19.重なる鼓動
地図上の一点が、赤く瞬いている。
フォルテ、と登録された信号は―――俺の足元で途切れていた。
石畳の路地裏。
人気はない。ただ風が吹き抜けるだけ。
「……ここだと?」
何度見ても、無機質に示される最終地点。身を隠せる場所はない。倒れた痕跡、血の一滴すら残っていない。
「チップを抜かれたのか。2つとも……」
地面に目を凝らせば、石の隙間に金属の欠片が散らばっている。間違いなく、これがフォルテの体内にあったはずのものだ。
ピリリリ、と通信が入る。望み薄だと分かっていた古城は、やはりもぬけの殻だった。資料や、生活用品すらも一切残っていない。
相手の方が上手。ようやく手を伸ばせたはずだった。
それなのに。
「フォルテ……っ」
暗闇の中で見せた安堵の表情が、頭を離れない。
無意識に拳が石壁へ叩きつけられる。
血が滲む。だが痛みは、何も誤魔化してはくれなかった。
風が吹き、紙屑が舞う。
信号は、もう二度と点滅しなかった。
* * *
ここに連れてこられて、幾数日。私は見覚えのあるものに対峙していた。
光を内側から滲ませるような紫色の結晶。絡み合う蔦。透き通る大輪の花。
―――魔晶石でできた、薔薇の樹。
忘れるはずがない。
あの日私を襲ったものが、部屋の中央に植えられていた。
「帝国の監視下に置かれた時は参ったよ」
背後でウノが軽く笑う。
「まあ、魔晶石騒動の隙に持ってこれたけどね。ほんと、滑稽だったよ」
―――騒動?
脳裏に、ばらまかれた魔晶石が浮かぶ。未だ犯人も、目的も分かっていなかった事件。兵団だけでなく、私達も混乱の中に巻き込まれた元凶。
「……あなたたちの仕業だったの?」
「まあね。気付いてなかっただろう? 別に魔晶石はどうでも良かったんだけど、薔薇の警備が厳重過ぎたからね。良い囮だったよ」
背筋が冷える。そこまでして、盗まれた樹。
私には分からない何かが、この樹にはあるのだろう。
「さ、進んで」
背後から気配が近づく。逃げ場はない。
私は足を前に踏み出した。一歩、また一歩。
そしてついに、目の前にまで来てしまった。あの日と同じように、幹の中央はぼんやりと光っている。まるで私を誘い込むよう。
「触って」
ウノの声が落ちる。
これに触れたら、おそらく前のように……そう思うと、手が動かない。
「はぁ……早くして? それとも人質がいないとダメ? 家族の元に爆弾でも送ろうか。特大のやつ」
黒服たちを襲撃させてもいいね。ウノの声にだんだん現実の色が乗り始める。
―――触れたくない。でも、家族を傷つけるのはもっと嫌……
記憶の中の家族が、私を呼ぶ。いつもの笑顔。
震える指先が、幹に近づく。
―――守れるならば
冷たい感触が、伝わる。
どくん
薔薇と、私の心臓が大きく脈打つ。次の瞬間、何かが流れ込んできた。
「っ?!」
冷たい。いや、熱い。
違う。
重い。
大量の魔力が、体の奥へと押し込まれてくる。
重力に押しつぶされるような感覚に、私の身体がずるずると樹の根元へ崩れ落ちていく。
それを支えるように蔦が腕を取り、背を支え、まるで壊れ物でも扱うように絡みついてくる。振り払おうとしても、締め付けは強まるばかり。肌に刺がゆっくりと食い込んでくる。
「やめ……っ」
身体の中で魔力の流れが渦を巻く。膨大な魔力に翻弄されている間に、私は枝分かれした幹の上に持ち上げられていた。
周囲が蔦で覆われていく。
「リーダーのために、そして我が祖国のために」
ウノの声が響く。
「せいぜい役立ってくれよ?」
限られた視界の中で、口角が上がるのを見た。
扉がゆっくりと閉められていく。光が遮断される。
そして、紫だけが私を包み込む。
ひとり。蔦が動く音が止まる。
どくん、と樹全体が鼓動を鳴らした。
もう、どちらの鼓動か分からなかった。




