3.絡む紫影
「午後からの予定が急遽変更になった。今日休みのDV-04以外の全隊で、緊急会議を1300から行う。以上だ」
訓練が終わり昼食休憩の時間。デルタ及び兵団のトップである総司令から呼び出されたと、少し席を離していた隊長の顔は厳しいものだった。何か良くないことが起きている。聞かなくても分かる。
しかし、現状は私達の想像をはるかに超えたものだった。
「総司令。こんな時に言うのもなんですが、ドッキリとかコラ写真……じゃありませんよね?」
「ええ。今現在の状況を映した写真です。手は一切加えておりません」
端末に表示されているのは、帝国南端にある森林の、空中写真。
森の一部が、まるで何かに食い荒らされたかのようにぽっかりと円状に開かれ、辺りの草木が茶色く枯れはてている。その数日前に撮影されたという写真では、そのような場所は全くない。
「資料からも分かるように、たった数日でこのような現象が起きたようです。さらに、次の資料をご覧ください」
その資料を目にした途端、誰もがハッと息をのんだ。
円の中央を拡大した写真。そこには、上空から見ても分かる巨大な水晶が円を描く様に立ち並んでいる。そして―――
「これは……樹、ですか?」
ええ、と返す総司令だが、写真に写っている樹は普通の樹と明らかに違う。
「紫水晶でできた、樹のようです。この円形に並ぶ水晶の、中央にて発見されました。……一体誰が、何の目的でつくり、ここに設置したのかは未だわかっておりません」
ドローンで撮影された写真。透き通るその枝葉を美しい、と思うのに、理由のない寒気が背中を走った。
「本日、すでに兵団の1部隊を送り出し、遠隔操作によるサンプルの回収や周囲の状況を確認してもらっています。また、森林は帝国王の名のもとに封鎖を執行しております」
これまでにない、未知の出来事。誰もが緊張の面持ちで総司令の言葉に耳を傾ける。
「調査の進行具合にもよりますが、安全が確認され次第、現地に研究所の職員を派遣して調査する予定です。皆さんには、その際の護衛と調査のサポートをしてもらいます」
各隊、スケジュールの調整を行うように。という総司令の指示と共に、緊急会議は幕を閉じたのだった。
* * *
「調査にご協力いただきありがとうございます。改めて、調査チームの代表を務めさせていただきます、
国立科学研究所の―――」
あの会議から一週間。遠隔によるサンプル回収だけでなく、円形に並ぶ巨大水晶の内側への立ち入りや空気・地質などの調査が一通り完了し、安全が確認された。
本日は、帝国各地から集められた研究員による現地調査。私達VD-01とVD-02は問題の中心部。あの紫水晶の樹の調査に同行する。
荷物の確認、安全事項の確認……
皆でチェックを終えた後、さっそく森の中へとVANTで向かっていく。念のため、円形の巨大水晶からは歩く予定だ。樹に向かって足を進める。
巨大水晶には既に上るためのはしごが掛けられ、順番に上っていく。
やがて円の中央。
そこには、写真で見たよりも緻密な木目を刻む、一本の薔薇の樹がそびえたっていた。
蔦も葉も花も、全てが結晶でできた薔薇。
幻想的な光景に思わず感嘆のため息がもれる。
「まるで芸術品ですね。この樹は生きているのでしょうか」
「この折れた枝の断面を見てみろ。茎の内部まで結晶化している。無機物だ。生きてはいない」
「樹が結晶に浸食された? もしくは本来このような形の結晶であるか……いや、こんなに精密に作ることは不可能では?」
研究員たちが交わし合う議論に耳を傾けつつ、周囲に目を走らせる。そのとき、薔薇の樹の幹を不思議そうに見つめる研究員に気づいた。
「何かあったのですか」
「あ、はい。あそこ、なんだか光ってますよね」
指を指されたその先。樹の中央に位置する幹の部分は、言われてみれば確かに、ぼんやりと光っているように見えた。
「ちょっとあの部分、採取してきます」
そう言って研究員が樹の下に入り込み、幹に手を触れた。
木漏れ日が射し込み地面に紫色の影が浮かび上がる。
それが、ゆらりと揺れた。
「避けてっ!」
視界に広がる、紫。
研究員を樹の外に押しのけた私の体を、何かが貫いた。
