5.一歩ずつ、前へ
目が覚めると、紫色の光がぼんやりと漂う病室だった。
視界の端で、繋がれた点滴のチューブがふよふよと揺れている。
慣れることのない光景に、つい視線をあちこちに泳がせた。
「失礼します。……フォルテさん。起きていたんですね。おはようございます」
「アルバート先生。ええ、今しがた。おはようございます」
先生の白衣の裾も、紫の光に触れてふわりと持ち上がる。
昨日目を覚ましたときは、まだあまり実感がなかった。
しかし1か月―――長くも短くも感じられるこの間に、確かに私の体は変わってしまった。
* * *
「ルナ! 良かった! 目が覚めてくれて……本当に、良かったっ!」
夕方。ノックの音と同時に部屋に駆け込んできたのはアイリーンだった。その後ろには、VD-01仲間たち全員が揃っている。
思わず、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……アイリーン。みんなも、来てくれたのね」
「もちろん来るに決まってるでしょ! もう……あんな無茶するなんて……馬鹿!」
アイリーンは怒り混じりに言うが、その目尻には涙が光っていた。
「心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫よ。皆は? 怪我していない?」
「副隊長のおかげで皆無事ですよ。隊長は少しだけ怪我をされていましたが」
リヒトのその言葉に、視線が隊長に集まる。
「俺はかすり傷だけだ。気にするな。それよりもフォルテ。何故すぐ助けを求めなかった?」
「それは……あの場では研究員の避難を優先するのが最適だと思いました。私が怪我をしてしまったのは、運が悪かっただけです。」
「最適解に、お前の安全も含まれるべきだった。次はちゃんと気をつけろ」
隊長の言葉に、唇を噛む。
しばらく、しんとしていた空間だったが、アイリーンのパンッという手拍子で、その空気が一掃された。
「辛気臭いのは無し無し。お説教は終了ね。でもルナは、ちゃんと自分の事も大切にすること! 以上!」
「ま、副隊長も目ぇ覚めてくれたしな! ほら、お見舞いのケーキ。食おうぜ!」
カイの言葉に皆が動き出す。私のベッドサイドに机が運ばれ、皆でワイワイとケーキを選んでいった。
ケーキを一口頬張ると、自然と笑みがこぼれる。
「……美味しい」
隊長がほんの僅か微笑んだ。
「そうか。それなら良かった」
他の皆はそれぞれ談笑を続けている。けれど、私の視線は無意識に隊長に向いていた。
隊長はいつも通り落ち着いた表情だが、その目には安心と喜びが浮かんでいる。
「昨日は大変だったな。」
隊長にかけられた言葉に、私は首を傾げて笑った。
「目が覚めた途端、視界が紫がかっていたのですもの。夢だと思ってもしょうがないと思いませんか? 隊長のおかげで何とか収まりましたが」
実は、隊長が駆けつけてきてくれた時、私は自分が夢の中にいると思っていた。しかし、妙にリアリティのある会話や感触に、これが現実だと認識した。途端、急に周りの物が浮きはじめたのだ。
アルバート先生と隊長がいなかったら、パニックになって病室の中はぐちゃぐちゃになっていたかもしれない。
目が覚めたとき、隊長がいてくれて本当に良かった。
「……ありがとうございます」
短く、呟く。その言葉は、隣にいたカイの声にかき消されてしまったが、それでも良かった。
皆がいるこの空間が、好きだ。一緒に居たい。だからこそ、私はこの身体と向き合っていきたい。
胸の奥で湧き上がる決意を、私はぎゅっと抱きしめた。
ベッドから身体を起こすのは、思ったよりもずっと重かった。
1か月も横になっていたせいか、腕や足に力が入りにくい。手足を持ち上げるたびに、ほんのわずかに震えが伝わる。
「少しだけ歩いてみましょ」
アイリーンが優しく手を添えてくれる。
「あたしが医療部門出身なの知ってるでしょ? 何かあればすぐ対処できるから」
横で、カイがにこやかに言った。
「俺たちが支えるからな! 副隊長の安全は俺たちが守る!」
私は小さく頷き、手を握り返す。
ベッドから足を下ろし、ゆっくり立ち上がった。思ったよりもふらつく。
1か月ぶりの感覚は、不安定で、一歩目を出すのが怖い。
「大丈夫。怖がらなくていいの。皆ついているから、一歩出してみて」
一歩、また一歩。
カイとアイリーンが横で身体を支え、リヒトは動きを観察しながら安心させるように頷く。ライアスは私が倒れたときに身体をぶつけないよう、家具の傍に立っていた。
隊長は、少し距離を取りつつも、じっと様子を見守ってくれている。
歩みを進めるたび、少しずつ感覚が戻ってくる。
「順調だな、副隊長!」
カイの声に思わず笑みがこぼれる。
仲間たちが傍にいてくれるから、怖くない。胸の奥に少しずつ安心が広がる。
少しずつでも、また隊に戻る―――
皆の支えを受け、私は恐怖よりも希望を感じながら、前へ進むのだった。




