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終章 光の道


 個室を支配していた重苦しい沈黙が、ふと、柔らかな気配に取って代わられた。


 貴大の意識は、既に病室の天井を抜け、もっと高い場所から自分を見下ろしているようだった。


 傍らでは、結衣が椅子に崩れるようにして座り、彼の冷たくなった手を両手で包み込んでいる。


「たかくん、ありがとうね」


 結衣の声が、震えながらも、静かな部屋に響く。


「……あのね、今日、美紀さんから手紙が届いたんだよ」


 結衣が、バッグから一通の白い封筒を取り出した。


 彼女はそれを貴大の視界に入るように掲げ、ゆっくりと言葉を繋いだ。


「拓己くんが、お花の絵を描いたんだって。貴大さんに似て、絵が上手なんだよ。いつか、お兄ちゃんに見せに行きたいって……」


 貴大の唇が、かすかに動いた気がした。


 声にはならない、ただの呼気の漏れだったが、結衣はそれを確かに受け止めたようだった。


 彼女は貴大の手を、これまでで一番強く握りしめた。


「大丈夫だよ、みんな分かってるから。お父さんも、お母さんも、拓己も……みんな待ってるから」


 結衣の涙が、貴大の甲に落ちて、小さな温かさを残した。


 それが、この世界で貴大が感じた、最後の触覚だった。


 ――不意に、病室の壁が崩れ落ち、眩い光が溢れ出した。


 そこは、あの日の「哲学の道」だった。


 しかし、枯れていた疎水には、見たこともないほど澄んだ水が満々と湛えられている。


 道の先には、父と母が、そして五年前のままの笑顔を浮かべた拓己が立っていた。


「兄ちゃん、やっと来たね」


 拓己が駆け寄ってきて、貴大の腕を掴む。


 貴大は、自分の体が驚くほど軽く、どこまでも自由であることを知る。


 人工呼吸器の音は、もう聞こえない。


 代わりに聞こえるのは、風に揺れる木の葉の音と、遠くで鳴る小さな子供の笑い声だった。


 貴大は一度だけ振り返り、遠ざかっていく病室の光景を見た。


 そこでは、結衣が泣きながら、それでいてどこか晴れやかな顔で、窓を開けていた。


 冬の冷たい空気が部屋に流れ込み、貴大の枕元にあった造花の花びらを、一枚だけ揺らした。


「行こうか」


 父が穏やかに言い、貴大の肩を抱いた。


 貴大は頷き、家族と共に、光に満ちた小道を歩き始めた。


 その足取りは確かで、もう二度と、震えることはなかった。


 足元に広がる琥珀色の光の中へ、彼は静かに、溶けていった。


(了)


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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