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【運命】は必ずしも【幸福】と結びつかない〜二世代にわたって運命の番に翻弄されるαとβとΩの恋の話〜[R15 BL]  作者: 燈子
いつか離れる日がくると知っていたのに 序章〜βとΩの運命の真似事〜 [β視点]
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ふたりきりの家



「あ、おかえり」


買い物を終え、宿泊準備を終えて帰ってきたら、貴志がバスルームから出てきたところだった。


「部屋から出るなって、言っただろ」


眉を顰めれば、貴志は肩をすくめて「だってベタベタになって、気持ち悪かったから」と言った。

あからさまな表現に思わず赤くなって無言になる俺に、貴志は困ったように苦笑いする。


「オメガ相手に、これくらいで照れてんなよ、純情」

「……うるさい」


ガタン、と乱暴に荷物を椅子に置いて、俺は不貞腐れて貴志から目を逸らした。

貴志は不機嫌な俺を笑って、宥めるように言った。


「オメガは()()に支配される性なんだ、仕方ないだろ?」


わざとらしく己を獣に喩えながら、貴志は俯いて髪の水気をタオルで雑に拭っている。その横顔は、先程まで彼の言うところの()()に支配されていたとは思えない、涼し気な美貌だ。


「俺は結構抑制剤が効くタチだからこんなもんで済んでるけど、ほかの奴らはずっとあんな本能と性欲に支配されて過ごすんだもんな。ヒートがくると、いつもゾッとするよ。自分が生殖のための獣なんだって気がする」


テーブルの角を見据えて、淡々と続ける貴志に、俺は何か言わなくてはいけない気がした。

けれど、うまい言葉が見つからず、結局馬鹿みたいに世間並の台詞しか出てこなかった。


「……自分を貶めるようなことを言うのは、よくないぞ」

「っふは」


説教臭いうえに偽善的な言葉に我ながら落ち込んだが、貴志は噴き出すとしばらく肩を震わせて笑っていた。


「くくくっ、お前、いいやつだよなァ」

「……どうせ気の利いた事は言えない馬鹿だよ」


タオルの下で笑い泣きした目を擦りながら、呆れたようにしみじみと言ってくる貴志に、なんとも居た堪れなくて、思わず目を逸らした。

ぼやくように呟けば、「そんなことないと思うけど」と笑って、貴志は肩をすくめた。


「大丈夫。こんなことでイチイチ自己嫌悪なんか浸ってたら、オメガは生きていけないよ」

「……そうか」


その言葉を、そのまま受け取るには、俺は貴志を知りすぎていた。




***




一年前、初めて発情期を起こした後。

貴志は一度死のうとした。


小柄で容姿も端麗ではあるものの、成績も運動も優秀で、あまりオメガらしさのなかった貴志は、検査でオメガと判明してはいても、その性に抗い勝つことが出来ると信じていた。

オメガの低俗な本能を精神力でコントロールし、アルファに飼われるように囲われることなく、自分の力で生きていくのだと、決意していた。

そんな気持ちをわざわざ口にすることはなかったけれど、側で見ていた俺には、貴志の心が手に取るように分かった。

検査結果を通知されてから、貴志の表情からは、甘えや弱さがするりと抜け落ち、日に日にとても厳しいものになっていったから。


けれど、不意打ちで襲った発情期が、貴志の決意を粉々にしたのだ。


期末試験の最中のことだった。

中学の教室で、突然に起こったそれは、恐ろしく残酷な現象だった。

立ち上るフェロモン、どんどんと荒くなる呼吸と上昇していく熱、そして体を渦巻く欲情の本能。

見ている人間にも感じ取れるほどの急激な変化は、貴志がオメガとして強い性質を持っていることの現れでもあった。


コントロールし切れない発作に、貴志はあえなく椅子から崩れ落ちた。

騒めくクラスメイトの声が、教室に反響する。

同じ教室にいた人間の目が、友人を見るものから、オメガという生物を見るものへ変わった。


「みんな、騒がないで。試験を続けて!おい、立てるか?」


若い男性教師の上ずった声が響き、貴志は抱えられるように教室から連れ出された。

プライドの高い貴志が、これ以上不本意な姿を見られることはないと、俺は安堵の息をついた。

しかし。


っ、やめろ!


「えっ、貴志?!」


廊下から、切れ切れに貴志の声が聞こえてきた。

保健室へ連れて行こうとしていたベータのはずの教師がヒートに()てられ、廊下で襲い掛かろうとしていたのだ。

貴志が必死に抵抗して声を上げなければ、そして幸いにも小さな叫び声を拾った俺が教室から飛び出て駆けつけなければ、貴志の貞操は危なかっただろう。

誰も信頼出来なくなった貴志を、俺は試験を放棄して家まで送ったのだ。


「なんで、オメガの『本能』なんかに自分を奪われなきゃならないんだ!?」


血を吐くような叫びを覚えている。

初めての発情に混乱し、タクシーの中で下肢へと伸びる手を必死に膝へ爪を立てて押さえながら、貴志は泣いた。


「ふざけんな。なんで、オメガだってだけで、こんな目に」


教室で劣情に支配される様を晒してしまった貴志は、自尊心を甚く傷つけられた。

そして、これまで優等生として信頼と尊敬を集めていたはずが、どれほど優秀でも貴志はしょせん、生殖のための性であるオメガなのだ、と級友たちも見る目を変えた。

激変した周囲の視線に耐えきれず、貴志はヒートが治まってからも、暫く学校を休んだ。


そして、やっと復帰した貴志と連れ立って下校していたある日。


「次のヒートが来る前に死のうと思って」


平然とした顔のまま貴志は恐ろしいことを宣った。


「修一には感謝してるし、信頼もしてるから。お前にだけは、言っておこうと思ってさ」

「っ、貴志?!」


笑みすら浮かべる貴志に仰天して、俺は必死に訴えた。


「早まるな」

「お前はヒートなんかに負けない」

「この間だってちゃんと人間だった」

「お前は理性を保って、馬鹿教師を拒めていた」

「性欲に押し流されたりしなかったじゃないか」

「抑制剤を上手く使って対応しているオメガも大勢いる」

「大丈夫だから、頼むから」


今となっては何を言ったかはっきり覚えていないが、馬鹿みたいにあの手この手で説得しようとした。

けれど、最後にはもう言うことがなくなってしまって、懇願するように「死なないでくれ」と縋りついた。

あまりに必死な俺に毒気を抜かれたのか、貴志はそれ以後そんなことは言わなかった。

思いの外、二度目の発情期が軽かったから安堵し、彼なりに人生への勝算が見えたのかもしれない。


それから貴志は発情期と……いや、オメガの本能と、真っ向から向き合い、戦い始めた。



死のうとした貴志を、止めたのは俺だ。

だから、貴志がもう二度と死にたくならないように。

俺は責任を持って、貴志を守ると決めたのだ。

彼の体も心も、美しいままに。




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