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13.並ぶ影

 帝都基地の夜は、昼間の祭りの喧騒が嘘のように静かだった。

 控室で簡易儀礼服を脱ぎ、いつもの隊服に袖を通す。ようやく肩の力が抜けたところで、背後から声が落ちてきた。


「良いパフォーマンスだったな」


 片方の口角をあげた隊長は、どことなく機嫌が良いようだった。


「まさか、私までステージに出ることになるとは思いませんでした」


「でも、出て良かっただろう?」


 からかうようでもあり、試すようでもある声。私は少しだけ視線を伏せる。


「それは……否定できません」


 正直に言うと、あの拍手は悪くなかった。今も胸の奥に残っている。


「ならいいじゃないか」


 短い返答。それだけのはずなのに、頬が緩む。

 歩き出した隊長の背を、自然と追いかける。廊下に並ぶ窓の外には、帝都の夜景が広がっていた。




「……震えていたな」


 不意に言われて、足が止まる。私の足音が無くなったことに気づいたのか、隊長が背中越しにこちらに目を向けた。


「気づいていたんですか」


「普段どれだけ一緒に居ると思ってるんだ。バディの異変を見逃すほど、俺は節穴じゃないぞ。……“始まりの魔女”は、重圧か?」


 さらりと言われたその言葉に、きゅ、と身が縮こまる。誰にも言っていない。けれど、確かに抱えていた想い。皆とは違う属性が、受け入れられるのか。それが怖かった。


「プレッシャーは感じています。しかし、例え吸収の魔法が世間に受け入れられなかったとしても、私はこの力を使うでしょう。……皆を守るためにも」


 もともと、魔法が発現したときから決めていたことだ。自分の信念は貫いていきたい。


 隊長は納得気な顔で頷くと、再び歩き出した。まあ、と続けられた声に耳を傾ける。


「俺はお前のことを信じている。その力で、多くの人が救われるだろう。だから、胸を張っていろ」


「……はい」



 ―――信じている。



 その言葉が、魔法よりも強く胸に残る。


 廊下を並んで歩く。肩が触れそうで触れない距離。

 それが、なんだかとてもむずがゆく感じた。

 隊長と副隊長。その距離が、少しだけ縮んだ気がした。






 * * *


 帝都中央広場は、熱気に包まれていた。

 高く掲げられた帝国旗が風を受けてはためき、その下に設えられた壇上には研究所の紋章が輝いている。空中投影装置が淡い光を放ち、広場を囲む建物の壁面にまで映像を映し出している。


「―――本日、我々は新たな段階へ進みます」


 ノルン所長の声が、拡声魔法によって広場の隅々まで届く。

 隣に立つ研究員が掲げたのは、銀色の鎖に繋がった魔晶石のネックレスだった。これまでにばらまかれてしまったものとは違い、結晶を支える金属部分が太く平たい輪のような見た目になっている。一見ただの金属に見えるそれは、内部に細かな基盤やパネルがぎっしり詰まっている。


「本制御装置は、魔力の流れを自動的に安定させます。一定量を超えた魔力を検知した場合には、より高レベルの制御を行い、魔力の流れを妨害する仕組みも備えています。これにより、魔法事故は大幅に減少するでしょう」


 ざわめきが期待の色を帯びていく。

 そんな雰囲気の中、壇上では兵団員が、実演として火球を生成していた。徐々にその規模は大きくなり、最前列の市民の腰が引け始める。しかし、途中でわずかに揺らいだかと思うと、火球は滑らかに収束した。制御機構は上手く作用したようだ。


 市民に配布されるものは、安全面を考慮して日常使用に適した魔力量に制限されているという。許可を得れば、段階的に制御を緩めることも可能らしい。


 その説明に安心感を覚えた市民は皆、前のめりになって新しいネックレスを見つめていた。


「すごい……」


「これで子どもにも安心して魔法を教えられる!」


「ようやく、か。このときを待ってた!」


 安堵と歓声が混じり合う。私はその光景を、壇上の端から見つめていた。



 胸元で揺れる自分の魔晶石が、陽光を受けてきらりと輝く。吸収という形でしか暴走を止められなかったあの日々が、ふと脳裏をよぎった。

 けれどこれからは、安心して暮らせる人が増える。それが何より嬉しかった。


 隣に立つ隊長が、低く息を吐く。


「これで、ようやく俺たちも落ち着くな」


「はい。本当に……長かったですね」


 今後は、役所を通して配布されていく予定だ。


 親が子の首にネックレスをかけ、嬉しそうに笑う。

 若い魔法使いが誇らしげに胸元を整える。


 そんな未来も、きっとすぐに訪れるのだろう。


 広場は既にお祭り騒ぎだった。空から、ひらひらと紙片が舞い落ちてくる。見上げれば、小型運送機から撒かれていた。

 最初は一枚、次に二枚。やがてそれは、白い雨のように帝都の空へ広がる。


「号外だ!」


「研究所からの公式発表だぞ!」


 帝国印刷局が緊急発行した新聞が、風に乗って広場へと降り注ぐ。子どもが歓声をあげて拾い上げ、大人たちがそれを奪い合うように手に取った。

 一面には、大きく太い文字。


【魔晶石と魔力制御装置、全国配布決定】【魔法事故発生率、減少へ向けて】【次世代エネルギー、注目集まる】


 研究所の紋章と共に、魔晶石ネックレスの精巧な図解が印刷されている。結晶の上部に取り付けられた小型装置の構造図まで丁寧に描かれていた。


「これで安心して暮らせるな」


「帝国は変わるぞ」


 期待に満ちた声が、あちこちで弾む。

 広場の上空では、祝賀の光弾が打ち上げられ、色とりどりの魔法光が花のように咲いた。歓声がさらに大きくなる。


 私は、舞い落ちてきた号外を一枚手に取った。

 ふと目をやった紙面の端に、小さくこう記されている。


 ―――“始まりの魔女”の尽力に感謝を。


 一瞬、指先が止まる。けれど、胸の奥に広がったのは、温かさだった。


「誇っていい」


 隣で落ちた声に、思わず顔を向ける。

 紅い瞳が、まっすぐこちらを見ていた。冗談めかすでもなく、逸らすでもなく。

 私は静かに頷いた。




 帝都の空は澄み渡り、群青と紙片の白が混ざり合う。

 笑い声が響く。そこにあるのは、未来への期待だった。

 世界は、確かに前へ進んでいた。

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