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冒険者、位相日本の東京へ行く

いまさらの話ではあるが、世界は滅びた。

最悪の魔王が放つ極大破滅魔法で崩壊した。

勇者と呼ばれる人間ができたことは、それよりも前に「世界を斬り刻む」ことだけだった。

破滅の影響から外れて、世界そのものからも外れ、すべての地方は亜空間を漂った。


ここタオウの村は、その中でも「細かく刻まれてしまった」場所だ。

村1個だけで異空間を漂っている。

隣村への通路途中なんかはバッサリと途切れている。


必死になって救おうとしてくれた勇者に文句を言うのは心苦しいが、もうちょっとくらい大きく切り取ってくれても良かったんじゃないか?


 7月31日 アルノート・エヴァンス



 + + +



タオウの村は今日も変わらず曇りだか晴れだか分からない空模様で亜空間を漂っている。

怯えていた隣家の犬はもう慣れて、「またか」という顔で吠え、狭くなった散歩ルートを嘆いていた。


田舎としての長閑な風景に、少しだけ特徴的な家がある。

ひょろ長い建物の形状は実用目的というより、偏屈さの表れだ。


もっとも、その偏屈さはずいぶん古びていた。

所々の壁は剥がれて、代わりのようにツタが覆う。

お化け屋敷一歩手前、実際、夏の夜の子どもたちの人気スポットでもある。肝試しに最適だと評判だ。


「あのな……」


その屋敷の主はしかし、こめかみを解して怒りを堪えていた。

代替わりした二代目は、魔術ローブがまったく似合わぬ筋骨隆々の体躯から、形ばかりは知的に人差し指を振って言う。


「たしかに今日は、探索の日だ、冒険に行かなきゃいけない日だ、そりゃわかる、それはよぉくわかってる」

「ですよね」


丁寧な返答とは裏腹に生返事だった。

より正確に言えば「でぇふよぉへぇ……」と発声していた。

半分以上、意識が眠りの世界に漂っている。


問題は、ここが魔術師の家のリビングであり、ソファーに寝転がっている少女を魔術師が招待した覚えがまったくないことだった。


「だから遅刻しないようにする、っていうのは、まあ、そりゃな? いい心がけだとは思う、思うんだが……」

「なら、いいじゃないですか、なにを怒っているんですかアルノートさん、あ、牛乳飲みます? その冷蔵庫ってところにあるらしいですよ」

「ここは、俺の、家だ! なに勝手に上がり込んで寝てんだソフィア! 自分の家で寝ろよ! というか俺の家の冷蔵庫の中身を把握してんのはなんでだよ! そして自分で取りにいかずに俺をパシらせんのかよ!」


