17.残る者、行く者
「2人とも防弾チョッキは着たわね。良い? しっかり前を見て、デルタのお兄ちゃんお姉ちゃんについていくこと。何があっても足を止めちゃ駄目よ」
約束できる? と聞くとヨアンとリーナは小声で、しかし、力強く返事を返した。
眠ったままの幼い3人は私たちが抱え、年長の2人には自力で走ってもらう。朝早く、まだ眠いはずなのに、状況を理解してくれるその頼もしさに胸が熱くなる。
隊長やリヒトに必死に付いていく子供たちの後ろ姿を追いながら、周囲に神経を張り巡らせる。皆が侵入に使った経路を、足音を最小限に抑えて走り抜ける。
やがて、建物の外に出た。眼前には、崖と一本の橋。
「ここは走るしかない。行くぞ」
後ろを気にせず、駆ける。目線の先では、タイミングよく飛び込んできたVANTが着陸した。ドアを開けたライアスが私達の後方を警戒する。
残り60m……55……50―――。そのとき、前を走るヨアンの後ろ姿が揺れた。
バランスを取ることなくもつれ込む。空中に舞う、赤。それが血だと理解するのに時間はかからなかった。
「ヨアン!」
ズボンに空いた小さな穴を中心に、じわりと染みが広がっていく。
「リヒト!」
「っはい!」
痛みに呻くヨアンを、リヒトがすくい上げて腕に抱える。腕の中にいたディーレインも周囲の剣幕に飛び起きたようで、呼吸を忘れて目を見開いている。
「大丈夫、皆でここから逃げましょうね」
背中をトントンと叩きながら、足に再度力を込めたときだった。
カランカランッ
空き缶が転がるような、軽い音。
背筋に冷たい何かが走り抜け、私は咄嗟に腕の中を庇うようにしゃがんだ。
轟音を立て、地面が揺れる。砂埃が視界を奪い、背中に熱風と無数の石の破片が当たった。
「ルナ姉ちゃ、ん……」
恐怖に震えるディーレインに、大丈夫と声をかける。
後ろを振り向くと、10m先の橋の手すりが爆発で崩れ落ちていた。
その奥、影が近づいてくる。
「隊長」
「ああ。先に行ってる。リヒト、援護だ」
隊長に腕の中のディーレインを預け、子どもたちを促す。足音が遠ざかるのを聞きながら、私は隊長から渡された銃を人影に向けて構えた。
「余計なことをしてくれたものだよ全く。でもまあ、面白い展開にはなったかな」
硬質な革靴の音が規則正しく鳴り響く。現れたのはグレーのスーツを着た、一見好青年ともいえる男。人受けの良さそうな笑みを口元に浮かべつつも、その瞳はどろりと濁っていた。
「君が例の…………ねぇ、取引をしようじゃないか。君が残るなら、あとは殺さないであげるよ」
まるで今日の天気の話でもしているかのような口調。でもその内容は物騒以外の何物でもない。
銃を持つ手に力が入る。照準を合わせ、ゆっくりと安全装置を外した。
お互いに見合ったまま、動けない。
「……オレも暇じゃないんだけどなあ。しょうがない。やっちゃって」
相手が手をあげた途端、うめき声が上がる。見ると、銃を取り落としたリヒトが肩を抑え、血が滲んでいた。
「ほら、早く決めないから。君が残れば見逃すって言ってるのに。……でも逃げるなら、容赦はしない」
一段低く告げられた最後の言葉は彼が本気だと示していた。
相手を刺激するのはまずい。私はリヒトに下がるよう促した。
少しずつ距離があいていく中で、私は必死に頭を回転させる。
―――見たところ無防備。だけど、銃を持った仲間がどこかにいる。隙を見つけないと。
はぁ、という男の大げさなため息に、私の意識は現実に引き戻された。一挙一動を見逃すまいとする私の前で、内ポケットからペンを取り出し、キャップを外す。本来ペン先が収まっているはずのそこにあったのは、赤いボタン。
「これ、爆破スイッチ。よくできてるでしょ? これを押せば、どうなると思う?」
―――押されたら、間違いなく皆が爆発に巻き込まれる。
「やめてっ!」と咄嗟に声を挙げた。心臓の音がうるさい。
男の声が響く。
「さぁ、どうするんだ?」
「……ここに残るわ。だから子供たちと、仲間は見逃して」
促されるまま、銃を男に投げ渡す。すぐさま蹴飛ばされ、橋の下へと落ちていった。
「フォルテ!」
遠くから聞こえる隊長や子供たちの声に、無事保護できたのだと察する。密かに安堵の息をつく私の目の前で、男はこちらへ近づいてきた。
「子供たちとお仲間さんは橋の向こう側に着いたみたいだね。君の犠牲の賜物だ。良かったね」
伸ばされた手が頬を撫で、今までにないほどの鳥肌が立つ。払いのけそうになるのを我慢しながら相手の出方を見る。話が耳に入ってこない。
「…………チッ。なぁ、オレの話、聞いてる?」
笑みを浮かべたままペラペラと話し続けていた男から漏れた舌打ち。一転して低く荒々しい口調に変わった彼は、何の前兆もなくペンのボタンを強く押し込んだ。
先程の比でない熱風が背中に襲い掛かる。ざぁっと血の気が引いた。恐々とぎこちない動きで後ろを振り返る。
橋が崩れ落ち、その先は土煙で見えない。向こう側の、仲間たちの声も聞こえない。
「さぁ、せいぜい楽しもうじゃないか」
無事を確かめたい。でも男は構うことなく私の肩を痛いと感じるほど抱いて歩き出した。
―――隊長……皆。お願い、無事でいて。
不安と恐怖が喉を締め付ける。
せめて一目だけでも。そんな思いも空しく重厚な扉が外の景色を隠していった。




