首を振った。
「そうでもないと思います」
「どうして?」
「ただ、気になっただけなので」
彼女はその言葉を聞いて、少しだけ眉を動かした。驚いたのか、それとも納得したのか、はっきりしない表情だった。
「……気になるんですか」
「はい」
彼女は視線を戻した。
今度はまっすぐに彼を見る。
「私のこと?」
彼は少しだけ考えたあと、頷いた。
「はい」
彼女は黙った。数秒ほどの沈黙が流れる。
それから、ほんの少しだけ笑った。
あの笑いだった。
零れるような、小さな笑み。
「……変わってますね」
「そう…でしょうか?」
「普通の人は、怖いと思います」
彼は少しだけ首を傾けた。
「そうですか?」
「たぶん」
彼女はそう言って、また小さく笑った。
今度はほんの少し長く続いた笑いだった。
その瞬間、彼は思った。
——きれいだな。
派手な笑顔ではない。ただ口元が少しだけ緩むだけの笑い。それなのに、なぜか目を離せなくなる。
彼はそのとき気づいていなかった。
それが、惹かれていく最初の瞬間だったことに。




