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序章 白い余白


 人工呼吸器が刻む「シュ、コー」という機械音は、もはや貴大の耳には届かない。


 それは音というより、彼の胸腔を一定の圧力で押し広げる、暴力的なまでの規則正しさとして、身体の奥に直接響いている。


 自分の肺でありながら、自分のものではない。


 電力と回路が司る「外部の生命」に、貴大は二十四時間、ただ宥め透かされている。


 四人部屋の病室は、昨日から一人欠けたままだ。


 深夜、静かな喧騒と共にストレッチャーが廊下を滑っていく音を、貴大は閉じたまぶたの裏で聞いていた。


 翌朝、そこには糊のきいた真っ白なシーツが、何事もなかったかのように整えられている。


 この病棟では、病状が悪化し、いよいよ「その時」が近づいた者は個室へと移されることになっている。


「静かな部屋で休みましょう、良くなればまた戻れますから」


 看護師が繰り返すその言葉は、この部屋の住人にとって、二度と戻れない場所への片道切符であることを示す隠語に過ぎない。


 空いたベッドは、次に入る誰かを待つための、冷淡な空白としてそこに口を開けていた。


 貴大は、寝たきりの視界の端で、タブレット端末を起動させる。


 YouTubeから流れる無造作な動画の音は、世界と自分を繋ぐ、細い糸のようなものだ。


 画面の中では、見知らぬ誰かが淹れたてのコーヒーにミルクを注ぎ、白と茶色が混ざり合う渦を作っている。


 その何気ない映像が、不意に貴大の心臓を素手で掴む。


 ――彼女も、そんなふうにスプーンを回していた。


 窓から差し込む午後の光を透かして、彼女の細い指先が琥珀色に輝いていたこと。


 同じ病で先に逝った弟の拓己を亡くし、自らの発症を知ったあの頃、貴大は自ら彼女の手を放した。


 愛しているという言葉を、呪いの言葉に変えたくなかった。


 ふいに、耳元で流行りのポップスが流れる。


 歌詞の意味などどうでもいい。


 ただ、その特定のコード進行が、彼女と二人で歩いた公園の、乾いた落ち葉の匂いを連れてくる。


「貴大くん、歩くの早いよ」


 そう言って笑った彼女の、潤んだ瞳。


 その瞳を二度と悲しみで曇らせたくなくて、彼は別れを選んだ。


 呼吸器に繋がれ、白い天井だけを数え続ける自分の隣に、彼女の未来を縛り付けておくことはできなかったのだ。


「……貴大さん、起きてる?」


 カーテンの隙間から、妹の結衣が顔を出す。


 彼女が持ち込むのは、外の世界の湿った冬の匂いだ。


 結婚して姓が変わり、今はもう他人の家を支えている結衣の指先には、家事と育児の微かな荒れが刻まれている。


 彼女が語る、数年前に他界した父母の命日の話や、子供の成長の記録。


 それは貴大にとっては、遠い銀河の出来事のように響く。


 結衣は、時折ふらふらと、隣の「空いたベッド」へ視線を向ける。


 その空白が、いつか兄が収まるかもしれない場所として、彼女の瞳に恐怖の影を落とすのを貴大は見逃さない。


「兄ちゃん、ここ、空いてるよ」


 夢の中で、拓己が呼んでいる。


 夢の拓己は、いつも病む前の姿で、実家の庭の鉄棒にぶら下がっている。


 貴大はゆっくりと目を閉じる。


 結衣が持ってきた造花の、枯れることのない鮮やかな色彩。


 機械が刻む無機質な拍動。


 そして、決して癒えることのない、彼女への切実な恋情。


 それらが混ざり合い、真っ白な天井に溶けていく。


 貴大は、次の夢の中で拓己に何を話すべきかを考えながら、意識を深い泥のような眠りへと沈めていった。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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