懺悔の教会と罪の代行者
「それでは、お聞かせください」
とある田舎の小さな教会。
その中にある木で組まれた小さな小部屋の中。
その静謐な室内で若いシスターがそう言った。
懺悔室あるいは告解室と呼ばれるそれは、己の罪を告白し神に赦しと和解を得るものだ。
多くの宗教においてこういった『自身の罪悪感と向き合う行為』は形を変えて存在しており、例に漏れずこの教会にも変わった形で存在していた。
2部屋1セットの懺悔室の中は、部屋と部屋の間に声のみが届くような小さな穴しか空いておらず、室外に音が漏れることもない。
つまりこの部屋での告白は、罪と向き合う本人と神の代行者たるシスターのみしか聞いておらず、そのシスターも告白者の素性が掴みづらい。そんな匿名性が高い部分が自身の罪の告白を促しているのだろう。
――まあ、シスター以外にも聞いているやつがいないこともないのだが。
「はい、では懺悔します。少し長いのですが、申し訳ありません」
今回の告白者は、中年の特に特徴のない男だった。
ただ、酷く憔悴した様子であり、彼の素性を知らなくても「ああ、何かあったのだな」と感づくのは容易であった。
男は一息入れ、話を始めた。
「私は娘が3人おりまして、町で妻共々暮らしておりました。身内贔屓に聞こえると思いますが3人とも私に似ずとても器量がよく、町でも人気者でした。一番上の娘がそろそろ十五になるので、嫁に出さなくてはならないなどと冗談交じりに言っておりました。あんなことになるとは思わずに……」
そこまで話し、男は頭を抱えてしまう。
在りし日の日常を思い起こし、後悔に苛まれているのだろう。
だが、恐らくこの後悔は本題ではない。
「……続けてください」
シスターは話を促す。
その声に背中を押されるように、男は話を続ける。
「はい。私は小さな店をやっております。日用品を売ってまして、娘たちにも店番を手伝ってもらったりしていました。そんなある日のことです。店に貴族様がいらっしゃいました。当時知りませんでしたが、その方はこの地域の領主様でした」
男が領主のことを知らないのも無理はない。
件の貴族はつい半年ほど前に領主となったが、領主として領民に姿を見せていなかった。
「――――」
『領主』という言葉を聞いたシスターが僅かに息を呑む。
まるでその言葉を待っていたような、逆に聞きたくなかったかのような僅かな感情の動きが漏れ出ているのだろう。
壁を一枚隔てた向こうの男にもそれは感じ取れたらしい。
「どうかなさいましたか?」
「――いえ、そんな方がいらっしゃるなんて、貴方の経営するお店は評判が良いのですね」
「ああ、そういうわけではないのです」
シスターはどうにか軌道修正する。
どうやら誤魔化せたらしく、男は話を続け始めた。
「その日、私は奥で作業をしており娘が接客をしていたんです。在庫の管理なんかは私がしなくてはならないので。そうして作業をしていると店先から娘の悲鳴が聞こえてきたのです。急いで娘の元へ駆けつけると、小太りの身なりの良い、私と同じくらいの歳の男が『この女を愛人として連れてゆく』と」
つまり長女が店番をしているところを通りがかり、一目惚れしたらしい。
いや、実態はもっと性欲にまみれているが。
「唖然とし、それでも娘を無理に連れて行こうとするのだけは止めに入りましたが、領主様のお付きの方に阻まれ連れて行かれました。それが一昨日の話です」
男は一息つく。
よく見てみれば男の体のあちらこちらに打撲の跡がある。少なくとも抑え込まれただけではないだろう。
男は葛藤するように続ける。
「わかってはいるのです。このような話、あのように急に強引に決められていても私の立場では断れるわけ無いのだと。一介の商人と貴族様では立場が違うのだと。それに、娘も幸せかもしれません。少なくとも私達と暮らしたり普通に結婚するよりも贅沢な暮らしはできますから。……それでも私は娘を取り返すために領主様の元へ会いに行きました」
男が娘を取り返したいと思う気持ちは正しい。
感情論を抜きにしても、愛妾などという立場はよほど貴族の身分が高くなくては待遇は良くないものである。少なくともこの国では。
こんな田舎の領主に押し込められる形で任命されるようなものに高い身分などあるはずはなかった。
「正直に言えば、門前払いをくらうと思っていましたが、領主様は話の場をくださいました。しかし、その場で言われたのは『貰ってやったのだから感謝して欲しい』『飽きたら娘は返してやろう』『姉妹も貰ってやろうか』と。その時すでに怒りが湧いていたのですが、それでも娘を返してほしいと懇願しました。そうしたら、札束を投げられ『これで帰れ』と。そこからどう家に帰ったのか覚えていません。ただどうしようもない怒りに頭が真っ白になっていたんです」
