冒険者、コンビニで雑魚モンスターを退治する
橋に飾られているドラゴンらしきものに喜び、馬車が行き交うと思しき道幅の広さに慄き、木々が規則的に生えている光景にアルノートは感心し、ソフィアは苦言を呈した。
ただ、いつまでも喜び驚いているわけにもいかない。
「そうだ、飯だ、食い物を確保するぞ」
「そういえば、そうでした」
「いや、しかし川をここまで制御してあるのは、すごいな」
「言った傍から脱線してません?」
「すまん、だが、ここまで治水してあるってことは、それだけの技術があり、同時に財政的な余裕があるってことだ」
「つまり?」
「それだけ豊かで平和な場所だ。労働力をこれらの工事に回せるくらいにな」
魔族に侵略されていた故国では叶わなかった。
そんな余力があるなら防衛と生産に回した。
長期的に見れば得とはわかっていても、捻出できるだけの余裕がなかった。
「とんでもなく羨ましいな、川の流れの制御は、大国の条件だ」
「エルフとしては自然が一番ですけどね」
「お前は絶対エルフの自覚とかねえだろ」
「ありますよー、大いなるベッドはすべてを包み込みます」
「ただのネボスケだ、それは」
そうして探索しようとしたのは、やけに小綺麗な建物だった。
「なんです、これ?」
「商店、いや、違うか? だが、なんか色々と中にあるよな」
「出入り口が行方不明なんですが、え、ここの住人って全員がアルノートさんみたいな魔術師なんですか?」
「日常的な移動で転移魔法使ってたら、魔力がどんだけあっても足りん」
「なら隠し扉が――」
透明なガラス二枚が、自動的に開いた。
特徴的な音楽が流れる。
猫のように飛び退き、ソフィアは反射的にファイティングポーズを取るが、あまり意味はなかった。
「……お?」
「魔術的な機構か? 面白いな、どういう理屈だ、これ」
「……私を驚かせるなんて、ふてえ扉です」
「できないとは思うが、壊すなよ」
「これ、ガラスですよね、パリンとやりましょうよ、パリパリんと」
「無理だっての――あー、どうやら『コンビニ』って名前の店か、ここ?」
位相世界のものは傷つけることができない、そのような基本法則がある。
ダンジョンの壁を壊そうとしてもできないようにである。
彼らはあくまでも侵入者であり、訪問先の物質を損なうことはできない。
「……まあ、壊して全部持ち帰れたら、どんだけ良いかと思うことは多いけどな……」
「飯! くいもん! え、これすごっ」
夢のような光景だった。
パンが、肉らしきものが、見たことがない食い物が、調味料や飲み物が並んでいる。
「私、ここに住む……!」
「飲み食いとかできないけどな」
「このパン、なんか美味しそう!」
「あー、名前はこれの固有名詞か? ちょっと意味までは分からん」
「うひょぉー! 冷たい、つべたい!」
「扉を開けるな、というか、こっちは自動開閉じゃないんだな」
表のドアと似たようなガラス張りだが、引いて開けるタイプの手動扉だった。
「中にあるのは、ポーションか? やけに柔らかい素材のように見えるが」
「というか、ここすご! え、すごい種類!」
「まあなあ」
たまたま入った手近な店だ。
決して富豪向けの高級店ではないだろう。
出入り口付近に衛兵が陣取るための施設もなかった。
自由な出入りが許されている。
「けど、持って帰るのも難しいぞ」
「……なぜです」
「いや、もうわかってんだろうが、これらは破壊不可能なんだよ、手に入れたきゃこの世界の条理に従う必要がある」
一般的には点在する宝箱から手に入れるが、ここでは違うだろうと思えた。
なにせ宝となるものがそこかしこにある。
何らかの手段で「破壊不可能」を解除する形だろう。
「生殺しな……」
「とはいえ、他に――」
アルノートはふと視界の隅に異常を捕らえた。
ソフィア以外の、動くものがいた。
それは精算所らしき場所の裏側に潜んでいた。
「アルノートさん?」
人差し指を立てて静寂を指示し、同時に魔法の杖をそちらに向ける。
体躯に合わせたそれはほとんど鈍器のように見えたが、超常の力を同じように発揮する。
「『穿棘』」
透明な棘の嵐が、その一帯で暴れた。
本来であれば店内が酷い有り様となっていただろうが、この場にあるのは「破壊不可能」のオブジェクトばかりだ。
甲高い音をさせて反射するばかりで微動だにさせず、潜んでいた敵だけを撃ち抜いた。
反射的に飛び出たのは、10センチばかりの飛行するものだ。
ぎぃ――
と呻く音と共に逃げ出そうとする。
「え、おっさん……?」
「こんな小さくて羽を生やしたおっさんはいねえ!」
次の魔法準備をしながらも、『識別』の魔術を飛ばす。
魔術的な視界の中で、ハゲ頭で泣きそうな顔で飛ぶそれの下に『小さなおっさん タイプフェアリー』という文字が表示された。
「そのまんまか!」
思わず叫び魔術構成が霧散する。
代わりに聖女が駆けて、跳躍した。
「てや」
気の抜ける声と共に、ソフィアの蹴りが宙にいるそれを捉えた。
インパクトの瞬間に腰のひねりを入れて蹴飛ばす方向を変え、床へと叩きつける。
洒落にならない勢いでの激突は、しかし、生々しい音をさせず、乾いた音を生じさせた。
ちゃりんちゃりん、というコインの鳴る音を。
「あ、なんか脆い?」
「ソフィア、よくやった」
「あー、うん、それほどでもないです?」
アルノートは、転がったそれらを確かめる。
どうやら魔術的な要素はなさそうだった。
「というか、それってお金ですか?」
「そうらしいな、まあ、モンスターを倒したんだから、当然だけどな」
円形の銀色をしたコインが一枚、中央に穴が空いたコインが二枚、銅色のコインが四枚、金色をした穴が開いたコインが一枚落ちていた。
「小さいが――たぶんこれ合金だな」
「うわ、彫ってるの細かっ、目が痛くなりますね」
「これがこの世界の金銭なんだろうな」
「ひょっとして、買えます? これでなんか買えます?」
「ちょっと待て――これが100で、これが50、これが10か……?」
ただし、一枚だけわからなかった。
「俺が知っている数で書かれていない」
「金色だし高価なものですよ、きっとこの店も買えるくらいです」
「あの小さいおっさん、そこまで強敵じゃないだろ、まあ、色的に高級そうだけどな」
アルノートは慎重に折りたたんだ布へとそれをしまい込んだ。
『五円』と書かれたそのコインを。
翻訳知識から知った数、10や50や100といったアラビア数字ではない、漢数字でだけ書かれた硬貨であった。