第10話:皐月 如月〜恩恵『加工能力』〜
朝食に菓子パンが配られた。
ソレを泣きながら食べる娘が何人か居た。
外史パーティーでは由香が泣き、愛美がその背を擦った。
美香パーティーでは直美が泣き、美香が背中を擦る。
千尋パーティーでは、卯月と牡丹が涙を流すが、コレまで女子パーティーだけで活動していたせいか、気丈にも笑顔で泣いていた。
そして、何故か如月が、赤い龍虎の対峙する模様のガラスコップを持って来て、自慢気な顔をした。
「そんなに成果を焦らなくてもいいって!」
如月は俺に一度渡したガラスコップを奪うように取り戻し、地面に向けて叩き付けた。
パリーン!と云う音は鳴らなかった。見ると、ガラスコップは割れていない。
「強化ガラス!」
如月はそのガラスコップを掲げて、そう自慢気に言った。
「えっ?!強化ガラスのコップを作ったの?!」
「珪砂、硼砂、硼酸、アルミナ!
色は酸化鉄!」
「……材料が判ったから、作ってみました、って事か?」
「半径10メートルで、ようやく1個!」
「……その範囲内から、少しずつ集めて、ようやく作ったって事か?」
如月が何度も頷く。
「取り敢えず、1人1個として作って、使ってみようか」
「売る!」
「儲けよう、って事か?」
再び如月は何度も頷く。
「でもなぁ……、この世界の金貨ですら、混ぜ物多過ぎて、弥生のスキル換算が低過ぎたからなぁ……」
「ん!この世界の物を買う!」
「あー、この世界の物で、価値のある物が手に入るなら、弥生の恩恵で売って、欲しい物を買えば良いのかもなぁ……」
「ん!」
如月が外史にコップを差し出す。
「……ん?試しに売ってみるのか?」
如月は首を縦に何度も振る。
「……良いのか?
安く買い叩かれるかも知れないぞ?」
「実験!」
「ああ、実験にするには、良い材料かもな」
「ん!」
「ちょっと待ってろ。
おーい、弥生ー!」
「はーい!」
弥生がサッサと駆けてくる。
「──何でしょう?」
「この強化ガラスのコップ、売ったら幾らになる?」
「んー……ん?7,000mpmで売れますよ?」
「……妙に高いな。何でだ?!!」
「んー……デザイン?」
「そうか……。
如月、売って良いか?
その代わり、半額は如月の判断で使って……良いよな?」
「ん!」
如月は一度頷く。
「待って下さい!
この恩恵、スキルスクロールも買えます!」
「──恩恵のレベルは?」
「う……今朝のでLv.3に上がりました」
「なら……『魔法の砲弾』に『浄化』、『浄水』、『風の刃』辺りが買えるかな?
弥生、1,000mpmでその辺のスキル・スクロールは買えないか?」
「ハイ!1,000mpmで買えます!他にも『着火』なんかも買えますけど……」
「んー……。
弥生、手を」
「あ、はい」
外史と弥生が手を繋ぐと、「ふあああ!!!!」と弥生が驚きの声を上げる。
「後で、買い上げる品目は告げる。
如月、3,500円位で買える代物なら、何でも買って良いぞ?」
「んー……。ンッ!」
如月が、外史の方を向いて目を閉じ、唇を突き出した。
「ん?そんなもんで良いのか?
……チュっ。
じゃあ、弥生。半分以上は残しとけよ!」
この後、外史は3パーティーのリーダー会議だ。
如月は頰を少し赤らめ、弥生に向かってピースサインを示した。
「……負けた」
弥生は、果たして如月に負けたのか?
それとも、外史が贈ってきた、『100万mpm』に負けたのか。
その答えは、『両方』と言わざるを得なかった。
果たして、そんなにレベル差があるとも思えない外史が、そんなにもの『mpm』を贈れたのかは、弥生の想定の外にあった。
そう、外史が最近、特にパーティーを組むようになってから鍛えていた要素、『権限レベル』の高さ故である事に。
MPを何百回も回復しながら弥生に贈っていた等、この世界がゲームの世界の再現によって成り立っていると云う情報の有無が、大きな差になっている事に。
そして、外史はそのゲーム世界の最前線で戦っていた攻略情報を持っていた事に。
そんな事は、弥生1人の想定では、収まらないのも仕方があるまい。
そして、弥生は自分の持って居る恩恵が、実は凄いチートなんじゃないかと、薄々と気付き始めて居たのだった。──但し、外史と組む事によって。
「──負けない!!」
弥生はそう言って、如月に対して指を突き付けていた。
だが、『負けない!!』と思っているのは、如月も同じ。
「電子図鑑!」
反論、にしては妙な言葉を、如月は弥生に告げた。
「……?」
「3,500円!!」
「あー、あなたの取り分ね。
……電子図鑑?!!」
そして、如月としては身近だったものの材質が何であるかの情報は、非常に重要な要素であるのだった。
「──って云うか、あなた、代わりに大事なものを奪っていったのではなくて?!!」
「ソレはソレ、コレはコレ」
要は、如月が外史に求めた対価と、同じように弥生にも対価を求める。と云う事らしかった。
幸い、電子図鑑の値段は、相応に弥生のショップにその位の金額で在った。
ソレを引き渡すと、如月はピースサインを弥生に主張して去るのだった。