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第二話 風邪、悪化

おはよう諸君。我は魔王レアス。魔族を束ねしものである。そんな我は、ベッドから起き上がれなくなっていた。


今丁度、魔王城勤務の医師の診察が終わったところだ。

「風邪ですね。冬なのに窓全開で執務を続けるからです。」

「いやしかし…あれは仕方なかろうよ」

「別に他の部屋でやればよかったじゃないですか。」

「実はな、余波で他の空き部屋の窓も大体割れていたのだ。」

「はっは、面白い冗談…え、マジですか」

「うん。」

「……とりあえず今日は寝てて下さい。私は魔王城の警備を見直してきます」

「いや別に活動に支障は」

「寝てて下さい。」

「いやべ」

「寝てて下さい」

「しごと」

「寝てて下さいさもなくば殺しますよ」

「仮にも医者が殺すとか言うなよ…」



おはよう諸君。我は魔王レアス。魔族を束ねしものである。昨日風邪で寝込んだせいで、現在仕事の山に埋もれそうになっている。

「おのれ…おのれ勇者……」

「魔王様が魔王っぽいこと言ってる」

「魔王っぽいとはなんだ貴様ァ!」

「だって普段の魔王様『今度の休みには温泉にでも行こうかな…』とか『たまには外食でもしようかな』とか、くたびれた役人みたいなことばっか言ってるじゃないですか」

「……これより会議を始める」

「あ、逃げた」

「静粛に!戦略的撤退だ!」

「はーい」


「本日の議題は『聖女襲来への対処』だ。皆からの忌憚なき意見を期待する。それではまず、帰還した諜報部隊から報告を」

「承知しました」

会議室は先程までの騒々しさからはうってかわって静まり返り、立ち上がった報告者の声のみが耳に入る。


報告は簡素に行われた。その内容は主に以下の通り

・現在、アルカリナは「魔王国粛清派」と「戦争反対派」の派閥争いが起こっている。

「魔王国粛清派」とは、「魔王国とか存在が悪なので神の名のもとに絶対消滅させるべし」てな感じのひとたちで、「戦争反対派」は「魔王国は滅ぼすべきだけどそれで国が荒れたら意味ない」と考えている人たちだ。結局どちらも「魔王国滅ぶべし」という一点においては同意している。つまり敵です。希望はなかった


・現在世論は「戦争反対派」が優勢であり、「魔王国粛清派」の過激な一部が何やら秘密作戦を用意しているとの情報を手に入れた


・その時「魔王が聖女を誘拐した」との噂があり、事実確認を含め一部が帰還した



「つまり……聖女の件はその『魔王国粛清派』の策略である確率が高いということだな」

「はい。加えて言えば、すでに作戦は完了されたものと思われます」

「…まんまとはめられたわけだが、さてどうしたものか。なにか意見があるものはいるか?」


パラパラと手が上がる

「では右回りの順で教えてくれ」


「防衛を固めるべきかと」

「勇者を暗殺しましょう」

「聖女を送り返すのはいかがでしょうか」

「あの国滅ぼしませんか」

「いっそ聖女も始末しましょう」


「よし、貴殿らの中に過激派が多いことがわかった」

気持ちはわかる。あの国とはずっと敵対し続けてきた。負の感情が積み重なっているのは想像に難くない。だが、残念ながらそれでは後の禍根を増やすこととなる。

「貴殿らの気持ちもわからんではないが、しかしそれでは争いの火種を増やすこととなるだろう。今まで通り、『戦いを避ける』ことを方針としていきたい。

そこで、先程の『聖女を送り返す』という意見について詳しく聞きたい」


先程その意見を出した役人が立ち上がる。比較的若めなその男はメガネをくいっとしたのち、意見について語り始めた。

「そもそも、今回の問題は『聖女が誘拐された』という誤解が広まっていることにあります。ゆえに聖女を即座に送り返すことにより、相手の大義名分を粉砕することができます」

