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ハッピー・ハッピー・ウエディング2




再び現れたお母様の『パートナー』は、とても有名な人で、僕はあんぐりと口を開けてしまった。


「樋川修一教授!?」

「ん?え、っと、颯斗さん、でしたかね。僕を知っているんですか?」


入ってくるや否やフルネームを叫んでしまった僕に、樋川教授は戸惑った顔をして入り口で立ち止まった。


「もちろんです!オメガで、教授の名前を知らない者はいませんよ!これまでのものと比べて画期的に副作用が少なくて、高性能な抑制剤を開発した、オメガの救世主じゃありませんか!」


思わず興奮して立ち上がりかけた僕を、由貴さんが苦笑しながら押しとどめる。


「颯斗くん、着物が乱れるから」

「あ、ごめんなさい」


慌てて座り直す僕の手を、ぽん、と優しく叩いてから、由貴さんは立ち上がった。


「どうも、貴志の息子の由貴と申します。はじめまして、樋川教授」

「はじめまして、今日はお招き頂きありがとうございます。そして……お話が出来て光栄ですよ。由貴さんは、貴志の若い頃に似ていますね」


聞きようによってはずいぶん皮肉な発言だったけれど、嬉しそうに言う樋川教授には、他意はないようだった。

由貴さんも理解しているのか、小さく肩をすくめるだけだ。


「そうですかね?私は、父に似ていると言われて育ったので。……()()()()()()()()()()()()()()とも、似ているのかと思ったのですが、それほどでもありませんね。あなたに似ていると言う理由で、私は母からの愛を失ったと聞いていたのですが」

「由、貴さん……」


由貴さんの言葉に、樋川教授は戸惑い、お母様は辛そうに顔を歪めている。

どこか負の感情の淀んだ室内の空気は、樋川教授の力強い声で一掃された。


「由貴さん……僕は、謝罪はしないよ。しても無意味だろうし、それに、きっと僕は……僕たちは何度でも同じ選択をするだろうからね」


自分と、そしてお母様をひとつとして話す樋川教授の目には揺るぎない強さがあった。

どんな不運にも逆境にも、決して負けない人間の目だ。


真っ向から射抜かれながら、しかし由貴さんはなんでもないことのように視線を受け流す。

そしてどこか諦観の混じった、穏やかな笑みを浮かべながら、頷いた。


「ええ。謝罪も言い訳も不要です。ただあなたの顔を見て、仕方なかったのだと、納得したかっただけです。私から母を奪った男の顔をね」

「……そうか。見て、どう思った?」


怒りや憎しみを含まない由貴さんの言葉に、樋川教授は穏やかに聞き返した。


「そうですね……これが奇跡を起こした男の顔か、と」

「え?」


思いがけない発言にぽかんとする樋川教授を前に、由貴さんは笑みすら浮かべて、滑らかに言葉を続ける。


「オメガの性を殺す悪魔の薬を、ひとりのオメガのためだけに作り上げた、マッドサイエンティスト。医学界では、狂気の純愛の結晶と名高い、奇跡の偉業を成し遂げた男。父や、私たち兄弟と似ていると言う男……一度会ってみたかったのです。思ったよりも似ていなくて、安心しました」


