14.消えた休日
「ふふふっ。月に一度のスペシャルケーキ。並んでも買えるかどうかってくらい人気なのに、本当に運が良かったわ。ソルティアと食べるのが楽しみね」
腕の中にある白い箱を揺らさないよう、跳ねる気持ちを抑えて歩いていく。
今日は久々の休日。最近はようやく落ち着いてきたし……ということで、ソルティアにお茶の誘いをしたところ、快諾だった。
「幼馴染で同じ職場なのに、全然会えないなんて。総司令業も忙しいのでしょうけれど」
せっかくだからと、私たち2人がお気に入りの店を選んだ。頭の中は既にケーキでいっぱい。
「ソルティアのことだから、美味しい紅茶も用意してくれているわよね。一緒に食べたらもっと美味しいわ。……いえ、やっぱり初めは単体で味わうべき? どっちも捨てがたい……」
幸せな予定をつらつらと組み立てている時だった。
ドンッと横から重い衝撃が走り大きくよろめく。何が、と思う間もなくぶつかってきた男性は謝りながら私のそばを駆け抜けていった。
後ろを振り返りつつ去っていくその様子に違和感を覚える。まるで何かに怯えているような、焦っているような。
男性が飛び出てきた路地を覗く。奥の方は暗く、何もない。しかし、僅かにピリピリとした緊張感があった。
何事もなければそれでいいわ。そう自分に言い聞かせて、私はデルタとしての意識にスイッチを切り替えた。
パイプの影に隠れて息を潜める。視線の先には、大柄の男二人組と、小さな女の子がいた。女の子は男たちの足元に倒れ、ピクリとも動かない。
状況は分からないが、何かしらの事件性はありそう。そう思って、TACSを装着し、録画を開始する。
耳を傾けると、かすかに男たちの会話が聞き取れた。
―――ガキ、魔力、迎え、アジト、静かに
おそらく、黒。兵団にメッセージで応援を頼み、目線を彼らに戻したときだった。
にゃーん
細く高い泣き声が足元でなった。
餌をもらえると思ったのか、野良猫がすりすりと頭を擦り付けてくる。
「誰だ!!」
振り向くと同時にかざされた手から、稲妻が走り出る。辛うじて直撃は避けたものの、手の中の箱に当たった。
一瞬宙に浮き、ぐしゃりと地面に落ちる。
視界の端で、白が鮮明に映る。
嫌味の1つでも言いたいが、間髪入れずに迫る魔法が優先。念のためと鞄に入れていた小型警棒を取り出す。それを伸ばしながら、私は体勢を低くして男たちの間合いへと躍り出た。
ガッ
勢いよく手首に警棒を打ち付ける。しかし、相手に痛がるような反応は無く、警棒と腕が打ち合わさったまま、じりじりと力で押し返される。
―――お、重いっ!
警棒を持つ両手が震える。辛うじて警棒の角度を変えて力を受け流すと今度は下から殴りかかってきた。
バックステップでかわし、合間合間に飛んでくる雷魔法を吸収していく。防御一択のこのままでは、体力が持たない。まずい流れだとは分かっていたが、どうすることもできなかった。
そんな流れを変えたのは、遠くから聞こえてきたサイレン音だった。おそらく、先程頼んだ応援。訓練を積んでいる兵団員がいれば、十分抑え込める。
チッと舌打ちをした相手は賭けに出たらしい。
次の瞬間、空気が弾けた。
一人が雷を放つと同時に、もう一人が地面を強く踏み鳴らす。石畳が砕け、破片が弾丸のように跳ね上がった。
「くっ……!」
吸収しきれない。
雷を受け止めながら飛来する破片を避ける。防御に集中すれば足元が疎かになる。
―――連携してる。このまま囲まれたら終わる。
一瞬の隙を狙って低く滑り込み、男の膝裏を蹴り抜く。
体勢が崩れた―――はずだった。ぐらりと傾いた身体が、不自然なほど安定している。
「甘ぇな」
蹴り足を掴まれる。
振り払おうとするが、もう一人の雷が至近距離で炸裂した。
吸収はできる。しかし衝撃までは消せない。
視界が白く弾け、呼吸が乱れる。
その隙を逃さず、背後から腕がのびてきた。
「うっ……! しまっ」
首に手が回り、男の方に勢いよく引き寄せられる。