聖女のために戦う兵士たちもやる気を失うことでしょう。と続けた部下の提案を元に会議を進める。

「では、その方向で会議を進めるが、この方針の問題点は何がある。」

「まず手段。どの様に聖女を送り返すか、よく考えなければなりません。」

「?…詳しく説明を」

参加者の一人が手を上げて説明を求める

「では例を出しましょう。ある日我らの四天王様が捕虜になってしまったとしましょう。その後、人間側が一切交渉も何もなしに捕虜を返還してきました。怪しくないですか?」

「ぬぅ…たしかに怪しい。失礼、浅慮だった」

「お気になさらず。この点についてなのですが、『聖女に脱出させる』ことを提案します」

「続けよ」

「投影します」

会議室の前方の壁に、魔術で文字が投影される。

「この案は、『あえてこちらの警備に穴を作り、聖女たちに自発的に脱出させる』ことで、人間側に疑われずに聖女を送り返す案です。具体的には」

「具体的には?」

「まず聖女をめちゃくちゃビビらせます」

「…うん」

「特に魔王様とかがめっちゃ怖がらせて、もうこんなところにいたくない、私お家帰る!と思わせます」

「お、おう…」

「そして聖女達を国境付近の施設に移し、わざと鍵をかけ忘れた状態で放置します。」

「………」

「前線基地の一つを使うのが良いかと思います。具体的には現在改装工事中のエイルズ基地とかがよろしいかと」

「……」

「そうすれば、あとは勝手に聖女共はビビり散らかして蜘蛛の子を散らすように無様に逃げ帰ってくれることでしょう」

「………前半と後半のギャップもうちょっとなんとかならない?」

「?…なんのことでしょうか?」

こいつ天然か?後半は良さそうなのに前半がザルすぎる…

「あぁ、なにか他に案があるものはいるか?」

手は上がらない。まぁこの案も悪いわけではないからな。ひとまずはこれを詰めていく形でいいだろう。


しかし、やはり予定とは崩れるもので。

「魔王様、緊急です!」

「何があった伝令?」

「対アルカリナ前線部隊より通達、前線に勇者が現れたとのことです!」

「……わかった、我が出る!急ぎ転移術式を用意せよ」

「了解しました!」


転移術式により、前線基地に転移した我は、事前情報のあった地域へ単身向かっていた。移動手段は羽。我が双翼は、並みの龍であれば置き去りにすることが出来る程の強翼である。



前線にほど近い場所の空中で、その二人は向かい合っていた。

片や聖なる剣を持ち、溢れんばかりの光を持って人にして空をゆくことを許されし人類の守護者『勇者』

片やその双翼により羽ばたき、高度な魔術を児戯のように操る魔族の絶対的支配者

『魔王』


はたから見れば、それはまさしく神話の大戦。古より語られし伝説の大陸戦争に匹敵する壮絶なる戦争の前哨戦であった。



しかし、現実とは悲しいもので


「魔王め、聖女ちゃんを攫いやがったお前を俺は絶対許さねぇ!今日こそお前を倒して聖女ちゃんを救い出す!」

「………なあ勇者よ。ヒト族と魔族との戦争なぞ、くだらんと思わぬか?これ以上、人々の血が流れるのは愚かしいとは思わぬか?(戦争反対!こんな戦いもうやめようよ。)」

「何が言いたい!?」

「これをもって、戦争なぞやめにしようじゃないか。聖女もそのための礎となろう。(今回の聖女の件はなかったことにするからさ、なかよくしようよ)」

「…魔王、お前何を企んでいる!?」

「…世界を、平和にする。我ら魔族が誰からも石を投げられずに生きられる世界にすること。我の願いは今も昔もそれだけだ。」

「お前…聖女ちゃんを使って何をする気だ!?」

「ハッハッハ、なんのことだ勇者?(え、誤解です。なんのことですか?)」

「お前ぇ…絶対に許さねぇ、ここでお前を倒して、聖女ちゃんを救い出してみせる!」

「ハッハッハッハッハッハ(あるぇ?どうしてこうなった?)」


片思いの勇者と、平和主義の魔王による、なんとも締まらない決戦が始まる。



戦いは、両者が空を飛んでいることを除けば模範的な『魔法戦士VS魔術師』の形だった。

魔術師側、つまり魔王が距離を取って魔法を浴びせ、戦士側である勇者がそれをかいくぐり、時に打ち消しながら接近して魔王に一撃いれようと試みる。近づかれれば魔王は羽や短距離転移で再び距離を取る。

