冒険者、ダッシュばばあ転生トラックに遭遇する
コンビニを出て、北方面へと歩いた。
全員が礼儀正しく隠れているのか、モンスターは見当たらない。
ソフィアは熱くなりつつあるアスファルトに寝そべり、四角い無人販売の下を覗き込んだが10円を見つけただけで終わった。
苦労ばかりが多く、モンスターは見つからない。
ただし、違うものもいた。
堂々と、あからさまに、陽炎が立ち上る道路の向こうに、それはいた。
「なんだ、あれ」
「私が知るわけないじゃないですか」
よくわからない人らしきものだった。
なにか大きな荷物を抱えている――いや、それに乗り込み、入っていた。
銀色の四角いものの中央から、足を出していた。
乗っているものの形は、横から見れば縦線が太い『L』の形だ。
タイヤが4つついているが、地面にはついておらず虚しく回転を続けている。
それは窓ガラス越しに二人を認め、「ぶぅん、ぶぅぅぅん」と口で言っている。
今にも駆け出そうと、アスファルトを何度も均している。
明らかに、二人をターゲットにしていた。
「あれ、変な人じゃないですよね」
「位相世界にいる以上、人間じゃなくてモンスターの類のはずだ」
言いながらアルノートは小声で『識別』を行った。
その結果は――
「『ダッシュばばあ転生トラック』……?」
まったくもって意味不明だった。
ばばあ以外のすべての単語が未知だった。
「ぶぅぅぅんッ!!!」
おもちゃの、しかし身体が入るだけの大きさのトラックを無理やりに装着しながら、『それ』は駆けた。
ふざけた装いとは裏腹に、明らかな殺意と、それを可能とするだけのスピードを発揮して突き進む。
細い脚がアスリートさながらの回転を見せる。
二人が一応は歩道にいたことなど気にした様子もなく、明確に『轢こう』とした。
アルノートはその体躯に似合った力強さで、ソフィアは敏捷そのものの動きで回避したが、二人の間を通った勢いは決して侮れなかった。
「時空系の魔術……? なんかわからんが、あれと接触するのは不味い!」
「私、殴る以外できないんですけど!?」
「お前本当に聖女か!」
ダッシュばばあ転生トラックは減速せずにビルへと突進し、そのまま進んだ。
「は?」
衝突したはずのビルは、消えていた。
魔術的な視界を持つアルノートは、あのモンスターが衝突対象を「時空転移させた」ことを理解した。
この位相世界から、存在ごと消し飛ばした。
そのまま減速することなく、進行方向の一切を消し飛ばしながら弧を描いて戻ってくる。
「この世界のモンスター、やばすぎないか!?」
「なんであんなに強力なんですか!」
「おそらく『トラック』とやらが、この世界における『現実的な脅威』だからだ!」
「どんな凶悪なモンスターなんですか、そのトラックって!」
さながら空間そのものを食い荒らすかのように、トラックは駆ける。
直進しかしないために避けることはできているが、段々とその速度は上がっていた。
無人の野を行くように走り、曲がり、加速する。
ばばあの顔は紅潮し、息は適度に激しい、これから本格的な走りを見せてやるぞとダッシュばばあ転生トラックが「ブゥぅんッ!」と叫ぶ。
「これ、下手に止まって魔術を使ったら転送されるぞ……!」
「殴れない敵、嫌いです!」
「だからお前は――」
再び避けようとするが、最適のタイミングでダッシュばばあ転生トラックは足を踏み出した。急停止によるカーブ移動――いわゆるドリフト走行だった。攻撃面が広がり、避けることができなくなる。
「――聖女だろうが!」
「そういえばそうでした!」
ダークエルフの耳をぴこんと動かし、その身体から無形の輝く力を噴出させる。
それは即座にソフィアの腕へと流れ――
「滅っ!」
物騒な掛け声と共に、ダッシュばばあ転生トラックへと直撃した。
魔なるものを征するそれは、明らかにおもちゃ造りのそれに接触した途端、バラバラに砕け散らせた。実はプラスチック製であったことを今更思い出したかのようだった。中心にて走り続けていたばばあは円形ハンドルをぐるぐる回しながら、恨みの篭もった目で睨みつけ――そのまま二人の間を通過した。
轢くための動作はなにも果たせずに過ぎ去り、そのまま転倒、派手な勢いで転がった。
「おお……」
ごろんごろんとボーリング球のように行き、遠くのビルへと到達するが、今までのように消去できずに衝突する。
「ぶぅん……」
上下反対の姿勢で、恨みの顔を変えないまま、ダッシュばばあ転生トラックはその場を即座に離れた。
「あ、逃がした!?」
「いや、まあ、いいだろ……」
ビルの合間を跳ねて行く影を見ながら、アルノートはそう嘆息した。
これは、撃退できただけで良しとすべきだった。
現在のアルノートはレベル32、ソフィアはレベル24である。
「ふざけたあのおもちゃを使って、文字通り遊んでいたな……」
転生トラック部分を剥がしたダッシュばばあとやらはレベル80を越えていた。
敵にしてはいけない相手だった。