表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

10.炎の中で

 混乱は、日がすっかり落ち切ってから、ようやく落ち着いた。

 兵団の規制線のまわりにたむろっていた野次馬も、少しずつ帰路につき始めている。焦げた匂いと、まだ熱を帯びた空気だけが、激しさの名残だった。


「怪我人の搬送はすべて完了です。現場の復旧工事も、この後業者が来る予定になっています」


 兵団の報告に頷き、後処理を任せる。私たちのやれることもここまでだ。散り散りになっていたデルタ・ワンのメンバーに召集をかける。


 VANT(ヴァント)に向かっていると、規制線の向こうでざわめきが起こった。


「デルタだ……」 

「本物だよ」


 向けられたカメラの光へちらりと目を向けると、ひときわ強い視線があった。

 煤で汚れた頬の、小さな男の子だ。食い入るように、こちらを見ている。


 目が合うと、慌てたように背筋を伸ばし、その瞳をキラキラと輝かせた。


「かっこいい……! ぼく、デルタになりたい!」


 隣の母親が苦笑する。


「じゃあ、まずは宿題をちゃんとやらないとね」


 周囲から小さな笑いが起こる。けれど子どもの目は、冗談ではない本気の色をしていた。


 守る側に立ちたい。

 あの光の中に立ちたい。


 そんな憧れを、かつての私も持ち、そして何度も見てきた。

 仲間たちが戻ってくる。疲労はあっても、誰一人として俯いてはいない。


 ―――この場所まで、追いかけておいで


 そんな気持ちを込めて、私は男の子にひらりと手を振って返した。









 * * *


 現場の熱気とは対照的に、研究所の空気はひやりと冷えていた。


「……かなりマズイね」


  今日も今日とて魔法のデータを取り、ようやく休憩に入ったところで出た話題は、もちろん最近多発している魔法事故のことだ。

  ノルンはモニターに映る数値を睨みながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「魔法事故の規模や発生理由と、原因者の魔力量を照合してみたんだよね。……ほら、これ見て。はっきり相関が出てる」


