冒険者、悲劇を回避するが誤解が直撃する
『ヒロイン』の魔の手から逃れるのにはどうすればいいか?
いくつかの手があるだろうが、ソフィアに被害が及ばないようにということを含めれば選択肢は限られる。
すでに結婚していて、しかも死別していない、険悪だったり疎遠でもない夫婦、ここから男を奪うのは『ヒロイン』の所業ではない。
他人の幸せな結婚生活を破壊するには、正当な理由がいる。
『ヒロインのプロット』を回避するには、これくらいしなければならない。
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、あまりそうは見えないようですけどね」
まして、アルノートは気にしていないが、ソフィアはダークエルフだ。
人間との婚姻はレアケースであり、過去に様々な困難を乗り越えたことを示唆している。
そのようなカップルを、ましてや夫婦を引き裂けるだけの理由の作成など、この世界そのものを使っても無理がある。
「ぐ、むう、ちょっとアルノートさん?」
抱擁という名の拘束から、どうにか顔だけを抜け出し、ソフィアは魔術師を見上げた。
もちろん、文句を言うために。
だが、アルノートの顔は、今までに一度も見たことがないほど真剣だった。
一切の妥協も嘘もなかった。
それはソフィアが初めて見るものだ。「自分だけのために戦う男の顔」だった。
「うぇあ……」
呻く声に気づいて、アルノートは見下ろす。
ここで「いや、何言ってるんですか」などと言われては元の木阿弥だ。
目線だけで、伝えようとした。
(俺は、お前を助けたい)
その想いを乗せる。
同時に、強く強く抱きしめる。
伝わったのか、ソフィアは顔を下げて大人しくなった。
(よし、嘘を把握して、話を合わせてくれるってことだな!)
そう理解した。
「わ、わかりました」
『ヒロイン』の口元は、引きつっていた。
だが、その在り方を変えないために出来ることは一つしか無い。
「じゃ、邪魔してはいけませんね」
「ありがとうございます、ああ、それと散らばるコインを拾ってもいいでしょうか?」
「ええと、どうしてでしょうか」
「私達は故郷の食糧問題を解決するために、ここにいます。当座の危機を乗り越えるためにも必要なのです」
「あ、そうなんですね! もちろんどうぞ!」
『ヒロイン』から、この世界そのものを味方につける存在から行動が保証された。
それに満足しながらも、『ヒロイン』が「じゃあ、わたしもお手伝いしますね!」という言葉をどうにか否定しなければならなかった。