「っ痛ぁ……フォルテさん?! う、うわああぁぁぁ!」
きつく握りしめた左手の手袋があっという間に真っ赤に染まっていく。しかし、左手で留められなかった結晶薔薇の蔦は、私の左脇腹に深々と刺さっていた。
「っ総員退避!! 早く皆さんを安全な所へ!」
喉奥から漏れそうな叫びの代わりに護衛部隊への指示を叫ぶ。突然の事態に止まっていた時が一気に動き出し、周囲は騒然となった。
それに呼応するように、薔薇の葉の隙間から蔦が生き物のようにうねり出てくる。
「研究員を最優先で退避! 急いで!」
「しかしフォルテ副隊長はっ」
「私は足止めします! その間に! 早くっ!」
仲間が研究員を庇いながら散り散りに逃げていく。
―――任務は完遂する。そのためにも、ここで倒れるわけにはいかない
素早くガンホルダーから拳銃を抜き出した私はその銃口を目前の蔦へピタリとつけた。迷うことなく引き金を引くと蔦が粉々に砕け散る。同時に射撃の振動が蔦を通して腹に響き、肉をえぐるような痛みが脳髄まで伝わった。
崩れ落ちそうになる足を踏ん張り隊長たちの元へ走り出そうとした時だった。
足元に紫色の影が格子上に現れる。音もなく現れた無数の蔦は私の行く手を阻むように地面に突き刺さる。それに追い打ちをかけるように私の身体はあっという間に絡めとられた。
巻き付いた蔦が首や手足、胴体を締め上げ息ができない。まるで何かのイキモノのように動く蔦は、私を薔薇本体に引きずり込もうとしているようだった。
いつの間にか手から離れていた銃の事すら忘れ、私は蔦から逃れようとがむしゃらに前へ足を踏み出そうともがき続ける。
「離、れ…………うあ゛あっ」
思考回路が鈍り混乱しきっていたが、不意に訪れた強烈な違和感と激痛に思わず声が漏れる。
脇腹に刺さったままの蔦。それが私の体の中でうねるようだった。
制服にはじわりと紅い染みが広がっていく。
ぐらぐら揺れる視界の中、不意に力強く腕を握られたことで、私の焦点が一気に戻って来た。
「しっかりしろ! ここから離れるぞ!」
目を上げると、腕や顔に細かい傷をつけた隊長が、立っていた。私の身体中にまとわりついていた蔦を叩き割り、力強く引っ張り上げてそのまま薔薇の樹から離れていく。力の抜けた足を動かしつつ私はがむしゃらに隊長の引っ張る方へと向かっていった。
薔薇の蔦は私達を逃がすまいと迫っていたが、十数メートル離れたところで、ようやく動きを止めた。私達の見つめる先で蔦は根元の樹へと戻っていく。
「……ここまでは来ないらしい。フォルテ、怪我の具合は」
「左脇腹に、刺傷。後は、左手に裂傷、です」
あの蔦の範囲外に来たという安堵が広がった途端、今まで忘れていた痛みが脇腹から発せられる。
隊長の肩を借りつつゆっくり腰を下ろした私は震える手で腰のポーチから応急キットを取り出した。未だ刺さったままの蔦が抜けないよう止血するが、少し触れただけで電流のような痛みが走り力が入らない。
「俺がやる。貸せ」
隊長の手に包帯が奪われる。
蔦が抜けないように止血しながら固定してもらいつつ、周囲をぼんやりと見渡す。数歩離れた場所では、研究員たちが不安と恐怖に包まれた顔でこちらを遠巻きに見ていた。
「皆さん、お怪我は」
「な、ないです。それよりフォルテ殿の方が」
「見た目ほどではありません。すぐ病院へ向かいますので。安心してください」
青白い顔で言っても信用できないだろうと思いつつ無理やり笑顔を作る。近くにいたカイに視線を送ると心得たという様に頷いて彼らを帰路に向かわせてくれた。
「もう周囲の目はない。楽にしてろ」
彼らの後ろ姿が巨大水晶の向こう側に消えたところで、隊長から声がかかる。
その言葉に素直に甘え、私は導かれるまま隊長にくたりと寄り掛かった。
身体中で鼓動が鳴り響き冷や汗が止まらない。
視界の端がじわりと暗く滲む。
「間もなくリヒト達が迎えに来る。もう少しの辛抱だ」
頷こうとしたが、首が思うように動かなかった。
瞼が重い。呼吸が浅い。
焼けつくような熱さの中、頬に感じる隊長の体温だけがはっきりとしていた。
何かを言われた気がした。
けれど―――
その声は、もう聞こえなかった。




