1.薔薇の水晶
夏休み真っただ中。
その有名なテーマパークは、今日も親子連れやカップルで賑わい、笑顔が溢れているはずだった。
多くの客の姿はある。しかし、皆息を潜めるように縮こまり声一つ聞こえない。それでも、陽気なアップテンポのBGMが園内に響き渡る。
その空気の中を、全身を黒で覆いつくした者たちが、銃を手に闊歩していた。
どこからか子どもの泣く声と、宥める母親。そして静かにしろ! と男の荒げる声が聞こえる。そんな中、かすかな無線の音が割れた。
『―――各自、現状報告』
耳元に髪を掛けるふりで、通信のボタンを押す。
「フォルテ、中央エリア東潜入成功。敵6、確認」
『リヒト・アイリーン、中央エリア西潜入成功。こちらからも敵6、確認』
『ライアス・カイ、制御室突入準備完了』
同じ隊の無線が次々と入り、そしていつもの号令。
『1510、開始』
『『『「了解」』』』
先程の子どもが相も変わらず泣き続ける中、建物の傍にしゃがみ込んでいた私のすぐ横にスッと影が落ちた。
相手の姿は見なくても分かる。うつむいたまま視界の端に浮かぶ時計をじっと見据えた。
3,2,1―――
パシュッ
空気の抜けるような二つの鋭い音がシンクロする。隠し持っていた手の中の銃から飛び出した弾は、錐揉みしながら前方のテロリストに向かっていった。彼らがこちらに反応したときにはすでに弾から飛び出た電極が肌を突き刺した後。避ける間もない。
「「ぐあああああああああっ!」」
電流に身体を硬直させ倒れる二人のテロリストを素早く拘束し、近くにいた別の敵の銃口を警棒ではね上げる。同時に鋭い発砲音が鳴り響き薄っすらと煙が風に流されていった。
「後ろだ!」
隊長の鋭い掛け声と態勢を低くすると、頭上を分厚い銃身が通り抜けていった。そのまま足払いをかけると、敵を地面に縫い留めたまま手錠を嵌めていく。抵抗しようともがき続けていた敵も、周囲で仲間が次々と捕縛されていく様子にくたりと身体の力が抜けたようだった。
「中央エリア東制圧完了! 状況は?」
「敵、オールクリア。人質、怪我人なし」
エリア反対側に目を向けると、同じように敵を捕縛していた仲間と目が合う。息一つ上げず立ち上がり、こちらにハンドサインが送られたのを確認して、耳元に装着したTACS(戦術拡張戦闘システム)を2回、指先で軽く叩く。
途端に視界いっぱいに映る、テーマパークの地図と無数の青いドット。
隊員の居場所を示すドットからは吹き出し状に報告が届きAIによってまとめられていく。
どうやら他の隊も無事に敵の確保ができたらしい。ただ、制御室内の青いドットの一つが黄色のドットに変わった。誰かが軽い怪我を負ったという事。現状、重症の赤が無いことに安堵の息が漏れる。
一方、テーマパークの外を取り囲む帝国兵団は未だ警戒態勢。私達、特殊部隊が見逃した敵がいた場合を考えても、当然の措置だ。
「フォルテ、待機中の陸部と医療部を呼んでくれ」
「既に要請済みです。後2,3分で到着するとのことです」
「そうか。最後まで気を抜くなよ」
隊長や、合流した隊の仲間と報告データを見つつ周囲にも目を凝らす。エリアに集められた人々の、恐怖や不安といった感情が徐々に緩んでいくのが分かる。
やがて、プツッとBGMが切れたかと思うと、緊張した、しかし、明らかに明るい声色のアナウンスが流れた。
「来園者の皆様。当遊園地の安全は帝国兵団によって確保されました。係員や兵団からの指示があるまで、その場で座ったままお待ちください。繰り返します―――」
スピーカーを通して、遊園地全体に広まる声。その言葉の意味を理解した者から徐々に笑顔が戻り、広場はあっという間に賑やかな空間へと戻り始めた。
「後は兵団に移行する。切り上げるぞ」
「「「「「了解」」」」」
作戦終了の報告を送りながら、物陰に待機させていたVANT(隊用輸送機)に向かう。その時、周囲を見渡していた仲間の一人、アイリーンがふと足を止めてある場所をじっと見つめた。
「アイリーン、どうかしたの?」
「いや、あれ……なくなってるの。なんで?」
指を指した先。このテーマパークのシンボル像。私は小さいころに一度しか来たことが無かったから、何のことだか分からない。しかし、他の仲間はアイリーンと同じ反応を見せていた。
「あの像の手に、いつもなら水晶の玉が乗ってるのよ。中が薔薇の模様が見えるってことでパワーストーンとしても有名で。あたしも触ったことあるけど、がっしり固定されて取れるもんじゃないはず」
「そうなの? 撤去でもしたのかしら?」
「分かんない。隊長。一応、パークの人に確認お願いします。まあ、たぶん撤去しただけよね」
そう言ってアイリーンや皆は先に行ってしまった。
あったはずの水晶。そして、未だはっきりしていない、テロの目的。
どこか、胸の奥が静かにざわついた。
疑問は残るものの、既に他の仲間はVANTに乗り込もうとしている。私もあとを追って、パークから撤収した。




