冒険者、運命を知り致命傷を負う
通常、位相世界に現れるモンスターは誰もが忌避する対象だ。
人型のそれであれば殺人鬼や罪人が担当する。
それによって異なる世界からの侵入者である冒険者を撃退する。
だが、ここではそうではないらしい。
ヒロインという通常であれば憧れの対象が「忌避される対象」として、あるいは「冒険者を退けるための装置」として出現していた。
「やばい、やばいぞ、色んな意味で危険だ」
「え、なにがですか?」
「あれには攻撃が届かない」
「へ……?」
「主人公補正だ! この世界そのものがアレを助けるために動いている、俺たち冒険者が何をどうやっても勝てない相手だぞ、あれ!」
見れば濁流のような炎を平然と歩いていた。
花子さんが歩く箇所だけが綺麗に黒炎が消え失せていた。
「なんですか、それ!?」
「俺も知らん! 『識別』の結果がそう言ってるんだよ!」
「私達モブ扱いですか!」
「そうだよ、たった今からあれが世界の中心だ!」
花子さんは歩く。幼い容姿、平凡な姿で。だが、その内に様子が変わった。
短い時間の間に、成長をしていた。
おかっぱの髪は長くなり、手足はすらりと伸びていく、合わせるように衣服も変わる、彼女の容姿に相応しく目立ちすぎない慎ましさだが、実のところは誰よりも注目を引くように設計されたデザインで。
「近づくな! あれに向けてこの世界すべてのモンスターが引き寄せられている!」
「なんか私達に近づいて来てませんか!?」
「マジか!? うわ、マジだ!」
名称までもが変化していた。
それが根幹部分であることなど知らず、ただひたすらに見合ったものへ変化する。
今の彼女はモンスター名『ハナコ・ヒロイン』だった。
トイレ要素はヒロインとして似つかわしくないので削除された。
平凡で力のない女子として、見知らぬ場所を行くものだと規定された。
「なんでこんな短時間でパワーアップしてんだ……!」
「あの服、ずるいです!!」
「言ってる場合か!」
そう、それはヒロインだった。
良きにつけ悪きにつけ、変化をもたらすものだ。
だからこそ、過去にそれと出会い、破滅したものは狂乱する。
『悪役令嬢』としての役目を持ったマネキン人形たちは次々に自壊する。
それらの攻撃は『ヒロイン』を対象としていたが、彼女が接近しようとしている二人も巻き込んだ。
「ちょおぉ!? どうしてギロチンの雨とか降ってるんですか!?」
「あっちに行くな! 次元の彼方に幽閉されるぞ!」
「あの子を中心にして本当に地獄絵図なんですけど!」
「というか、どうしてこっちに来てんだ!?」
当然、彼らが『トイレの花子さん』を呼び寄せたからだった。
召喚者を追いかける性質がある。
だが、もう一つ事情があった。
今の彼女は『ハナコ・ヒロイン』である。
ヒロインである以上は対になるヒーローがいる。
現在、この世界で該当する人間は、一人しかいない。
腰掛けの一時的な対象ではあるだろうが、アルノートくらいしか「ヒロインを助ける男性キャラ」が存在しなかった。
「――っ!」
アルノートの全身が冷えた。
ハナコの視線は「あー、こんなのしかいないか、まあ、ちょっとくらいなら我慢しようかなあ」くらいの興味だったが、その部分ではない。
理解による恐怖だった。
彼はある程度は物語を読んでいる。
話におけるお約束を把握している。
こうした場合――
「畜生が!」
「え」
そう、攻略対象の傍に仲の良い女性キャラがいれば、それは「ヒロインが関わらない不慮の事故」により死亡するのが常だ。
その悲劇を切っ掛けに――あるいはダシにしてヒロインとヒーローの距離は縮まる。
通常であればそれは本当に純粋な事故として起きるが、この場においては当然の法則として成立してしまう。
天井付近のガラスが割れた。
どんな偶然か大きく、凶悪な鋭角を描いて落下する。
「ぐっ」
ソフィア目掛けて落ちたそれから、巨大な筋肉が覆い守った。
ローブの防御性能を貫通し、肩口からまっすぐ突き刺さっていた。
それは体を貫通し、ソフィアの眼球の直ぐ近くで停止した。