32.歓迎会の影
「ようこそ、ガルドニア王国へ。貴殿らを歓迎します」
煌びやかな衣装に身を包んだ国王の言葉に、会場から一斉に拍手が起こる。隣には宰相、そして重臣たちが並んでいた。視線を巡らせれば、きらびやかなシャンデリアと豪奢な装飾に彩られた王宮の大広間。
ここは、もう慣れ親しんだデルタイトの地ではない。
―――いよいよ、俺たちの任務が始まった。
「そういえば、あいつ正真正銘の貴族だったな」
俺たちの目線の先。ライアスとアイリーンが客に紛れるように優雅なステップを踏んでいる。彼らが舞うたびに服に縫い付けられた宝石がきらりと瞬く。
ガルドニア王国に到着した俺たちは、さっそく開かれた歓迎パーティーに参加していた。
ただし、一護衛隊員や、書記官の供として。
「お前も踊りたかったのか?」
「いや、断固拒否だね。ライアスみたいに幼少期から仕込まれてるわけでもないし、踊れねーよ。隊ちょ……じゃなくてレナード。の方が、踊っといた方が良かったんじゃね? 肩書的に、これから先踊る機会あるだろ?」
「俺は一応踊れるぞ。兵団時代に習ったからな。アイリーンが踊れるのもそれだ」
息ぴったりにターンを繰り出す2人を視界の端に収めながら、隣のカイと小声で喋る。
こうして見ていると、2人がデルタの人間とも護衛任務中とも思えないだろう。特にライアスはトルネイ子爵家の人間だ。この貴族制が色濃く残る王国では、軍人と貴族が同じ場所に立つことは少ない。現に、ライアスは何の違和感もなく輪の中に溶け込み、貴族たちと言葉を交わしている。
「やっぱ別世界だな」
カイが小さく息を吐いた。俺もこいつも、デルタという職業に就かなければ一生縁のなかった世界だ。
視線だけを会場に巡らせる。色とりどりのドレス、楽団の奏でる優雅な旋律、趣向を凝らした食事。どこから見ても、平和な歓迎会だ。
―――表向きは。
『こちらリヒト。送れ』
耳骨を伝って響く低い声に、俺はわずかに視線を伏せた。
「どうした」
『報告です。北側の回廊に騎士多数。警備にしては、動きが慌ただしいです』
近くにあったグラスをもち、口に運びながら小さく呟く。
「現状は様子見。何かあれば送れ」
『了解』
通信が切れる。
ちょうどその時、音楽がゆるやかに終わり、会場の中央で拍手が起きた。
ライアスがアイリーンの手を取ったまま軽く礼をする。優雅なその仕草に、貴族たちから感嘆の声が上がった。次の誘いをかわしつつ、2人がこちらへ歩いてくる。表情はいつも通りだが、目だけがわずかに真剣だった。
ライアスが目の前のテーブルに置かれた料理に手を伸ばす。隣のアイリーンに何が良いか尋ねるようなふりで、こちらに通信が入った。
『レナード。騎士たちの配置、おかしいかも』
「何がだ」
『歓迎会にしては、王に寄りすぎ。守るってより、包囲してる』
ライアスの言葉に、俺はさりげなく視線を巡らせた。
確かに、楽団の背後や柱の陰に立つ騎士の数が多い。歓迎会の警備にしては、妙に固い配置だ。
「平和じゃねぇな」
カイがぼそりと呟く。俺も、違和感がぬぐえない。
その時だった。
会場の奥、玉座の前で動きがあった。
「……国王陛下?」
誰かが小さく声を上げる。
ガルドニア王が、側近に支えられるようにして立ち上がっていた。宰相が前に出て、会場へ向けて手を上げる。
「皆様、ご歓談のところ申し訳ありません。陛下が少々お疲れのご様子ですので、ここで一度ご休憩を取らせていただきます」
ざわり、と空気が揺れた。国王の隣に座っていた我が国のデルタイト王も、一緒に退出するようで、立ち上がる。
会場全体が、王たちの退出を、礼をもって見送る。だが、貴族たちはすぐに笑顔を浮かべ、再び会話へと戻っていった。
「俺たちも動くぞ」
「了解」
あらかじめ帝国王が休むための部屋の場所は知っている。大広間を出て長い回廊へ。足音が石床に静かに響いた。
『こちらリヒト。今、帝国王が北棟に向かいました』
通信が入る。その声に、思わず俺とカイは顔を見合わせた。
「待て、休憩室のある南棟に向かったはずだが……違うのか?」
『確かに、北棟でした。騎士の数もまだ増えているので、間違いないかと』
俺は短く息を吐いた。これは、南棟に何かあるのだろうか。陛下のそばには近衛がいる。だが、脅威の芽を放置するわけにはいかない。
「リヒト、そのまま帝国王の監視を頼む。アイリーン、ライアス、何かあったらすぐに動け」
俺は一度、通信を切り替えた。
「近衛隊、聞こえるか」
『こちら帝国近衛。どうぞ』
返事はすぐに返ってきた。おそらく俺たちの意図に気づいているのだろう。
「陛下の護衛はそのまま継続。こちらは南棟を確認する」
『了解しました』
短いやり取りで通信を切る。俺はカイと共に、南棟に向かって静かに走り出した。
南棟はパーティー会場の華やかさが嘘のように静まり返り、人の気配すらなかった。空気すらも、どこか重たく感じる。
休憩室だったはずの部屋にも、誰もいなかった。
「特に異常はなしか……ん?」
壁にかけられた絵が、僅かに傾いている。貴賓室の装飾は、入念に整えられているはずだが。そう思って絵をどけようとするが、全く動かない。
「何やってんだ、隊長。……あー、よくある映画だと、こういうの紋章とか押すと動いたりするよなー」
「映画と現実を一緒にするな」
カイが冗談交じりに、壁に刻まれた紋章を指で押す。すると、カチ、と乾いた音が鳴った。
まさか、と思いつつ絵にかけた手に再び力を込める。今度は、動いた。その奥には、小さな扉。
「……動いたじゃん」
「……」
俺は一度、扉と紋章を見比べてから小さく息を吐いた。
「……お前って、時々とんでもないミラクル起こすよな」
「それ褒めてんだよな? ま、ラッキーってことで、行こうぜ」
扉をわずかに開き、奥を覗く。暗くて全く見えないが、冷たい空気が流れ出てきた。微かに、鉄のような匂いもある。
「血か?」
カイが鼻をひくつかせる。俺は頷き、両の手に炎を生み出した。
「警戒を怠るなよ」
「りょーかい」
狭い扉の向こうへ、足を踏み入れる。石の階段が、地下へと続いていた。