魔王側はリスクを取らず堅実な戦いをしており、戦いが始まってから勇者の攻撃は一度も受けていない。一方、勇者は直撃こそないものの、チラホラと薄い傷ができている…のだが、如何なる力によるものか、それらは即座に治っていき、すぐに万全の状態へとリセットされる。

魔王側としては防御を突破できる高威力の

大規模魔法か規模の割に威力の高い魔法を当てたいところだが、前者は勇者の絶え間ない突撃によって準備できず、後者は威力が高い分当てづらいため、先程から全て避けられてしまっている。

しかし、勇者サイドも楽な戦いではない。

勇者は強靭だが万能ではない。人故に限界がある。今は魔王と互角に渡り合っているが、細かなダメージを受けてしまっている。即座に治るとはいえ、それが何らかの働きである以上いつかはエネルギーが尽きる。光の魔力自体はほぼ無尽蔵に使うことが出来るが、それも無限というわけではない。しかも、魔族と人では体の作りが異なる。

魔族は三日三晩戦い続けても疲れるだけだが、人は1日中戦い続けることは出来ない。勇者には短期決戦以外残されていなかった。


かくして、一見膠着しているこの状況は、しかし魔王が有利なのであった。



「雷撃よ、天を焦がせ!」

我の言葉に応じ、空より紫電が降り注ぐ。詠唱短縮した簡易版ではあるが、その威力は無詠唱を遥かに上回る…が、しかし。

「光よ!」

勇者を、正確には勇者が持つ剣を中心に光が広がり、半径2mほどの球体となり、紫電を退ける。空気が焦げた匂いを剣風によって霧散させながら、勇者が再び突進してくる。

我も黙ってみているわけではない。座標指定型、追尾型、設置型、直線軌道魔法の偏差撃ちと、様々な魔法を常時組み合わせて繰り出しているが、勇者はそれらをかいくぐって我に迫ってくる。

やむを得ず短距離転移で距離を離す。下がり続けてきたせいで、すでに前線と魔王城の中間ほどまで押し込まれてしまっている。だが、これでいい


『アリフェルド、状況は?』

『こちらアリフェルド、現在聖女は魔王城エントランスです。あと10分ほどで作戦地点にたどり着きます』

『了解した。あと10分何としてでもかせいでみせよう』

念話越しに会話していたのは四天王の一人にいて我が右腕、アリフェルド。魔王軍No.3の実力者にして政治的手腕もあるまさに万能。奴程『有能』という言葉が似合う魔族もそういなかろう。


さて、現在我は勇者と死闘を繰り広げる…ふりをして勇者を魔王城まで誘導している。


何故かって?『聖女返却作戦』を決行中だからだ!

作戦はこうだ。

まず我が時間を稼ぎつつ勇者を魔王城まで誘導する。

この隙に聖女を魔王城の玉座の間(侵入者撃退用の部屋で執務室とは別)に移動させる。

その後、玉座の間で勇者と戦闘、いい感じに疲弊させたところで隠れていた四天王が乱入し、勇者にこれ以上はまずいと思わせる。


やむなく勇者はこちらを倒すことを諦め、聖女を連れて逃げる…という筋書きである。

これであれば、なにか企んでいると疑われることもなかろう。なにせ我々は予定外に聖女を取り返されることとなるのだから!まあそもそも奪ってないが。


適当に魔法をばらまく。ぶっちゃけこの戦闘は茶番である。

その気になれば勇者なぞ楽勝とまではいかないがある程度の損害を与えることは可能だ。


と、いうよりこの場合勇者が弱い。

近年のアルカリナでは勇者が前線に出てきていなかったが、現在の勇者を見るに、おそらくやつはまだ『勇者として未熟』なのだろう。出力そのものは高くともそれを活かすだけの技術が足りん。具体的には早いが動きがわかりやすい。


