冒険者、コンビニでチョコマフィンを食う
「まあ、モンスター一匹を倒したところで得られる金銭は、たかが知れてるな」
「そうですか」
「どうやらここは、積極的に襲ってくるタイプじゃなくて、こっちから見つけて狩らなきゃいけない」
「そうですか」
「だからとっとと外に行って探すぞ、おい」
「そうですか」
ソフィアは意地でも動かなかった。
コンビニのスイーツコーナーであった。
見慣れたプリンやクレープもあれば、見たこともない半透明のものや茶色いものもある。
それらが聖女の心をつかんで離さない。特に――
「この、ちょこれーと、ってやつ、私まだ食べたことないんですよね……」
それがたっぷり入っていると表記されているパウンドケーキの前からテコでも動かなかった。
文字を読むことはできないはずだが、驚異的な嗅覚がその意味を看破していた。
「……それを食うためにも、狩りに行こうと言ってるんだが?」
「狩りをするためにも腹ごしらえがいるとは思いませんか?」
「それ、二個は買えない値段だ」
「?」
心の底から不思議そうな顔だった。
「おい、どうしてお前だけが食うこと前提の顔になっていやがる」
「……アルノートさんにも、わけてあげますよ、だから一個でいいんです」
「割合は?」
「一口、いえ、一欠片で、どうですか? どうかそれで堪忍願えませんか……?」
「半々ってレベルじゃねえ!?」
「なにを言ってるんですか! どんだけ私がチョコを食べたかったと思ってるんですか! 欠片でも分け与えるのは聖女としてもギリギリ限界の慈悲ですよ! 逆にアルノートさんはあまりにも強欲すぎます!」
「お前の慈悲、もれなく強欲で塗り潰されてんじゃねえか! というか俺たちの目的は食料調達だろうが! お前自身が食べること目標にしてんじゃねえよ!」
「その食料を円滑に調達するためにも、ここで購入をテストするべきではないでしょうか、位相世界にいられる時間は限られています、この場にてどのようにそのコインで購入できるのかを確認し、その後に狩りを行うべきでしょう。これは聖女としての見解であり決してチョコいますぐ食いてえ、たまらねえ、もう我慢できねえぜ、ぐっへっへ、という私利私欲ではないのです!」
「後半ダダ漏れだったぞ、いや、まあ、一理ある意見なのは確かではあるか……」
「おお……」
「買うなら、こっちのポーションっぽい形状の水な、これなら二本買えるしな」
容赦のない聖女パンチが、魔術師の分厚い腹筋に突き刺さった。
あまり効いていない。
「ちょこ……」
「いや、今は朝だからいいが、なんかここ蒸し暑くないか? 水の確保は必要だろ?」
「チョコォ!!」
「いや、人間の言葉を喋れ」
「あと水筒に水は汲んできてます! だから平気です!」
「そのパウンドケーキ、見た所パサパサしてるから、水はいるんじゃねえかなあ……」
「ふっ、知らないんですか、アルノートさん」
「何をだよ」
「チョコレートは、とても美味しいんですよ?」
「美味いは全部を解決するマジックワードじゃねえからな?」
結局はアルノートが折れて買うことになったが、多大な苦労をすることになる。
初見の位相世界だ、勝手がなにもかも違う。その点では、たしかに事前の確認は必要だった。
「なんだこの会計機械、ボタンが多すぎる、というか画面接触式ってなんだ!? 結局は欲しい物品にコインを必要枚数接触させるだけで済んだし……なんかもう色々な意味で難易度が高すぎだ……」
「うめえ、うめええ……! これが、ちょこれーと……!」
滂沱の涙を流しながら、欠片も分け与える様子を見せずに喰らいつくソフィアは、そんなアルノートの苦労など知ったことではない風だった。
そのバクバク食っているものは、接触させたコインを消失させた。
まるでソフィアがコインを食ってるようだなと思う。
「金のかかる世界だなあ、ん?」
ふと棚の様子を見て気づいた。
「ああ、板チョコとかも売ってたんだな、値段的にもう購入はできんが」
「なんで今になってそんな罪深いことに気がつくんですかアルノートさんッ!」
ソフィアは血走った目で店内を探したが、そこにはいかなるモンスターもいなかった。