第三話 聖女対策会議
「書記官、別室の聞き取りを命ずる。警備隊、2名出せ。」
「「承知しました」」
そのまま警備隊二人は捕虜と書記官を扉から連れ出していき、会議の扉が再び閉ざされる…
「あぁぁぁぁぁ!なんでこう、面倒事ばかりぃぃぃぃ!」
我は魔王としての外聞を投げ捨てて嘆いた。
部下が「わかる…」って顔してる…。この場に我の痴態を広めようとするものがいないのが唯一の救いだな……。
「では、気を取り直して会議を進める…」
「魔王様、気持ちはわかりますがしゃんとなさってください」
「(無言で頬を叩いて気合を入れる)会議を再開する!」
「本日の議題はこの件のリカバリーについてだ。では各人右回りで意見を述べよ!」
「始末しましょう。勇者さえ仕留めれば我らの優位は絶対的なものとなります。和平交渉はその後でもできるかと」
「いっそ利用しましょう。勇者を傀儡として密やかなる和平の実現を目指すべきかと」
「今は情報が足りません。先手を譲ってでもここは状況把握に努めるべきかと」
「聖女と勇者を交渉材料にしてかの国との和平交渉を」
「発言を見送ります」
「とりあえずこの件以外との兼ね合いを考慮するために聞き取りが終わるの待ちません?」
「ふむふむ……とりあえず少し休むか。聞き取り終わるまでお菓子でも食べよう」
「「「賛成します」」」
というわけで始まった突発的茶会。茶葉は魔王国原産の庶民からの人気が厚い『魔国茶』である。ぶっちゃけ我が国で作れる茶葉とかこれくらいなのであんまり選択肢はない。
我々がドーナツを楽しんでいると、先ほどの書記官が戻ってくる。
「魔王様、報告いたしま……す。」
「お疲れ様、とりあえず食べなよ」
「…報告終わったらまた戻るので……後で捕虜に持っていってもいいですか?」
「どったの?やけに人間に優しいじゃん」
「いやぁ…話聞いててちょっとあれだったので」
「そっか。まあいいよ。これくらいならいいでしょ原価一個50Mも無いし」
ちなみにメタルはこの世界の通貨である。大体現代の円より少しレートは低い程度。人間界でも同じものが使われているというか貨幣制度導入時に作るのめんどかったから魔王国側がそのまま使ったというか…色んな政治的思惑により貨幣だけは人たちと同じである。おかげで極少ないながら魔王国にやってくる旅人には好評だよ。10年に一人とかだけど。
単位がメタルなのは昔は金属そのものを物々交換に広く使っていたから、その代用として作られたことが理由らしい。
ちなみに我が国の食料自給率は約100%である。
我が国名産魔王小麦は、土地の栄養が不足するこの地においても全く問題なく育つ素晴らしい作物だ。味こそ一般的な小麦に劣るが、連作障害などに強いことから我が国では広く栽培されている。
何気に土地の栄養不足を大気中に無駄にある魔力粒子を吸収してごまかすとかいうストロングな生態をしている。そのため植物のくせに陽の光と土の栄養がなくとも最悪魔力さえあれば育つ。
似たような性質を持つ魔王芋も名産だ。こちらはじゃがいもに似た芋だ。この国の食事の大部分はこの小麦と芋で支えられている。
近年は農耕の革命的な進歩によりその他作物の生産量も増加しているが、まだまだこの2つにはお世話になることだろう。
話がそれた。
「さて、報告を聞こう。」
「書紀がこちらになります」
手渡された文書を魔術で複製し、会議室内の議員に配布する。なになに…?
内容は、端的にまとめると以下のようなものだった。
・今回の騒動は、アルカリナの派閥争いの結果である。
・第一王子率いる「粛清派」と第二王子率いる「穏健派」の均衡が傾いたために、第一王子側が「戦争の大義名分を得ること」と「穏健派の中心人物の一人かつ大きな発言力を持つ聖女を始末すること」を目的として行った陰謀である。
「う〜ん……」
思ってたよりだいぶこじれていた…。ヒトってめんどくさいなぁ…
「真偽の程は?」
「検知器にかけながらの質問でしたが、殆ど反応はありませんでした。八割以上真実と見て良いかと」
「…分かった。御苦労。」
「では失礼いたします。」
そう言って報告者は会議室を後にする。
「さて、皆も目を通し終わったことだろう。それでは資料の最後のページの『捕虜からの嘆願』についてを最初の議題とする。」
資料の最後のページには、こう書かれていた。
『聖女の魔王国への一時亡命の嘆願』
「各員、意見を述べよ。」
「受け入れるべきかと。」
「…判断できませぬ。」
「…………受け入れましょう」
「……リスクが高すぎます。積極的な介入は避け、今まで通りの方針を貫くべきかと。」
「いや、すでに状況は動いていると見るべきです。ここでおくり返したところで、いずれまた別の手段が用意されるだけです。ならばいっそこのまま受け入れたほうが我々にとって都合が良いです。」
「ふむ……。しかしだね……」
会議室は先ほどまでとは一変し、激しい議論が巻き起こっていた。その激しさは、我ですら熟考を重ねなければ発言を控えなければと思うほどであった。
「ええい!埒があきません!こうなったら『アレ』にしましょう!」
「そうだそうだ!やはり『アレ』しかあるまい!」
「「魔王様にぶん投げよう!」」
「おい貴様ら!」
我が国には、様々な習慣がある。
例えば、夜襲に備えていた頃の名残で、必ず一家の内一人は眠らずに備える風習がある集落や、成人は角に一族の紋章を刻む風習がある集落が存在している。
その多くは、必要にかられて生まれた生活の知恵であったりするのだが、中には何故そんな風習が?と首をかしげたくなるものも存在する。
そのうちの一つが、「いざとなったら魔王に丸投げ」である。
「貴様ら、この大事な時に何をほざいている!」
「魔王様、正直に申し上げます。この二択は我々としても判断しかねます。受け入れるにしろ捨て置くにしろ、困難が予想されます。そしてその困難に直面するのは魔王様です。ゆえにここは魔王様担当とするのが適切かと。」
「お、おう……」
正論だった。何も言えぬ。
「いや…しかしだな…」
「魔王様、先代もおっしゃっていたではないですか。『魔王とは、いざという時に同胞を守るためにいるのだ』と。今がその時です。」
「絶対違うと思うけどなぁ!」
少なくとも責任から守るためではないと思いたい。
「ともかく、この件は魔王様にお任せします!それでは解散といたします。お疲れ様でした!」
晴れやかな顔で会議室を出ていく議員たち。一人残される我。おかしいな、我のほうが立場上だよね。なんで?