ソフィアと呼ばれた者は、目も開けず、ソファーに寝転んだままで言った。


「いやですねえ、勝手に他の人の家を漁ってはいけないんですよ? アルノートさんは、たまに常識ないのが困りますよね……」

「俺の家の防犯設備突破して勝手に眠りこけてる奴に言われたくねえ」

「だって、昔からここは、子どもたちの肝試しのメッカじゃないですか」

「だから何だ?」

「抜け穴の二つや三つ、すでにもう作ったに決まっています」

「作ったのかよ! 見つけたんじゃないのかよ!」

「公認の秘密基地です」

「もう代替わりしたんだ、俺の公認はねえ」

「えー」

「というか、見覚えのあるナッツをぼりぼり食ってんじゃねえよ」

「これは聖女へのお布施です」

「強奪をお布施とは言わん……というか、いまだに信じられねえ」

「なにがです?」

「お前みたいなグータラなアホが、聖女認定された事実がだよ」

「ふふふ、すごいでしょ?」

「ああ、凄い凄い、分断前の聖女判定委員会の目の節穴具合が凄い」


ぶんぶんと振る手は、魔術師らしからぬ威力を秘めている。

それだけ鍛え上げられていた。


対して、にへー、と笑う側は一応は聖職者としての服装をしていた。

華奢な身体であり、同時に、その耳は長く、その肌は奇妙に黒かった。


「そこで先祖返りのダークエルフなのに聖女認定なんて、と言い出さないのがアルノートさんのいいところですねえ」

「ヘンに褒めるな、気色悪い」

「朝ごはんはまだですか?」

「そして即座にタカるな」



 + + +



世界は分断された。

世界は強制的に収縮された。


村1個分の世界だ。定期的な交流はなくなり、人も情報も流れない停滞が現れた。

平和ではあるが澱んでいる。


また、即物的な問題もあった。

切り分けられて失われた部分には、畑などの生産地があった。

残った部分も、太陽だかなんだかわからない光が照らす環境では、いままでのようには育たない。


つまり、強引にでも『外』へ行かなければならなかった、食料を得るために。

農耕社会のはずが狩猟民族に逆戻りかとはアルノートの言だが、どちらにせよ、この『分断世界』で生きるためには冒険は必須だった。


「よし……」


魔術的な位置関係を示し、二点を繋ぐ――そのような空間転移の魔術を発動させ、アルノートは頷いた。


それなりに高等魔術ではあったが、今となってはまるで違うものと化していた。

分断世界において空間転移は、実質的な異世界転移だ。


なにせ、ちょっと遠くまで行こうとすればすぐ亜空間だ。

以前であれば四苦八苦して越えなければならない世界間の境界がもはや無い。


「じゃあ、行くぞー」

「おー」


だからこそ、外へと出て、玄関ドアに魔術的な回路を起動させる程度で接続可能になっていた。


「肉とってこいよー!」

「あ、できたら布ちょうだいね」

「あの、できれば、ペット用の餌があれば……」

「菓子ー! 飴ー!」

「がんばってくださいー」


アルノートはそれらの応援に答えながら、最後にしれっと応援側に混ざっているソフィアの耳を引っ張る。


「はい、善処します。そしてソフィアはこっちだ」

「痛い、横暴! 横暴です、この筋肉魔術師!」


暴れるソフィアを引きずりながら、扉を開けて魔術的な空間を通る。

ポータルと化した出入り口は白く発光する長方形となり、異なる地点をつなげる。


くぐり抜けた先は――


「……は?」

「おお?」


静かだった。

なにひとつとして音がしなかった。


いや、正確に言えば風が吹き抜ける音や、川の水が流れるわずかな音がする。

しかし、同時に閑散としていた。


すでにもう異世界、正確にいえばズレた『位相世界』であった。


人間や動物などの命はないが、建築物があり水車や時計などのシステムは変わらず動き、侵入者を打ち倒そうとする敵対的なモンスターがいる。


それは「現住生命が存在しないIFの世界」であり、実質的にはダンジョンだ。


「これは、凄いな」

「うわあ……」


廃墟としての、閑散があった。

石造りの巨大な建物がいくつもいくつも立ち並んでいる。


直方体の、大理石造りと思われるものは議会のそれと似ている。

だが、元の世界では国家中枢に大きく建てられたものが、ここでは町並みに埋もれている。


にょきにょきといくつもの塔のようなものが生え、空中を横切るような橋が渡り、鉄とガラスを組み合わせた構造物が地下通路へと手招きしている。


全体としては灰色を基調とした造りであり、背後の白く発光するポータルが場違いだった。


「あれって、文字ですか?」

「あ、ああ」


アルノートは戸惑いながら、翻訳のための知識を自身の脳に一時的に焼き付ける。

すべてを解読できるわけではないが、幸いなことにそれは読めた。


「この国の名前の橋、らしい」

「おお、国一番の橋だったりします?」

「違うようだが、詳しくは俺にも分からない……いや、というか、これどっちだ?」

「え? なにがです?」

「割と馴染みがある川を渡るための橋と、クロスするように宙を渡っている橋、どっちが、あー、『日本橋』、ってやつなんだろうな」


コンクリート製のそれらを前に、魔術師と聖女はあまりに不似合いだった。


「ひょっとしたら両方ですか?」

「さすがに……」


あまりに知っている風景と異なり、彼らは戸惑うことしかできなかった。


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