表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【運命】は必ずしも【幸福】と結びつかない〜二世代にわたって運命の番に翻弄されるαとβとΩの恋の話〜[R15 BL]  作者: 燈子
いつか幸せを抱きしめて〜運命の番に捨てられたαと運命の番を亡くしたΩ〜
37/42

正しい愛し方





「え?……目隠し?」


意外な提案に、祐正が驚いて身を起こした。

そういう趣味があるのかと問いたそうな表情を浮かべ、祐正は困惑に口を小さく開閉させた。

そわそわと落ち着かない様子で、薬指の指輪をくるくると回している。


「え、っと……」


訊くべきか、訊かずに断るべきか、訊かずに受け入れるべきか悩んでいるらしい祐正に、雅哉はクスリと笑った。


「変な趣味で言っているのではなくて……祐正くんは、私に触れられていると実感するのが、あまり嬉しくないだろう?」

「え?」


回りくどい言い方をする雅哉に、祐正は怪訝そうな顔をする。


「私が触れていると思うから抵抗があるのならば……東條様が触れていると、思えば良い」


雅哉の思いがけない提案に、祐正は理解しがたいと言わんばかりに眉をひそめた。


「あなたは、悠一郎様ではありません」

「あぁ、もちろん。東條様の代わりになれるとは思っていないよ」


どこか自虐的に、けれど明るい声で雅哉は続けた。


「君は、私に触れられていると思わなければいい。君の愛した人に触れられていると、思えばよろしい。……そうすれば、少なくとも罪悪感は消えるのではないかい?」

「っ、ぁ……」


目を見開いた祐正が、カタカタと小さく震える。

まるで、断罪された咎人のように悲痛な表情で、雅哉を見た。

ガラス窓を割らんばかりに叩きつける雨の音に、ますます哀れさが誘われ、雅哉は目を伏せた。


「な、んで」

「……なんとなく、そんな気がしてね」


なぜ気づいたのかと訊ねる祐正に、雅哉は苦笑して答えた。

明確な根拠はない。

けれど、祐正の発した東條の名と、心細げに指輪をいじる仕草から、勘付いたのだ。

祐正の過度な緊張は、きっと彼の中の背徳感が一因なのだろう、と。


「ご、めんな、さい……まさや、さま……」


泣き出しそうな顔で、心細げに手を伸ばしてくる祐正の手を取り、雅哉はそっと抱き寄せた。

腕の中で震える温もりを感じながら、雅哉はとん、とん、と静かに背中を叩いた。


「祐正くん、大丈夫。……君は、東條様を裏切ってなどいませんよ」


幼子をあやすように告げながら、雅哉はそっと己のネクタイを解いた。


シュルリ


滑らかな絹の音が、夜の部屋に溶ける。

固まったままの祐正に微笑みかけ、雅哉は優しく栗色の髪を撫でた。


「君は、思い出に浸りなさい」


柔らかな絹布で、そっと二つの瞳を覆う。

小さな顔は、半分近く隠れてしまった。

祐正の表情が分かりにくくなったことに、雅哉は少しばかりの安堵を抱く。

これ以上拒まれたら、耐えられないと思っていたから。


「さぁ……君の愛した番は、どのように君に触れたの?」


押し殺した低い声で囁きながら、そっと祐正の体を押し倒す。

まろやかな頬に指を伸ばし、触れるか触れないかの距離で産毛を撫でた。

祐正の肩がふるりと震える。


「どのように君を愛する人だったの?」


すぅ、と首筋を指先で辿ると、顔を真っ赤にした祐正が艶めいた吐息を吐いた。


「ねぇ、教えて……?」

「っひ!?」


耳孔に吐息を吹き込めば、祐正がびくりと肩を揺らし、首をすくめた。

混乱しているのか、戸惑っているのか、躊躇しているのか。

答えない祐正に、雅哉は優しく言葉を重ねた。


「何も躊躇うことはありません。君は君の愛する人を思いながら、抱かれれば良い」


布に隠された瞳がどんな感情を浮かべているのか、予想したくない。

それなのに、隠された布の下の表情を思い浮かべてしまって、雅哉はぎゅっと強く目を瞑った。

両腕の中に閉じ込めたはずの体が、とても遠い場所にあるような気がしてならなかった。


「……じゃあ、あなたは?」

「え?」


唐突に、短い疑問符が落とされる。

真下で呟かれた言葉の意図が理解できず、雅哉は首を傾げた。


(私……?祐正は何を言っているんだ……?)


