9.新しい脅威
朝。街はまだ薄暗く、天気も晴れやかとは言えない。
いつものように郵便受けの扉を開ける。新聞を取って扉を閉じようとした瞬間、それは目に入ってきた。淡く光る石がついたネックレスが1つ、ポストの奥に差し込まれている。
「え……綺麗。間違えて入れたのかな? 誰のだろ」
すぐに耳につけていた端末を起動し、写真を撮る。ネットにアップすると、瞬く間に反応が返ってきた。
「同じの拾ったWW」 「え、道に落ちてるパターンあるの? 探します」 「うちの家にも来てた!」
その中で、ポンと挙げられた1つの投稿に、一瞬反応が止まる。
「それ身につけ続けてると、魔法が使えるようになるんだって」
嘘だぁ、と返す反応は馬鹿にしたものが多い。しかし、それを塗り替えるように新たな情報が書き加えられていった。
「国の機密倉庫から盗まれものらしい」「私、知り合いに王宮勤めいるけど、たしかに最近めっちゃ興奮してた」「魔法とか使えたら、最強だよねー」
信じる者。疑う者。傍観する者。
あっという間に噂が噂を呼び、拡散されていく。朝のうちに、光る石の話は、誰もが知っているセンセーショナルな話題となっていた。
* * *
『今朝、帝国内各地にばらまかれた石について、王宮より注意喚起が出されました。「現在研究中のもので、安全は未確認です。持ち歩かないでください。既に手元にある場合は、兵団に提出してください」』
ニュースキャスターは続ける。
『ネット上で「魔法が使えるようになる」と情報が回っていますが、“事実”とのことです。ただし、安全確認はされておりません』
フォンッと事務室のモニターがいつもの待機画面に戻る。たった一晩で起こった事の大きさに、私達は言葉を失った。
「……これ、だいぶマズイだろ。俺たちでさえ、制御ミスると魔法で壁に穴開くんだぜ? 市街地で起こったりしたら……」
「間違いなく大惨事だな」
それだけではない。以前研究員が言っていた。魔力を魔法という現象に変えるときに、歯止めが効かなくなると暴走してしまう可能性がある。そして、それは命にも関わるかもしれない。
ネットでは次々と石―――魔晶石の写真が投稿され、これまでに無い程の熱狂ぶりだった。
「現在は兵団が行方を辿って回収作業を行っている。しかし、回収率は30%にも満たないそうだ。おそらく、”魔法が使える”ということで隠し持っている人も多いんだろう」
皆も分かっている。ここまで魔法に対する期待値が高まっている以上、もはや止めることは不可能だ。
「魔晶石を持っていても、すぐに魔法は使えない。しかし、事故はいずれ、必ず起こる」
隊長の言葉に、部屋の空気が一気に引き締まった。
デルタだけでなく、兵団も既に対応の準備が進められている。帝国内の各地で、魔法事故の兆候を見逃さぬよう、監視と出動が命じられる―――
胸の内の、ざわざわとした感覚は消えそうになかった。
* * *
―――そして、ついにその日は来てしまった。
『水の魔法が暴走して、公園が一部水没しました』
『市場で小規模の竜巻が発生。現在、聞き取り調査中です』
帝国の至る所で、大小の出来事が起こる。兵団の無線のやり取りがひっきりなしに飛び交っている。
デルタの事務室では、モニターに映る各地の映像に皆が息を詰めた。
「あの路地の映像、誰か水の渦作ってるぞ」
「こっちの地面は地割れが起こってる。市民に怪我が出る前に対応しないと」
隊長はモニターを見つめ、深く息を吐いた。
「まだ兵団が対処しているが、このまま放置すれば大惨事になる。各自、状況を常に把握。即時出動できるように準備しておけ」
「「「「「了解」」」」」
隊長の命令に敬礼を返す。
途端、ジリリリとサイレン音が鳴り響き、緊急出動の合図が出た。皆で一斉にVANTの元へ駆け出す。耳元のTACSをタップすると、視界に帝都の地図と状況が提示される。
『帝都西の駅で、炎と雷の魔法が暴走。駅構内停電。怪我人多数』
「くそっ、あそこは人通りも多いのに!」
「交通網も止まるでしょうね。全く、やってくれる」
カイの操縦でVANTが静かに、しかし無駄な動きなく現場へと向かう。装備を確認しながら、耳元で流れる無線機のやり取りに意識を集中していた。
「間もなく現場に到着する。俺たちが向かうのは、発生源の駅改札前だ」
隊長の声に、意識をTACSから引き戻す。
「火の手は大方治まっているが、配電線がむき出しで感電の恐れがある。ライアス、カイ。属性的に耐性のあるお前たちが対応しろ。その他は怪我人の救助と客の避難を優先。バディで行動だ」
じわりと汗がにじむ手をぎゅっと握りしめる。目が合ったアイリーンと、目で合図をかわした。
視線を機外に向けると、既に目的の駅は目の前。
「行くぞ」
扉が開くと同時に装備をもって走る。駅は人で溢れかえっていた。子供の泣く声、怒号、焦げた匂い。
そんな混乱の真っただ中を、兵団員の誘導に従って発生源へと駆け抜けた。
煙と灰が漂う駅構内。瓦礫の合間をぬって、デルタの隊員たちは迅速に動く。
「避難ルート、右側通路を確保」
「怪我人、こちらに!」
バディを組み、残っていた市民を救助しながら誘導する。
アイリーンが風を纏わせ、舞い上がる灰や煙を押しのける。視界が一瞬でクリアになり、避難する人々の姿が露になる。
リヒトは水の弧を操り、燻る火花を次々に打ち消していく。水の輝きが火を弾くたび、瓦礫の間に小さな虹が架かった。
「カイ、そっちの配電盤お願い」
ライアスとカイが放電の光にひるむことなく、むき出しの配線に手を伸ばす。電流を制御して、感電の危険性をつぶしていく。
その光景を横目に、視界いっぱいに広がる現場全体の情報を整理していく。超小型ドローンが拾う各地の状況、煙の濃さ、隊員たちの位置、避難民の動き―――マッピングされたそれらを瞬時に解析し、隊長に報告する。
「東通路、まだ人が取り残されています。怪我人多数。瓦礫が一部通路を塞いでいます」
「了解。瓦礫の撤去は兵団の第5小隊へ依頼。怪我人は医療部の第25小隊へ。アイリーンとリヒトで誘導」
即座に返ってきた指示を、TACSをつないで各隊員や兵団に伝える。
命令が現場に届くと、隊員たちは迷わず動き出す。瓦礫をどかす者、避難民を誘導する者、負傷者を支える者。それぞれが最適な行動を選び、混乱が徐々に収まっていく。
『救助完了! 怪我人は全員安全圏に避難したわ』
「了解。次の通路を確認する。アイリーン、風で視界を確保して」
ルナの声が冷静に響き、隊員たちは次の行動へと移る。
煙と混乱の中で、デルタの連携は光のように現場を照らした。情報収集と判断、そして指示の連鎖。混乱の渦の中でこそ、彼らの力が際立つ瞬間だった。