「相関、ですか?」


「魔力量が多い者ほど、制御を失って魔法の暴走へ至る確率が高いんだよ。しかも規模も比例してる。魔力が多いほど、大規模だ」


 部屋の空気がわずかに張りつめる。 ノルンは湯気の立つ紅茶にふーっと息を吹きかけ、ちびちびと飲みながら話を続ける。


「暴走状態に入った魔法は、もはや“魔法”じゃない。制御を外れた瞬間、それはもう自然現象と一緒だよ。術者の意思は介在しない」


 研究員たちの脳裏にデルタ隊員の放つ派手な魔法が再生された。あれが、もし人の手を離れて暴れまわったとしたら……


「一度暴走すれば、本人にも止められない。魔力は使い切るまで流出し続ける」


「でも……魔力が尽きれば? エネルギー源が無くなれば、魔法も止まるはず」


 誰かの問いに、ノルンは首を横に振った。


「ダメダメ。魔法の使い過ぎでふらふらになった被験者のこと忘れたの? おそらく、魔力は血と同じだよ。極端に失えば、命に関わる」


  静まり返る室内。いつか、重大な事故が起きる。それこそ、死人が出るような―――


「今のところ分かっているのは、感情が引き金になること。恐怖、怒り、強い興奮。特に振れ幅が大きい子どもだと最悪だね」


 重苦しい空気の中で、しかしそれでもノルンは諦めていなかった。


「だからこそ、私は作ろうと思ってるんだ。魔力の制御装置を」


「……完成の目途は?」


「無いよ。理論はある。でも実用化はまだ遠い」


 それでも手伝ってくれる? そう問いかけるノルンの表情は、研究員たちを鼓舞……否、煽るような笑みだった。










 * * *


 暗いはずの空は、その一部だけ赤く染まっていた。


 夕焼けではない。

 夜の帳を押しのけるように、じわじわと広がる赤。


 その中心で、炎が柱のように立ち上がる。


「……魔力反応、急上昇!」


 観測班の声が裏返る。


「位置は……北西住宅区! 市街地中央から2キロ!」







 そのころ。


「やだ……やだぁ……っ!」


 小さな声が、炎にかき消される。その男の子の足元からは、赤い光が漏れていた。

 震える指先から火花が散る。


「ぼくも……デルタみたいに、できるもん……」


 胸の奥に残っていた高揚。興奮。憧れ。

 それが、制御を知らない魔力を強く揺さぶった。


 ぼっ、と空気が爆ぜる。炎は一瞬で膨れ上がり、周囲の空気を巻き込む。


「ひっ……ママぁ!」


 泣き声と同時に、熱風が吹き荒れた。





 VANT(ヴァント)の飛行音に紛れて、ノルンの声が低く唸る。


『今データを確認したよ。表示される数値は、年齢推定の演算結果と一致。子どもの魔力暴走だ』


 以前聞かされていた最悪の予想が、早くも現実になってしまった。


『止める方法は、今のところない。可能性があるとすれば、子どもの感情をおさえることくらいだよ』


「それでも、出来ることがあるならばやれるだけやります。所長、夜遅くにありがとうございました」


『いいっていいって。んじゃ、後は頼んだよ?』


 通信が切れると同時に、VANT(ヴァント)が急降下に入る。高く上がる火柱は、夜の空を大きく切り裂くようだった。


「着地と同時に防御展開! 一般人の退避を最優先!」


 機体が地面を蹴る。扉が開いた瞬間、熱気が叩きつけてきた。




 中心で、炎が渦を巻いている。その中に、小さな影。

 だが、燃え広がる火とは別に、ひときわ濃い赤が、少年を包むように脈打っていた。


 屋根を焼く炎は橙色だ。黒煙を上げ、木材を爆ぜさせる、見慣れた火。

 けれど中心のそれは違う。

 

 色が、深い。

 

 空気が震え、耳鳴りのような低い唸りが混じっている。


「延焼を抑えろ! 周囲は通常火災だ!」


 リヒトの水が屋根を叩き、蒸気が上がる。

 隊長が燃え移った火を切り裂く。


 それでも、少年の周囲の赤だけは、形を崩さない。嗚咽に呼応するように、脈打っている。


「包囲するな。子どもを刺激するだけだ。二方向からゆっくり近づくぞ!」


 隊長が踏み出したその瞬間。

 少年の顔がこちらを捉えた。瞳が恐怖に歪む。


「来ないでって言ってるのにぃっ!」


 爆ぜる。

 濃い赤が裂け、三方向へ解き放たれる。空気を震わせる炎塊が、一直線に隊員たちへ迫った。


「回避ー!」


 炎を避けて地面を転がる。しかし、次に顔を上げたときには、第2波が放たれていた。

 その炎が向かう先は―――


 咄嗟に、私は隊長に伸ばした。でも、間に合わない……!


「やめてーーー!」


 空間が、ぐにゃりと歪んだ。弧を描く様に回転し、紫の光が灯る。

 小さな、球。

 一瞬の間を置いて、炎塊が直撃する。


 しかし、爆ぜるはずの衝撃はやってこなかった。

 赤が呑み込まれる。渦を巻き、火の奔流が引き寄せられる。


 紫の光球はわずかに明滅したかと思えば、静かに空気の中へ溶けていった。


 屋根を焼く炎はそのままだ。瓦礫も、煙も、消えない。

 ただ、あの濃い赤だけが―――消えていた。


 くわん、と世界が揺れた気がして、片足が後ろにずれる。


「…………もしかして。今の、私が?」

 

 耳鳴りが、まだ消えない。


 けれど。

 少年の周囲で、濃い赤が再び揺らいだ。まだ、終わっていない。


「……吸収、できる」


 自分の両の手を見つめ、小さく呟く。震えそうになる指先に力を込め、私は前へ踏み出した。


「フォルテ、待て!」


 声を振り切って、焼け焦げた地面を越える。壁を焼く炎が頬を炙る。

 それでも、私は無事に子どもの傍に来ていた。


「迎えに来たよ」


 震える声。

 ゆっくりと、手を差し出す。


「もう、大丈夫だからね」


 少年の胸元から溢れる赤が、か弱く脈打つ。

 けれど、まだ“ある”。


 今度は、はっきりと意識して、手のひらに球体を生み出す。それを子どもの胸に触れさせた途端―――

 赤い光が糸のように解け、吸い込まれていく。少年の身体から熱が抜け、炎の唸りが、止まる。

 私は膝から崩れ落ちた子どもを抱きとめた。


「こわかったね。よく頑張ったね」


 嗚咽が、ようやく普通の泣き声に変わる。それに伴って、周囲に残っていた“濃い赤”が、完全に消えた。

 残るのは、普通の炎だけ。


「延焼処理に移れ!」


 隊長の声が響く。

 世界が、ようやく動き出す。胸の奥に、安堵とかすかな熱の残滓を覚えた。

 私は子どもをしっかりと抱え直すと、未だ燃える火の中を駆けて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