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冒険者、犬も食わない

「やばかったあ、いや、助かった」


心からアルノートはそう言った。

両手には抱えきれないほどの食料を抱えている、大半は小麦粉やパスタ類だ。

地下二階という、常識外の立地にあった食料売り場から入手していた。

手に入れたものは日持ちがする食べ慣れたものだった、どれだけあっても足りない。


「ソフィアも黙っていてくれて助かった、想像以上にヤバいところだよな、ここ」


その聖女も両手に抱えていたが、いくつかは菓子類も手にしている。

もっとも、下を向いて黙ったままだ。


それに不審を覚えながらも、アルノートは割と油断をしていた。

すでに最大の危機(ヒロイン)からは逃れた、他にも危険はあるがなんとかなるはずだった。


「あの――」

「どうした? さっきから黙って、あ、ちょっとくらいは金が余ってるから、ハンカチだっけ、それくらいなら買えるんじゃないか?」

「アルノートさん?」

「なんだ?」

「私って、さっきプロポーズされましたよね?」


立ち止まる。

頭の中が完全にフリーズする。

ここで「は、お前なに言ってんの?」と言い出さなかったことを褒め称えたくなった。

だが、心の中ではその言葉で満杯だ。


仮にここでそれを言えば、嘘がバレる。

敵は『ヒロイン』だ、この世界そのものを味方につけたモンスターだ。

発言すべては筒抜けと思うべきだ。

というより、ソフィアの言葉が現時点でもうギリギリだった。


(どういうことだ?)


泡のような疑問は、すぐに答えに行き着いた。

ソフィアは、『ヒロイン』が運命を捻じ曲げるような敵であることを、知らない。

それをアルノートは説明していない。

彼女の視点からすれば、アルノートが『事故』から身を挺して守ってくれたと思えば、その『ヒロイン』が回復の手助けをして、いきなり彼が「妻だ」と宣言したような状況だった。


大前提として、ソフィア自身の命が危険にさらされている、という認識がなかった。

緊急避難としての行動ではなく、単純にいきなり抱きしめて「俺たちって結婚してるんだ!」と激強モンスターに告げた状況だった。


その後に「いやいや、アレって冗談だから」みたいなフォローもなかった。

アルノートとしては、当然ソフィアがそうして危機的状況を共有していると思っていたからだった。


「――」


青ざめた顔でソフィアを見れば、視線を逸して唇を尖らせていた。

感情をあまり表に出さないようにしているが、明らかにとんでもなく照れていた。


本気で結婚を申し込まれた、けど本当に?

そんな雰囲気だった。


(やっばあ……)


アルノートは、自分の詰み具合を自覚した。

ここで否定することはできない、それは『ヒロイン』の危機が復活することを意味する。


状況説明ですら、危険だろう。

それは「アルノートとソフィアが結婚していない」ことを大声で喧伝する。

上手いこと避けて説明すればいいのかもしれないが、少なくともアルノートは即座に思いつかなかった。


だからといって安易な肯定は、ソフィアをこれ以上無く傷つける。

それは実際のところ気概とかまったくなく言った言葉だった。


(う……)


すぐに、言わなければならない。

ソフィアの言葉は、間接的な婚姻関係の否定だ。


だがこんなときに限ってアルノートの頭がカラカラと空転する。

見守る審判のように、デパート出入り口には『ヒロイン』がいた。

夏の日差しを背に、ほがらかに微笑んでいる。


その姿を見て、決める。


「すまん」

「あ――」


アルノートが取った作戦は。


「失血死寸前だったせいかもしれない、たぶん、そのせいだろう」

「そうですか……」

「俺はソフィアと結婚していたつもりだったんだが、実は違ったのか?」

「はえ?」

「どうなんだ?」


ソフィア側に丸投げするという無茶苦茶卑怯なものだった。


「ア、アルノートさんはどうなんですか!?」

「うっすらと記憶にあるんだが、お前、俺と一緒に暮らしてたよな?」

「ほうあ!?」

「早朝のリビングで寝てる姿を見たし、一緒に朝飯を食った記憶もある」

「そ、それは、よくあることでしゅ?」

「よくあったら駄目だろう、というか噛んだな」

「放っておきましょうよ、そこは!」


言い合いながら『ヒロイン』の横を通り過ぎる。

アルノートとしては冷や汗をかきまくっていたが、二人のやり取りは犬も食わない類のものであり、『ハナコ・ヒロイン』は「あー」という顔で見送るだけだった。


夫婦の絆を引き裂くのももちろんだが、ケンカばかりするが仲のいい幼なじみに割り込むのも、それなりに『ヒロイン』らしからぬ行為だからだった。

少なくとも、仲を引き裂くのに相応の時間を必要とする程度には。


「まあ、あれだ」

「なんですか!」

「死に際で考えていたことが、ソフィアだったのは、本当だ」


聖女のダークエルフは立ち止まる。

魔術師が振り返り見た姿は、両手の紙袋いっぱいに食料を抱えて、これ以上ないくらい頬を膨らませた姿だった。


「てい」

「うわ、蹴るな」

「ていてい」

「なにが不満なんだよ、お前は」

「絶対憶えてますよね、絶対全部憶えてますよね!」

「なんのことだ?」

「ふーんだ、もうリビングに侵入してあげませんよ」

「それがお前の中で褒美になってるのって、どういうことなの?」


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