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【運命】は必ずしも【幸福】と結びつかない〜二世代にわたって運命の番に翻弄されるαとβとΩの恋の話〜[R15 BL]  作者: 燈子
いつかアナタのモノにして〜運命を信じない年上αに恋したΩの少年の話〜
20/42

口にした賭け




ホテルのラウンジで母とパフェを食べていると、見慣れた姿がエレベーターから降りてきた。


「あ、来た」

「はいはい、いってらっしゃい」


分厚い恋愛小説を読み耽りながら、母はひらひらと僕に手を振る。

食べかけのパフェの横にスプーンを置いて、僕は足早に進んだ。


「あれれぇ?由貴さん、偶然だね!お久しぶりです!」

「……颯斗くん」


どこかうんざりとした顔で振り返った由貴さんは、頭痛がする、と言って眉間を揉んだ。


「えぇ、えぇ、約一週間ぶりですね。確かに久しいかもしれません」


なげやりな口調で同意した由貴さんは、「あぁもう、忙しいのに」と吐き捨てながら僕に向き直った。

なんだかんだ、僕が現れると相手をしてくれる由貴さんは、やっぱり甘い。


「一体君は私のスケジュールをどうやって把握しているのですか。なんで私の行く先々に君が現れるのですか。今日の()()は一昨日決まったんですよ?そもそも今日は平日です。君は小学校をサボっているんですか?私は自堕落と不勉強と不真面目は嫌いですよ!」

「サボってないよ!ちゃんと勉強してるもん!今日は創立記念日で休校なの!」


ぷぅ、と頬を膨らませて抗議する僕に、由貴さんは「はいはい、そうですか」と面倒くさそうに片手を振った。


「私は忙しいんです。用があるなら手短にお願いしますよ」


一応話は聞いてくれるという優しい言葉に、僕はくしゃりと表情を崩した。

由貴さんは本当に、狡いくらいに優しい。


「じゃあ単刀直入に。……ねぇ由貴さん、僕と賭けをしない?」

「賭博など致しません」

「ちーがーう!えっと、勝負しよ!」


つとめて軽く提案すれば、冗談の通じない由貴さんに、バッサリと切り捨てられた。

僕は慌てて言い直し、説明した。


「あのね、僕、今の附属中学じゃなくて、由貴さんの母校を受験することにしたの」

「へ!?あそこはかなり難関ですけども。君、そんなに優秀でしたっけ?いかにも勉強の嫌いそうなお調子者の顔をしていますけど」

「ほんっっとうに最近失礼だよね!」


近頃とみに僕に対して失礼発言が増えてきた由貴さんに、僕は全開の笑顔でツッコミを入れた。

気を許し始めた証拠だから、良い傾向である。


「ねぇ、もしも僕が、中学入試で並居るアルファを押し退けて首席を取れたら、僕と一日デートしてよ」

「は?」


にこ、と微笑んで、由貴さんの目を見つめる。

頼むから受けてくれ、と願いながら。


これは、僕の賭けだ。

受けてくれた時点で、ほとんど僕の勝ち。


「……いいですよ?入るだけでも十分難関ですから、首席はまず無理でしょうけどね」


しばらく黙った後で、由貴さんは了承を呟いた。

そして、ふいと顔を背けて、ポツリと呟く。


「だから、まぁ、……勉強、頑張りなさい」

「ふふっ、うん、ありがとう」







「おかえり」

「ただいま」


僕が席に戻ると、母はパタンと本を閉じて、僕の顔を見た。


「聞けた?」


言葉少なに訊ねる母に、僕も短く返す。


「ううん、聞いてない」

「へ?じゃあ颯斗、あなた何をしに来たのよ」


わざわざ何時間もホテルで待ち伏せをして、結局何も聞かずに帰ってきたのか、と母は非難するような顔をした。

母の横に積まれた文庫本は三冊。


「まったくもう。読書が進んじゃったじゃないの」


呆れきった顔で本を鞄にしまいながら、母はため息をついた。

それだけの時間、僕に付き合ったのだから、その文句ももっともだ。

けれど。


「だって聞かなくても分かるもん」

「え?」


僕の呟きに顔を上げた母から目を逸らし、俯いて大きく息を吐いた。

何度か深呼吸を繰り返してから、僕は涙を堪えながら、言葉を絞り出した。


「多分ね、……お見合いは、嫌になるくらい成功してるよ」


近づいた瞬間に匂った、僕の知らないオメガの匂い。

かなり近くまで寄らないと……それこそ、腕を組むか抱き合うくらいしないと染み込まないはずの、移り香。


「あーあ、嫌になっちゃうなぁ。由貴さんがそんなフシダラな真似するなんて、思わなかったよ」


あの品行方正な由貴さんが、会ってすぐのオメガとベタベタするなんて、衝撃だ。

まったくもう、見損なったよ。

僕とはちっとも()()()してくれないのに。

……ひどいじゃないか。


心の中でうじうじと恨み言を連ねながらテーブルを睨みつけていると、頭の上から母のあっけらかんとした声が落ちてきた。


「あら、じゃあ、潔く身を引いちゃうの?諦める?」


面白がるような母の言い方にカチンときて、僕はガバッと顔を上げた。


「まさか!これくらいで諦めるなら、もうとうの昔に諦めてるよ」

「そうよね、かれこれ五年も相手にされてないんだもの。落ち込むのも今更よ」


きっと激励しているつもりなのだろうが。

励まし方がひどい。

もう少し言葉を選ぶべきだ。

……でも、確かに落ち込むのは今更だし、落ち込む時間が無駄だ。


「僕が先に見つけたのに、急に出てきたよそのオメガに()られるなんて、許せない。断固として立ち向かうよ」


拳を握りしめる僕の肩を叩き、母は満足げに頷いた。


「ふふ、それでこそ、噛み付いたら離さない『スッポンのオメガ』の息子よ!」

「スッポン!?」


唐突に告げられた言葉に、僕は思わず吹き出した。


「あははっ、何それ!?母様、昔ホントにそんな渾名で呼ばれてたの?」

「ええ、実の父親にね」

「お祖父様に!?」


まさかの実父からの評価だった。

僕を猫可愛がりする祖父を思い出しながら、目の前の母をまじまじと見つめてしまう。

スッポンとは似ても似つかない、人形のように繊細な美貌を。


「そうよ。『お前に好かれてしまった甥がもはや哀れだ』『死ぬまで逃げられまい』って言ってね、厳格なあの父が謝って頭を下げたのよ。『諦めて婿に入ってくれ』って。失礼しちゃうわ」


パチン、と手慣れたウインクとともに教えられたのは、若き日の父と母のラブ・コメディの一幕。

確かに、欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない母の前で、気弱な父はほとんど無力だろう。


「ふ、はははっ。でも、母様だけじゃなくて父様も、今幸せだよね」

「ええ、もちろん。そしてあなただって、当然幸せになるのよ?」

「ふふ、……うん」


分かりにくいけれども、母は父をとても愛しているのだ。

そしてこれは、母から僕への、分かりにくいエールなのだろう。


「絶対諦めない。僕の幸せには、由貴さんが不可欠だから」


下らないプライドもロマンもモラルも、何もかも捨ててやる。


「……そのためなら、なんでもするよ」


僕は、由貴さんのモノになれれば、それで良いのだから。


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