淡々とした、けれどどこか温かい声で、由貴さんは言い切る。

流れるように話す由貴さんを唖然と見つめていた樋川教授は、由貴さんが差し出した右手に目を丸くした。


「母上を、よろしくお願いしますよ」

「あ、あぁ、もちろん」


一瞬の驚きの後、樋川教授が由貴さんの手を握る。

固く握手を交わし、そして、嬉しそうに破顔した。


「どうか、君たちもお幸せに」

「……言われなくとも、我々はこれまでもずっと幸せですし」


温かい言葉に、素直じゃない台詞を返して、由貴さんはニヤリと笑った。


「それに、これからもっと幸せになりますので。あなた方はご自身の幸せだけお考えください。……どうか、お元気で」





挙式はつつがなく進んだ。

神前で誓詞を述べ、僕たちは正式に夫婦となった。

お母様たちは、親族席の端の目立たない場所で、ひっそりと参列していたようだ。


そして、夕方から夜にかけて予定された披露宴の前。

濃紺の燕尾服に着替えて現れた由貴さんに、僕は心臓を押さえて蹲った。


「あっ!颯斗様!皺がついてしまうので!」


焦るスタッフさんの声も耳に入らず、僕は涙目で叫んだ。


「由貴さんかっこいいいいいぃっ!どうしよう!?こんなカッコイイ人が僕の旦那様とかどうしよう!改めて幸福感が満ちてきて息が苦しい!」


テンションマックスでパニックになる僕に、光沢のある燕尾服が似合いすぎるほど似合う由貴さんは、苦笑して眉を下げた。


「颯斗くんの美しさをどう讃えようかと思っていたのに、なんだか気が抜けてしまったよ。……『お母様とお姉様が着たウエディングドレスを作り変えたのだろう?とてもよく似合っている。まるで雪の精霊のような美しさだよ』……とか言いたかったのだけれども」


用意してきたとしか思えない流暢な褒め言葉を吐いて、そして残念なものを見るような目で僕を見る由貴さんの顔は、呆れた顔をしているくせに神々しいほどに美しい。

何か考えようとしても、脳内は『燕尾服超似合うカッコイイ』以外の言葉が浮かんでこない。


「いやだって!僕はまぁ普通にバイオリンの発表会かな?くらいのハマり方ですけど!由貴さんは王子様みたい!王宮の舞踏会に招かれて王妃と禁断の恋に落ちる外国の王子様みたい!」

「ふふっ、随分と設定が複雑だね。……くくっ、あははははっ」


僕の流れるような、そしてストーリー性に富んだ過度の賞賛に吹き出した由貴さんは、そのまま声を出して笑い始めた。

一通りの笑いの発作がおさまったころ、由貴さんは幸せそうに微笑んだまま口を開いた。


「まったく、もう……気を張っていたはずなのに、すっかり気が抜けてしまったよ」

「それは良かった」


肩の力が抜けた様子に、僕はにっこりと満面の笑みを浮かべる。


「今日は僕らの幸せをお披露目するパーティーなんですから!にこにこ幸せに過ごしましょうね?」

「……敵わないな」


椅子の背もたれに身を預けた由貴さんは、くしゃりと顔を崩して僕の手を握った。

僕の左手を優しく捧げ持つと、そっと薬指にくちづける。

そして、両手で包み込み、頬をすり寄せた。


「どうやら私の幸せは、いつも君が生み出してくれるようだ」

「ふふ、そうですよ。安心してください」


頼りない子供のような仕草をする弱気な由貴さんを可愛いなと感じながら、僕は小さく笑う。

そして、どーん、と胸を叩いて、僕は晴れ晴れとした顔で言ってのけた。


「なにせ僕、きょうだいが多いのに憧れていたんですよね」


あっけらかんと子作りに積極的だと言い放ち、唖然とする由貴さんの顔を両手で捕まえた。


()()()()、頑張りましょうね?旦那様」

「……ははっ、あぁ、もちろん、そりゃ望むところだけれども」


僕の勢いに、困惑まじりで首を傾げる由貴さんに、僕は噛み砕いて説明してやった。

これからの由貴さんの人生が、どんなものになるのかを。


「由貴さんには、どんどん幸せを()()()あげますから!これからの人生、幸せだらけですよ?寂しいなんて思う暇ありませんし、愛は日常に満ち溢れます」

「……そうか。君と結婚できることが、私の一番の幸運だね」


噛み締めるように言って、はにかんだ由貴さんに、僕はウインクをしてみせた。


「おっと、勘違いしないでくださいね?私にとっても、最高の幸運なんですから」


そして、力強く宣言した。

僕が確信している、確かな真実を。


「僕たち、愛し愛されて、運命の相手と番うんですから。世界一幸せな夫婦ですよ」





ありがとうございました!

ひとまず完結です。また番外編や新作など、書けたら投稿します。

なろうにはギリギリのBLなのではと不安でしたが、ブクマや評価ありがとうございました!とても励まされました!

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