冒険者、モンスター対決から逃げる
二人がそんなやり取りをしている中、声が聞こえた。
「ぶぅぅん……」という低い唸り声のような音だった。
「お」
「これって」
見れば、再び現れていた。
ダッシュばばあ転生トラックだった。
だが、今回はおもちゃのそれではなく、本物だった。
車の運転席に乗り込み、まっすぐに見据えている。
直列四気筒二ステージエンジン四トントラックであった。
正確に言えばダッシュばばあ長距離転生トラックである。
より遠くの世界へと、更に力強く転生させる。
対象は、しかし、二人ではなく、別の相手だった。
「あ……」
「待って待って、それは駄目ですよ!?」
明らかに彼らの背後、『ヒロイン』をばばあは睨んでいた。
「ソフィア、無理だ、割り込むな! 前よりもパワーアップしてる!」
「ですが、ですが、アルノートさん、このままだと……!」
「俺だって同じ気持ちだよ! それでもだ!!」
この世の終わりのような顔をしたソフィアと、血を吐くように言いながら彼女を引きずるアルノートを尻目に、転生トラックは発進する。
まっすぐに、他など一顧だにせず、ただ『ヒロイン』に向けて。
もっといえば、デパートへと。
「『ヒロイン』は、俺たち以上の排除対象か……!」
「あの人、ひょっとしてものすごく迷惑な人でしたか!?」
「今更気づいたか、あれは運命改変者だ!」
「というか、転生トラック対ヒロインって、なんですか!?」
「それは俺が一番言いたい!」
両手いっぱいの食料を持った冒険者二人の横を唸りを上げてトラックは通過する。
対する『ヒロイン』はそれを真正面から睨み返す。
世界から消し飛ばす攻撃と、世界そのものを味方につけた防御が激突し――
「うわ!?」
「ひぅ!」
爆発――とも違う異様が巻き起こった。
次元が歪み、世界が軋み、わずかに向こうの景色が見える。
多数の人々が行き交う――午前中の半端な時間であるにも関わらず大勢の人がいる光景だった。
見える範囲だけで村の人口を超える。
「ぶぅぅぅんん!!!!」
「負けません!」
そんなことなど気にした様子もなくダッシュばばあはアクセルを踏み、『ヒロイン』は主人公補正という名の絶対防御をより強固にする。
「この位相世界そのものが悲鳴を上げていやがる、とっとと逃げるぞ!」
「服の一着……せめて下着くらい……!」
「そんなものに命かけるなよ!?」
「肌触りのいい下着って命をかける価値があるんですよ!」
「ねえよ!?」
「あーりーまーすー!」
「ああ、もう!」
「へあ!?」
アルノートは強引にソフィアを抱えた。
お姫様抱っこであれば絵になっただろうが、そんなことを言っている場面ではない。
米俵を肩に担ぐような格好で確保し、そのまま駆ける。
「この妻、マジで面倒くさい!」
「な、なに言ってんですか、こんな横暴な夫とかいりません! というか振動が、振動がみぞおちに!」
「荷物は落とすなよ!」
「もっと別の心配を!」
「それ落としたら、お前が村人から突き上げくらうだろうが!」
「聖女に文句をつけるような不信心な人とかいませんー!」
「飯の恨みを甘く見るな!」
「……そういえば最近、エバンスさんが飼い犬をじっと意味深に見てるときありました……」
「村の困窮具合、愛犬家がそんな顔するようなレベルだろうが!」
言い合いをする間にも空間の軋みは大きくなる。
トラックの唸りと、『ヒロイン』の前向きな声も大きくなる。
それはもはや異界の獣の咆哮のようだった。
意味ではなく力を、その存在の在り方そのものを示す振動だ。
平穏で静謐だった位相世界が崩壊を開始した。
きっと勇者と魔王の対決は、このような有り様だったのだろうと思わせる、この世の果てのような有り様だった。
「ひぃ、夫、夫! もうちょっと早く走ってください! よくわからない崩壊が近くまで迫ってます!」
「力が抜けるようなことを言うな! 今の俺はかなり必死だ!」
「あー! やっぱり嘘だった! この筋肉嘘をついてた! なんでそこで力が抜けるんですか、愛の力でパワーアップじゃないですか! 乙女心を弄びましたね!」
「うっさい、黙ってろ、無事に戻れたら結婚くらいしてやるよ!」
「――」
「そこでマジで黙るなよ!?」
「うぼあ……」
現在、肩に担いている格好だ、お互い表情を見ることはできない。
アルノートは今ソフィアがどんな顔をしているのか無性に気になって仕方なかった。
きっと彼自身は、これ以上無いほど顔が赤いのだから。
「! ポータルだ!」
「え、あ、もう……えと……」
長方形に発光する出入り口、二点を繋ぐそこへと駆け込んだ直後、崩壊の波動が行き過ぎる。
それは真っ赤っ赤だったソフィアの顔が青ざめてしまうくらいのギリギリだった。
結果として、位相世界は崩壊した。
二人の対決は引き分けであり、互いに別の場所へと飛ばされた。
正しく元の場所に戻れたのは冒険者たちだけだった。
ダッシュばばあ長距離転生トラックは日本のどこかの山深い道路をいつの間にか走っており、不本意そのものの顔でトラックを走らせた。
アクセルを踏み、加速する。
対象をどこまでも追いかけて、今度こそ正しく『転生』させなければならない。
『ハナコ・ヒロイン』は学校のトイレで気がついた。
本来の住居であり、もっとも縁深い地点であったからだ。同時にそれは、遥か過去の「トイレの花子さん」の元となった事件が起こる日時でもあった。己の起源であり、発生理由となった悲劇だ。
これに対して『ヒロイン』がどう動くのかは、まだ誰も知らない。