夜明け
夜明けの光が、カーテン越しにゆっくりと部屋へ染みていく。夜の色が少しずつ薄まり、家具の輪郭がやわらかく浮かび上がる。外からは生活の音が聞こえはじめていた。遠くを走る車の音、どこかの扉が閉まる音、人の気配。静かな部屋の中で、それだけがやけに現実的に響く。彼女は椅子に座っていた。背中に窓を受け、膝の上で手を握りしめている。夜のあいだずっとそうしていたのだろう。指は強く絡まり、こわばって、もう思うように開かない。手の感覚が少し遠い。力を抜こうとしても、うまくほどけない。視界には入っているはずなのに、彼女の焦点はその手に合っていなかった。ただそこにあると知っているだけのように、ぼんやりと見下ろしている。
彼の部屋だった。少し生活の気配が残る部屋。テーブルの上のコップ、椅子の背に掛けられた上着、読みかけの本。どれも昨日まで普通に使われていたものだ。何かが壊れた様子はない。夜の終わりと朝の始まりが、ただこの部屋にも訪れているだけのように見える。彼女は動かない。椅子の上で、同じ姿勢のまま、呼吸だけを続けている。背中の窓から差し込む光が、少しずつ明るくなっていく。
指はまだ固く絡まったままだった。夜のあいだ、ずっと握りしめていたのだと、その形が教えている。手のひらの内側に、まだ微かな圧の記憶が残っている気がした。部屋の空気は静かで、彼女の呼吸だけがそこにある。外の音は、さっきより少し増えていた。朝が進んでいる。世界は動き出している。
それでも彼女は、椅子の上で動かなかった。




