表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

夜明け


夜明けの光が、カーテン越しにゆっくりと部屋へ染みていく。夜の色が少しずつ薄まり、家具の輪郭がやわらかく浮かび上がる。外からは生活の音が聞こえはじめていた。遠くを走る車の音、どこかの扉が閉まる音、人の気配。静かな部屋の中で、それだけがやけに現実的に響く。彼女は椅子に座っていた。背中に窓を受け、膝の上で手を握りしめている。夜のあいだずっとそうしていたのだろう。指は強く絡まり、こわばって、もう思うように開かない。手の感覚が少し遠い。力を抜こうとしても、うまくほどけない。視界には入っているはずなのに、彼女の焦点はその手に合っていなかった。ただそこにあると知っているだけのように、ぼんやりと見下ろしている。



彼の部屋だった。少し生活の気配が残る部屋。テーブルの上のコップ、椅子の背に掛けられた上着、読みかけの本。どれも昨日まで普通に使われていたものだ。何かが壊れた様子はない。夜の終わりと朝の始まりが、ただこの部屋にも訪れているだけのように見える。彼女は動かない。椅子の上で、同じ姿勢のまま、呼吸だけを続けている。背中の窓から差し込む光が、少しずつ明るくなっていく。


指はまだ固く絡まったままだった。夜のあいだ、ずっと握りしめていたのだと、その形が教えている。手のひらの内側に、まだ微かな圧の記憶が残っている気がした。部屋の空気は静かで、彼女の呼吸だけがそこにある。外の音は、さっきより少し増えていた。朝が進んでいる。世界は動き出している。



それでも彼女は、椅子の上で動かなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