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16.夜明け前

 キッチンで簡単な食事を作り、夕食がひと段落した後、改めて部屋の中を見回す。


 部屋の隅には小さな布団や毛布が団子状に、ひとまとめになって置かれていた。横を見れば、お腹が満たされてあくびを零す子どもたち。大きく開かれてなお小さな口が、微笑ましく感じる。


「そろそろ寝ましょうか。みんなも手伝ってくれる?」


 毛布を整えながら声をかけると、幼い子供たちが率先して駆けてきた。


「あのね。ぼくね、お布団きれいにするの、得意なの!」


 すごいでしょ? と最年少のディーレイン―――ディーは、首を傾げつつ期待の目を向ける。その横で、無言で、しかし争うように一つ上のロウが布団のしわを伸ばしていく。

 隅の方で立っているエリサは、こちらを手伝おうとして、でも男の子たちの元気よさに負けて少し涙目。こちらに手招きすると、少しだけ嬉しそうにして寄ってきた。


「ねえ、ルナお姉ちゃん。これでいい?」


 ぎこちない手つきで手伝ってくれていたエリサが、小さく不安そうに訊く。


「ええ、すごく上手ね。ありがとう」


 子どもたちは口元を緩め、もにょもにょとこそばゆそうに口を動かした。おそらく、褒められ慣れていないのだろう。少しずつ表情に安堵も見え始めている。



 布団を整えながら、私はふと思い出したように尋ねた。


「そういえば、毎日朝から夕方まで、どこに行くの?」


「うーんとね、くんれんじょう? ってとこ」


「……そこで、何をしているの?」


「魔法の練習よ。毎日同じことの繰り返し」


 横から飛んできたリーナの声に、顔を上げる。腕くみをしてこちらを遠巻きに見ていた彼女は、ため息を吐くと、肩を落として言った。


「ここに集められたのは、魔力量が多いからって。コントロールを練習しないといけないんだって」


 でも、と彼女は続ける。


「魔法を当てるときに、頭を狙えとか、死ぬ気でしないとこっちがやられるぞとか。怒られてばっかり」


 胸の奥がひどく痛む。そんな、まるで兵士のような―――否、兵士にするためにここに集められたのだろう。

 幼い身体にどれだけの重圧をかけているのか。私はそっと手を伸ばし、肩に触れる。


「頑張らなくてもいい……と言いたいけれど、私はみんなが練習をするときはついていけないの。でも、この部屋にいるときは、安心してほしいと思っているわ。失敗しても、怒らないから」


 子どもたちは互いに視線を交わした。もう、その瞳に怯えの色はない。




 やがて全員が整列した布団に身を横たえ、私もその輪の中に入る。小さな肩や手に触れながら、自然と体が寄り添う。寒さと不安が少しだけ和らぎ、部屋の空気に静かな温もりが漂った。


「ルナ、お姉ちゃん……本当に、オレたちのこと、守ってくれる?」


 幼い子たちからすやすやと寝息が聞こえ始めた頃、小さな声でぽつりと呟かれる。こちらを見つめるヨアンの目は、暗闇の中でもはっきりとこちらを見ていた。


「もちろんよ」


 私は微笑み、そっと頷いた。

 しばらく、何も返事はなかった。ヨアンの顔も反対側を向いてしまって見えない。


 私も寝ましょう。そうして瞼を閉じたときだった。


「……おやすみ」


 口元が思わず緩んだ。


「ええ。おやすみなさい」




 部屋の隅。小さな団子状の塊の中で、彼らは久方ぶりに穏やかな眠りについた。










 私のルーティーンは固定されつつあった。

 朝、皆が起きる前に自分の準備を整え、朝食づくりに取り掛かる。早起きの子たちはこの辺りで目が覚め、私の手伝いをしてくれた。

 朝食を食べたら皆は魔法の練習に連れ出されていく。待っている間、私は部屋の掃除。それから最近は縫物をしていることが多い。針と糸をもらえたのは本当に良かった。

 皆が帰ってきたら夕食を食べ、身体を拭いて、就寝。


 この合間に、窓やドアの外のようすを窺ったり、子どもたちから情報聞き出したり。少しでも脱出の足掛かりを追っていく。


 そうして、待ち望んでいたタイミングはやってきた。










 深夜。子供たちが静かに寝息を立てる中でぱちりと目が開く。

 小さな金属音。次いで、足音。カーペットに吸収されて聞こえづらいが、確かに誰か居る。


 いざという時のシミュレーションを頭の中で組み立てつつ私はドアの横に枕を構えて立った。

 時間が間延びしたように長く感じる。やがて、部屋のドアが素早く、しかし静かに開かれた。隙間から銃口が差し込まれる。


 その瞬間、私は銃を弾くように枕で押さえつけた。




 硬い感触、引き金にかかった指。そして―――交差した視線。


 紅い瞳。




 その瞳が、僅かに見開かれる。見慣れた、その色。身体が硬直から抜けない。呼吸の音だけが、やけに大きく響いた。


「……フォルテ」


 低く、押し殺した声。

 その声を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。


「たい、ちょう」


 呼んだはずの声は、掠れて音にならなかった。

 お互いに構えを解く。張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


 ふ、と隊長が息を吐き、目を閉じる。次に開かれたその目は、デルタの隊長としての鋭さをもっていた。


「状況は」


 淡々とした声。背筋がピンと伸びて、私の思考もクリアになっていく。


「子供が攫われた現場に遭遇し、ここに連れてこられました。今は5人の子供たちと一緒に監禁されています」


 隊長の後ろに視線を向ければ、目を見開き今にも飛び掛かってきそうなアイリーン。そして、ライアス、カイ、リヒト。皆が表情で安堵を伝えてくれた。


 場所を変え、カーテンを全て閉め切りランプ一つのみ灯す。声を潜めたまま、私はここまでの経緯を告げる。


「そうか。とにかく皆無事で何よりだ。よくやったフォルテ」


 久しぶりの隊長の誉め言葉に胸が熱くなる。




 何故ここにVD-01(デルタ・ワン)の皆がいるのか。それは私が付けていたピアスのおかげだ。

 特殊なアクセサリーで、壊れた時に持ち主の体内マイクロチップが作動しエスティアの情報管理局に居場所が随時送られる。

 もちろん民間人の使っているマイクロチップにはプライバシーの観点から、そんな機能は無い。これを使っているのは王族などの重要人物か我々デルタ隊員くらい。それが今回役に立った。


「脱出は出来るだけ早い方が良い。フォルテ、敵の監視が一番薄くなるのはいつだ」


 隊長の言葉に、私はこれまで集めた情報を頭の中でつなぎ合わせた。


「そうですね……早朝か夕暮れ時でしょうか。朝食、夕食時に監視員はいません。それに、外を歩いている姿もほとんど見ません」


「だとしたら夕暮れか? 油断が生まれやすい時間だし、いいんじゃねぇ?」


「いいえ。その時間は子供たちが疲れ切っていることが多いので思わぬミスが出る可能性が高いです」


 ただでさえ、5人の子どもを逃がすのは難易度が高い。けれど、失敗すればあの子たちの苦行が続いてしまう。


「なら早朝一択じゃない! 後数時間しかないけど」


 既に時計の短針は2を指しており、アイリーンの言うように日が昇るまで時間がなかった。


「……では、0500(5時)に開始する。カイ、リヒト。VANTの用意。フォルテ、子どもの準備を頼む。脱出経路を確認するぞ」


 隊長の一声で、私たちは一斉に動き出した。

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