困惑して黙りこんでいると、焦れたように祐正が再び口を開いた。


「雅哉様……では、あなたは、前の奥様のことを思いながら私を抱かれるのですか?」

「っ、まさか!」


あまりにも思いがけない言葉に、否定の声が裏返った。


「前の妻と、君は、全然違う。それに」


一瞬躊躇ってから、けれど雅哉はどこか諦めに似た心境で言葉を続けた。


「それに、……彼には、思うところがありすぎる。彼を思って抱いたら、哀れな君に酷いことをしてしまいそうだ」


戯けた口調で言って、雅哉はネクタイの上から眼窩の小さなくぼみにそっとくちづけた。


「そうですか……。可愛さ余って憎さ百倍と言いますものね?」


茶化すような調子で憎まれ口を叩く祐正に、雅哉は苦笑しながら返した。


「ええ。……まぁ、彼は、もう私のことを、憎いとすら思っていないだろうけどね」

「……」


雅哉の自虐的な言葉に、祐正は再び口を閉ざした。

無言になった祐正に、雅哉は苦笑して、すっと視線を外に向けた。

閉じ切られていないカーテンの隙間から、世界を強制的に洗い流すように降る雨が見えた。

一メートル先も見えないような景色は、底の見えない不安定な雅哉の心情と重なった。

ため息混じりに、雅哉は重い口を開く。


「……正直なところ、私は自信がないのです」

「え?」


不意に吐露された雅哉の弱音に、祐正が戸惑ったように首を傾げた。

白い枕の上で、柔らかな栗毛がふわりと揺れる。

見るともなく髪の筋を目で追いながら、雅哉は感情を押し殺し、声を絞り出した。


「私は一度、愛し方を失敗した人間です。だから、私はあなたの愛する人のようにあなたを愛しましょう。それがきっと、あなたにとって『正解』なのでしょうから」


雅哉の懺悔のような告白に、暫く押し黙った後で、祐正はポツリと呟いた。


「……愛し方には正解も不正解も、成功も失敗もありません」


小さな、けれどはっきりと言い切られた言葉に、雅哉は動きを止める。

窓の外から聞こえてくる雨粒の地面を打つ音が、やけに大きく聞こえた。


「雅哉様は、ただ、愛しただけでしょう。……そんな、ご自分を卑下しないでください」


視界を塞がれ、何も見えていないはずなのに。

まるで、泣き出しそうな雅哉の顔が見えているかのように、祐正は柔らかな苦笑を浮かべて両手を伸ばした。

そして、自分に覆い被さっていた雅哉を、そっと抱き寄せる。


「僕があなたとのベッドで、悠一郎様のことを考えてしまっていたから、気にしてしまわれたのでしょう?……ごめんなさい」


ザァザァと降る雨音の中で、優しい声が雅哉の鼓膜を撫でる。

ちゅっ、と可愛らしい音を立てて、祐正は雅哉の額にくちづけた。

そして、雅哉の頭を抱き込んで、ゆっくりと言葉を探しながら話し始めた。


「確かに、雅哉様のおっしゃる通り、……僕は、永遠の愛を誓って下さった悠一郎様を裏切るようで、罪悪感を覚えておりました。天におわす悠一郎様に対する背徳のようにも感じました。……けれど」


そこで一旦言葉を止め、けれど思い切ったように、祐正は再び口を開く。

うるさいはずの雨の音がなぜか気にならず、祐正の囁きのような声がしっとりと雅哉の鼓膜を濡らした。


「だからといって、雅哉様の手が嫌だった訳ではないのです。触れられたくない訳では、ないのです。ちゃんと、雅哉様が好きです。……だから」


雅也は、細い腕に抱き込まれたまま、息を飲んで祐正の言葉に聞き入る。

祐正は、抱きしめる腕にぎゅうっ、と力を込め、掠れた声で呟いた。


「……雅哉様に、抱かれたい」

「……っ」


雅哉の世界から、雨音が消えた。


「あぁっ、祐正ッ」


雅哉の心臓はドクドクと鼓動を打ち、叫び出しそうなほどに気が昂る。

思い切り、祐正の細い体を抱き返した。


「本当かい?私を気遣っているわけではないだろうね?」

「ふふ、僕がこんな嘘をつくわけないでしょう」


念を押すような囁き声の確認が、荒々しい雨声の中で懇願のように響く。

雅哉の弱気を軽やかにいなして、祐正は艶やかな、けれど慈しみに満ちた声で告げた。


「あなたを愛しています、雅哉さま」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