第一話 聖女 襲来
ここで、魔王国の歴史と現状についてお話ししよう。
元々、魔王国とは他種族…純粋種、
精霊種、岩石種、
獣種その他色々の連合軍によって追い詰められた魔族が必要にかられて作り上げた国だ。それまでは超個人主義で、一切協力をしてこなかった魔族たちを当時の魔王
初代魔王アスモデウス・エルドラドがまとめ上げた事によってできた国だ。
それも今では昔の話。今となっては分業が当たり前になっている。
話を戻すと、この国は必要にかられて作られたという側面があるため、割と風習や制度が理にかなっている。風習の一環で夜襲の警戒とかする人達もいるくらいだしな。
ここまでが歴史。次に現状。
現在も、魔王国は他種族達の「対魔族共闘軍」との戦争状態にある。が、先代の頃から徐々に戦いの規模と頻度が減少しており、最近は派手な戦いは殆どなくなっていた。我が就任してからも色々防衛設備を増やしたりしていたからな。そのあまりの鉄壁さに他種族の奴らも戦意を失ったのだろう。
願わくばこのまま戦争そのものが消えていってくれれば楽だなぁ……そう思っていた矢先に、部下が、聖女を、連れてきやがった!
ふっざけんなよまじで絶対攻めてくる口実になるじゃん宗教戦争とかやだよだってアイツら勝つまでぜってぇ止まんないじゃんやめてよ戦争でそんな体育会系イズム発揮すんの他所でやってくれよ……取り乱した。
聖女とは、魔王国に直接隣接する国家の1つ、
神聖国アルカリナにおける、巫女のような存在だ。規格外の魔法、特に治癒や防御などに秀でたまさに聖女といった感じの人物だ。そして当然信仰対象でもある。
さて問題です。聖女を奪われた形になるアルカリナはどうするでしょうか?そうですね、攻めてきますね全力で。
これが他の国ならば実はそんなに問題はない。長年かけて築かれた防衛設備と防衛軍は伊達ではない。人間の軍隊など、数十万人集めようと守りきってみせよう。だがアルカリナだけはまずいのだ。なにせあの国には、「勇者」がいる。
「勇者」とは、ノマリアで稀に生まれる規格外の中でも更に規格外な存在だ。一説によれば、世界が滅びに瀕した際に、天上の神々によって力を与えられた等と言われ、その力は他とは一線を画する。具体的に言えば「魔族の軍隊」相手に単騎で勝利するような化け物だ。今までは前線に出てきていなかったが、今回の件で下手すると投入されるだろう。そうすればまず間違いなく前線部隊が死ぬ。
「終わった……」
「?何で魔王様そんな暗い顔してるんですか?」
「お前のせいだよ……」
あのあと、聖女には一旦捕虜用の収容施設に入っていただいた。べつに牢屋とかではない普通の建物に鍵と見張りが付いてるだけのものだが、四天王を向かわせておいたからとりあえず逃げられることはないだろう。
そして、我は今魔王城の執務室で、今回の件をやらかした部下…四天王 シレニスから報告を受けていた。
「それで、結局どうしてそんなことになったんだ?」
「それがですねぇ…ちょっと妙なことがおきまして」
「妙なこと、とは?」
「例のアルカリナ?でしたっけ。あの国との国境で任務にあたってたんですが、むこうさんが突然攻めてきましてね」
「妙だな。あの国はここ半年はこちらへの侵攻を控えていたはずだが、なぜ急に。しかも聖女なんて大層なものを使ったんだ」
普通、まずは斥候なり様子見をするはずだろう。いきなり切り札の一枚を突っ込んでくるなどよほどのギャンブラーかよほどの阿呆だ。あるいはなにかの策略か
「それも妙なんですが、それより問題なのは…『聖女を捕虜にできたこと』なんですよ」
「?どういうことだ」
「奴ら、俺達が迎撃のために打って出た瞬間、『聖女を残して撤退した』んですよ」
「は?それはほんとうか?」
「はい。」
「そうか……」
聖女をおいて逃げる?なんの冗談だ。新兵が死を恐れて逃げた?いや、あの国の軍人が信仰対象おいて逃げはせんだろ。聖女を殿にして撤退した?
守りたいものを殿にするアホはいない。それに聖女は後方支援特化だ。間違えても殿に向かない。
だとするとだ。もしや、この状況が狙いか?
聖女を攫う、或いは殺させることで「戦争の大義名分を得ること」が目的だろうか?
たしかにあの国は面倒な状況にある。あの国は世界で広く信仰されている宗教を核とした国家だ。いくらこちらを目の敵にしようと、攻めるには理由がいる。それも、「自分たちが正義だ」と主張できるような理由が。
そう考えれば、今の状況は相手にとって都合が良い。なにせ聖女が攫われた、なんて状況はどう考えてもこちらが悪だ。勇者を使おうが全軍を突っ込ませようが文句をいう国はいないだろう。
困った……。え、これどうしよう。つみでは?
あの国と全面戦争とか面倒くさすぎてやってられんぞ。……仕方あるまい。
「方針を決める。早急に議員に招集をかけよ」
「ハッ!内容はいかがしますか?」
「『緊急会議』だ!急げ!」
しかし、予定とはイレギュラーに崩されるものであり
「魔王様、魔王様!」
「どうした警備担当。王の間に駆け込んできて」
「現在、魔王城に向けて、巨大な光の魔力をまとったなにかが接近中。おそらくですが、『勇者』です!」
割れた窓ガラスの破片と、冬の冷たい外気とともにそれは王の間に侵入した。
この場合のイレギュラー、『勇者』はこちらを見据え、
「よくも聖女ちゃんを攫いやがったな!魔王め!ぶっ飛ばしてやる!」
非常に自分勝手な宣戦布告を告げた。
だが我はそれどころではなかった。
「貴様なんてことをぉ!」
勇者が突入してきた際の衝撃で、部屋はめちゃくちゃになっていた。調度品は砕け、書類は飛び散り、特に、絨毯には机から落ちたインクで目立つところに汚れがついていた。
「よくも父上から頂いた絨毯にぃぃ!」
思わず右手に風をまとわせ、勇者に向けて振り抜く。竜の羽ばたきを思わせる強風が巻き起こり、勇者は、ろくな抵抗もできずに、自分が割った窓から飛んでいった。
「魔王様」
「なんだシレニス」
「魔王様も人のこと言えなくないですか」
「うるさい黙れ」
「権力乱用良くない」
「………………今回の件は不問とする」
「わーいヤッター」
「あと他の四天王にも連絡しといて。我これから会議してくるから」
「はーい」
シレニスが出ていき、警備担当は通常業務に戻った。一人風通しの良くなった王の間で、我は頭を抱えるのだった。