伝説の聖剣は今日も増え続ける
昼間だというのに、灰色の空が彼方まで広がっている。
髯を生やした老人と、その孫である少年が道を歩いている。
老人が空き地を見る。
そこには伝説の聖剣が何本も刺さっていた。
勇壮な柄、頑強な鍔、鋭利な刃、どれを取っても武具として一級品である。
老人はため息交じりにつぶやく。
「また増えたのう」
「うん」
孫が柄を握り抜こうとすると、老人はたしなめる。
「これこれ、抜いちゃいかんぞ」
孫はパッと手を離す。元々抜く気はなかったようだ。
空き地だけではない。
道端のあちこちに、伝説の聖剣が突き刺さっている。
そんな光景の中、老人と孫は手を繋ぎ、まっすぐ歩いて帰っていく。
***
全ての始まりはおよそ百年前――
地上に魔王が現れたことから始まった。
恐るべき魔王の侵略に、人類はなすすべもなかったが、その時一人の若者が立ち上がった。
若者はとある秘境の奥深くにあるという伝説の聖剣を探し出し、それを引き抜いた。
聖剣は剣としての性能は抜群で、若者の巧みな剣技と合わさり、彼は瞬く間に魔族を駆逐していった。
ついには魔王を討ち取り、若者は勇者と呼ばれ、伝説となる――はずだった。
ところが、これが終わりの始まりであったのだ。
程なくして、世界各地に伝説の聖剣が増え始めた。
あちこちで、場所を選ばず、まるで引き抜かれるのを待っているかのような状態で。
伝説の聖剣は誰でも引き抜くことができた。
男でも、女でも、老人でも、子供でも、剣術の素人でも、誰でも。
むろん、悪しき心の者でも――
皆が引き抜いて、手にして、その剣としての魅力に心を奪われる。
当然、振りたくなる。
当然、斬りたくなる。
伝説の聖剣による殺傷事件が多発し、盗賊団などは嬉々として聖剣を引き抜き、武装し、村や町を荒らしまわった。
聖剣の圧倒的な殺傷力の前には、並みの武具では歯が立たない。
対抗できるのは同じ聖剣しかなく、多くの人間が聖剣を引き抜き、振り回した。
そうしている間にも聖剣は際限なく増えていった。
やがて、ある研究者が聖剣の真実にたどり着いた。
「こ、これは……植物だ!」
伝説の聖剣の正体は――“植物”であった。
剣の刃に見える部分は根っこであり、柄や鍔にあたる部分は茎や葉のようなもの。
ではなぜ増えるのか。
実は根の部分に無数の小さな種が付着していたのだ。
この種は引き抜かれていない状態だと、芽吹くことはできない。
しかし、ひとたび引き抜かれ、振り回されることで、粉のような種はあちこちにばら撒かれ、その種は新たな伝説の聖剣として育つことになる。
しかもその生長速度は早く、燃やす枯らすなどの手段も一切通用しない。
引き抜けば、その剣はさらに種をばら撒くことになる。
つまり、聖剣を引き抜いた勇者は、この恐るべき植物が世界中に広まるきっかけを作ってしまったのだ。
一本しかなかった聖剣は引き抜かれ、爆発的にその数を増やし、今や地上の至るところに根を下ろした。
国はすぐさま「聖剣の引き抜きを禁止する令」を出したが、完璧な取り締まりなどできるものではない。
今も聖剣の、その剣としての性能や見栄えに魅入られた者が、懲りずに引き抜き、剣を増やす手伝いをしているというのが実情である。
いつしか勇者の伝説は歴史に埋もれ、世には混沌と殺伐が満ちるばかり。
夕焼け空の中、老人と孫が道を歩く。
あちこちに聖剣が生え、その犠牲になった人間が転がっている。
伝説の聖剣がこの大地を覆い尽くすまで、そう時間はかからないだろう。
完
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