18.理想の器
「クアトロ」
「はぁい。じゃあ、さっさとやるわよ」
黒服の男たちに両腕を抑えられ、地面に膝をつく。その前に、クアトロと呼ばれるドレス姿の女性が歩み寄ってくる。
クアトロは私の手を取ると、持っていたメスの刃を躊躇なく刺し込む。痛みを耐える間に小さなチップが取り出され、縫合された。溜めていた息を吐くのもつかの間、「今度はこっち」と首の後ろにもメスが刺し込まれる。
「っ……何故」
「あんたが2つもマイクロチップ埋め込んでるのを知ってるか、でしょ? 答えは簡単。おんなじことしてる王族に聞いたから」
予備のマイクロチップの存在を知られていた。その事実に動揺が隠せない。国の機密情報を漏らすなんて。しかも王族が……?
「終わったわよ。後はこれ持ってぐるぐる回っとけばいいんでしょ」
「うん。好きなとこでのんびりしてて。デルタの奴らに捕まらないでね」
「分かってるわよそんなこと。じゃあねぇ」
クアトロはチップを手の中で弄ばせながら、扉から出ていった。付き添うようにして出ていく黒服たち。
ズキズキと痛む傷を抑えながら立ち上がる。同時に、小柄な男性が扉をノックして部屋に入ってきた。
「ウノ、こっちの準備できたよ。……コレが例の女?」
近くに来た男性がまじまじと私を観察していく。思わず一歩後ろに後ずさる。とん、と何かが背中に当たった。いつの間にいたのか。私を連れてきた男―――ウノが、後ろから抱きしめるように手を回す。
「ああ。デルタの女だから諦めていたが……本当にオレらは運が良い」
まるで宝物を愛でるように、肌の上を手が滑る。身体が硬直して、呼吸が浅くなる。
そんな私の反応をあざ笑うように、ウノは首に指をなぞらせる。ひゅ、と息が漏れた。震える指先をきゅ、と強く握りしめる。
「安心しなよ。君は壊さない。価値があるからね」
「セイス、後はよろしく」。ウノがそういうと、目隠しをされ、セイスという男性に腕を引かれた。ひたすら歩かされ、何かに入れられる。手で触ってみても、四方八方壁。やがて、少し浮遊感があったかと思うと、地面を走る振動が全身に伝わってきた。私の知らないどこかへ―――
やっと目隠しを外された先は、見覚えのない無機質な施設だった。
この先、何が待っているのか。
今の私には、恐怖しかなかった。
「もう一度だ。今度は三属性同時に」
荒く息を吐きながら、私は膝をつく。視界が揺れ、前に伸ばした指先が痺れる。それでも、出さなければ、死ぬ。
眼前に、光球を展開する。ひとつ、ふたつ、みっつ……
休む間もなく放たれる魔法が、次々に吸い込まれていく。
「……まだ吸うのか」
黒服の一人が呆然と呟く。その奥。ウノが、興奮を隠しきれない様子でこちらを見ていた。
「素晴らしい! 魔力量の上限が測定不能だ!」
笑う。あの、心底楽しそうな笑みで。
「ああ、本当に最高の逸材だ! 壊れない! 理想の器だ!」
壊れない、という言葉に、背筋が冷えた。
身体は震えているのに。呼吸は乱れているのに。
視界が揺れ、床が遠くなる。
それでも。
次に放たれた雷撃は、迷いなく私の中へと吸い込まれた。
毎日、実験と称した黒服の男達との模擬戦は続く。
どの属性を吸収できるか。どれだけの量か。吸収時に発生する光球の数は……
データを集めるごとに、彼らの機嫌が良くなっていく。それが、とても恐ろしい。
「あとどれくらいのデータが必要ですの?」
「そうだなぁ。許容量は十分だし、属性もクリア。一通り必要なものは終わったかな」
「ではいよいよですのね」
「うん。リーダーからGOサインが出ればね。まあ、すぐに出るだろうけど」
私を置き去りにしてどんどん会話が進んでいく。一体何のために、何の目的でと質問しても、返ってきたことは一度もない。
リーダーに聞いてみるね、とウノが耳元の端末をいじりだす。ぴた、と一瞬動きを止めたかと思うと、
「へえ」と声を零した。
「君、公爵家の人間だったんだ。大規模な捜索が始まってるってさ」
端末の画面を可視化し、壁に投影される。映されたニュースの記事には、きつく唇を噛む父と、涙を零す母の写真が載せられていた。
「お父様……お母様…………」
胸が締め付けられて、苦しい。
会いたい。聞こえないと分かっていても、ここにいると叫びたい気持ちでいっぱいになる。
しかし無情にも、すぐに写真は消されて白い壁だけが残った。
声を上げても、届かない。泣いても、意味がない。
世界から音が消えたような感覚に、膝をついたまま動けなくなった。
ここだ、と連れてこられたのは重厚で豪奢な扉の前だった。装飾の細工が不吉な気配を漂わせている。思わず足が止まった。
ウノの傍に控えていた男たちが扉を開けると中から紫色の光が漏れ出てくる。眩しい光に瞑った目を開けた時、中央に鎮座するそれから目が離せなくなった。
「……何故アレがこんな所に」
あの日と同じ、紫の光。消えたはずの傷跡が、疼く。
「いいから歩け。話はその後だ」
銃口を向けられ中に入るようただされる。
一歩踏み出した足は、疑問と恐怖で、全く感覚が無かった。