これなら四天王でも対処できるだろう…まあ我が対応するが。四天王になにかあっては替えがきかないからな。リスクは極力避けたいものだ。



それから順調に時間を稼ぎ、部下からの連絡を待っていると

『魔王様、配置につきました。いつでもいけます!』

『でかした、これより作戦を最終段階に移行する!』

『承知しました』


我は双翼を力強く羽ばたかせ、前方ー勇者に向かって全力で突撃する。

「なッ!?」

今まで引き続けたことで、こちらの突撃が想定から外れていたおかげで、勇者は回避が間に合わず、結果我に掴まれることとなる。

そして、掴むと同時に体を捻り、勇者を魔王城に向けて投げつける。その際、風魔法で進行方向を操作し、作戦エリア…玉座の間へダイナミックエントリーさせる。

その後、玉座に転移し腰掛ける。


玉座の間には、叩きつけられた勇者と、その近くに鎖で両手を縛られた聖女、そしてその向かいに玉座に座る我がおり、その周りに四天王含めた部下が控えている。


勇者はゆっくりと立ちあがり、あたりを見回すが、その視線はすぐに聖女に向けられる。


このタイミングが良さそうだ。我はわざとらしく足を組み直し、勇者を眺めながら言い放つ。

「さあ勇者、第2ラウンドといこうか」


決まった……。魔王らしく尊大かつ、まだこちらには余裕があることを示し、かつそこまで恥ずかしくないセリフ……昨日考えておいて良かった。


勇者はあたりを見回し、その表情に驚愕が見て取れる。完全にこちらの手のひらの上であることを理解したようだ。その視線は、最終的に直ぐ側で倒れる聖女へと向けられる。

そして、深呼吸の後、勇者の気配が切り替わる。恐れを殺し、敵へ立ち向かうために。

勇者は視線をこちらに戻し、負けじと叫ぶ。

「俺は、絶対に聖女ちゃんを助ける!うぉぉぉぉぉぉ‼」

直後、剣が光りに包まれ、巨大な剣を形作る。勇者はそれを大きく振りかぶり、全力で振り下ろす。明らかに破れかぶれといった一撃、に一見見えるが、しかしこれはおそらくこの攻撃を防御させ、その隙に脱出するための目くらましだ。素晴らしい。特に演技が素晴らしい。おそらく我でなければ騙されていただろう。

しかし、今回はそのほうが都合が良いので、全力を防御に注ぐ。

指を鳴らし、魔力の盾を作り出す。盾は剣と数瞬拮抗した後、対消滅をおこし、爆発する。煙で視界が塞がれ、お互いに姿が見えなくなる。

よし、これにて作戦完了だ。しかし、勇者がここまでキレものだと、将来が末恐ろしいな。やはり和平を結ぶ方向でなんとかしなければな…。


煙がはれる。しかし、そこには地に倒れ伏した勇者と、その勇者を見て困った表情をする聖女の姿があった。


「なんでだァァァァァァァァァァァァァァァ!」


魔王城に、城主の叫びが響き渡った。



「魔王様、後悔はあとにしましょう。今はリカバリーを考えるべきです。」

「は、たしかにそうだな、すまぬ、取り乱した。流石は作戦立案者、冷静だな。」

「えぇ、こうなってはしかたありません。やはり聖女共々勇者を始末しましょう」

「あれ〜君って穏健派じゃなかったっけ」

「勇者が馬鹿だったので人間とやっていける気がしなくなりました。過激派になります」

「闇落ちするな、いや魔族的にはそっちが正しいのか?とりあえず踏みとどまれ、まだ人類に絶望するのは早い」

「とりあえず勇者縛りますね」

「あ、よろしく警備担当」

警備担当が手早く勇者を縛り、連れて行く。聖女を放り込んでいた建物とは別の建物に閉じ込めておくよう指示を出し、会議室に移動した。


「ではこれより、緊急会議を始める

議題は現状をいかにしてリカバリーするかだ」


「やっぱり始末しましょう。もういっそ人類支配しましょうよ」

「聖女と勇者を人質にして交渉……できるかな…」

「う〜ん、無理じゃない?」

「だよね~」

会議は踊れど進みはせず、さながら同じところをぐるぐる回る盆踊りのごとし。

そんな中、突然会議室の扉が開かれる。入ってきたのは四天王シレニス。そして…

「何事だ、シレニス。会議中に、しかも、捕虜を連れて?」

「こちらの捕虜、聖女親衛隊より魔王様に嘆願したいことがあるとのことで、連れてまいりました。」


捕虜は、伏せていた顔を上げ、我を見据える。そこには、強い意志の光があった。


「良かろう、特別に発言を許す。」

「魔王様の慈悲に感謝しなさい。」

何故か偉そうなシレニスには目もやらず、捕虜は口を開いた。

「我らが聖女を、どうかお助けください。」


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