反応する間もなく首元にプシュッと何かが打たれる。冷たい液体が血管を駆けあがる感覚。
―――まずい、これは……
力が抜ける。膝から崩れ落ちる視界の端で、つぶれたケーキ箱が見えた。
男たちに連れてこられたのは、帝都郊外に点在する古城の一つだった。外壁を蔓草が覆い、室内もどこか薄暗い。隙間が多いのか、外から風が吹き込む音がやけに大きく聞こえた。
身ぐるみ全てを剥がされた私は簡素なワンピースを身に纏い、応接間のような場所に投げ出された。
「俺さんざん言ったよね? 一般人に見られるな隠密に行動しろって。なのに見られて、しかもあわや兵団員に掴まりかけるとか。ありえない。ほんと、どういう事? ……チッ、もういいや。お前達の処遇は後で決める。出ていけ」
肩を落とした男たちが出ていく。その気配が止んだと思うと、椅子に座っていた男の視線がこちらを向いた。やれやれ、と言いたげに首を振ると、懐からおもむろに銃を取り出す。
「悪く思うなよ? 俺たちの存在を知られたからには消えてもらうってのがルールでね」
そういってこちらに銃の照準を合わせたまま近づいてくる。私の前にしゃがむと、ぴたりと頭に銃口が付けられた。
「恨むんなら居合わせた自分を呪いな。じゃあ―――っと、電話か。はい、もしもし? ……ああ。その女でしたらちょうど今から殺すとこで……え? ンまあいいですけど。……はいはい仰せのままに」
通話を切ると男は私に向けていた銃を名残惜し気に懐にしまった。心臓の鼓動がまだ頭の中に響いて煩い。
男は元いた椅子に座り直すと、肘をついてため息を零した。
「命拾いしたな。副リーダーのご命令で、お前の処刑は延期だ。……ったく、何がしてぇんだかあの人」
後半は何を言っているか聞こえなかったがとにかく私は殺されずに済むらしい。一先ず去った危機に、細く息が漏れる。
―――この先、どうなるのかしら。
全く分からない。持ち物をほとんど奪われてしまった今、自力で逃げ出すのはリスクが高い。それに、私と共にここへ連れてこられてきた女の子のことも気になる。
―――とにかく、出来ることを片っ端からやっておかなくては。
未だ脱力した私の身体を担ぎ上げ、歩き出した男に揺られながら必死に情報をかき集めていく。まず最優先で行うのは―――
初めの突き当りを左。次に右、右、そして階段…………
景色のほとんど変わらない通路をマッピングしていく。正直ここまで何も特徴の無い通路は初めてでまるで迷路のようだった。
ようやく身体の自由が戻って来た頃には既に日も落ち、部屋の中は薄暗くなっていた。
何気なさを装って周囲をぐるりと確認すると部屋の隅にある監視カメラが目に入る。おそらく盗聴器の類もあるだろう。
その上で、私は大げさに隠す振りをしながら両耳のピアスを外し手元で弄った。私がデルタの人間であることを知らないのであれば、おそらく―――
扉の向こう側からバタバタと駆け込んでくる足音が聞こえてきたかと思うと、扉が大きな音をたてて開かれた。
「何をしている。手に持っているものを置いて両手を挙げろ」
わざと肩を跳ね上げ恐る恐る手を挙げていく。こめかみに当てられた冷たい銃口を感じつつ私は怯えた表情を作った。
「ピアスか? なんでこんなもの」
「元々の身なりからして、いいとこのお嬢さんじゃねえのかって話だったよな。何か仕込んであんじゃね?」
「そんなことするかぁ? まあでも、念のために壊しとくか」
銃の持ち手でピアスが叩き壊される。パキ、乾いた音がして、破片からヒビの入った極小の電子回路が覗いた。
「うわマジ仕込んであんじゃん。これ、セイスさんに報告するか?」
「……また処罰増えるのは勘弁だな。何か起こる前にちゃんと防いだからいいんじゃね」
そう言って男たちはすぐに部屋を出ていった。無意識のうちに溜め込んでいた息をそっと吐きだす。
―――上手く演技できていたかは分からないけど、これで目的は達成ね
壊れたピアスの残骸を胸に抱き、私は唇を強く結んで格子のはまった窓を見上げた。