「――それは苦労なさいましたね」
男は話は終わりだというように大きく息を吐いた。
シスターはここまでの話を聞いてようやく相槌以外の言葉を話し始める。
「貴方の苦悩、葛藤を理解しました。ですが、この教会に懺悔しに来ているのですからわかっていますね」
「はい、私は罪を抱えています」
シスターは男自身に自覚を促すように語りかけ、男もそれに答える。
この教会が所属し、国教にもなっている七龍教と呼ばれる宗教には、何よりも大切な教義とされているものがある。それが――
「貴方の抱える憤怒は人の身に余る感情です。抱え続ければやがてその怒りが育ち、魂を腐らせ、身を滅ぼすでしょう。過ぎたる憤怒は罪なのです」
――七つの罪。すなわち傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。過ぎたるこれらの感情を持つことは罪なのだと。
しかし、やれ欲しがるな怒るなと言われても人間には難しい。そこらへんのことを教えを説いた神様だか宗教家だかは考慮してくれたらしい。七龍教には変わった儀式がある。
その儀式の流れに沿って男は言う。
「はい、私の罪を告白しました。この憤怒を女神様にお預けしたく思います」
七龍教には七柱の女神と一柱の主神がいるのだが、女神のほうがそれぞれ対応した罪を預かってくれるらしい。そして預かった分の祝福を人に与えるのだという。
「私は、憤怒と裁きの女神イラ様のみ名において、貴方の罪を預かりましょう。敬虔たる貴方のことを女神様は見ておられます。いずれこの憤怒は形を変えて貴方に祝福を届けるでしょう」
「……はい、ありがとうございました」
シスターの話を聞き、男は少しスッキリとした顔をしていた。
現状の何かが変わる訳では無いが、理不尽が多い日常の中で『誰かに自分の抱えてるものを聞いてもらう』というのは大きな役割を果たしているのかもしれない。もしかすれば、いつかいい事も起きるかもしれないとこの告白で希望を見いだせるかもしれない。
信じる者は救われるというのはそういうことなのだろう。
ここまで話を聞いて俺は小部屋を出た。
■
あの懺悔室には秘密がある。
懺悔室の椅子にシスターのいる部屋へ向かって座ると横に来る壁。普通に考えれば石造りの教会の壁があるであろうそこには教会の聖堂とは別の部屋から入れる隠し部屋があり、懺悔の一切を聞けるようになっている。悪趣味であるが、単なる出歯亀ではない理由もしっかりとある。その理由は俺の仕事にも直結している。
先程の商人の男の話を聞く限り、急いで仕事に取り掛かる必要がありそうだ。
なによりシスターに見つかる前に仕事を終えてしまいたい。
愛用の仕事道具を机に広げ、整備を始める。
「やっぱり聞いていたんですね、ジャックさん。懺悔室に人が来るときだけ嗅ぎつけるのが早いんですから……」
げっという声が漏れそうになる。
恐る恐るその声の聞こえる、部屋の入口を見る。
いつの間にか、先程まで懺悔室にいたはずのシスターであるリリの姿がそこにあった。
俺は平静を装いながら答える。
「あれ? 早いねリリちゃん。さっきまで懺悔室にいたのに」
「ええ、どこかの誰かさんが勝手に仕事に行ってしまわないように急いだんです」
案の定、ほらと机の上に広がった仕事道具――俺の愛用の長銃を指す。
もうリリとも短くない付き合いだった。ならば自身の行動を予測されても仕方ないのかもしれない。
ただ少しだけバツが悪く感じ、目を合わせず作業を続けながら言い訳のように言葉を続けた。
「あのおじさんの話通りなら急いだほうがいいでしょ? 相手はあの領主なんだし」
「それは、まあ私も急いだほうがいいと思いますが……」
「あ、思い出した。リリちゃんアレは良くないよ~。いくらあの領主を俺たちがマークしてたからって、話に出たときに反応するの」
商人の男の話に出てきていた領主、イサク卿は首都にいた頃からの素行の悪さにより首都にある教会本部からのマークを受けていた。それに感づいたのか、土地を金で買い取り本部の目の届きづらいこの田舎の領主となって引きこもってしまった。
困った本部は現地にいる俺たちに調査命令を下し、俺たちもマークしていたという訳だった。
本部いわく、『女癖が悪く、性欲に支配され強姦まがいも多い。問題になれば権力に物を言わせ黙らせる』と。どこにいってもやること変わらねえなこいつ。
「そうですね。最近飽きるほど聞いていた名前が出てきてしまったので、思わず……」
「まあ、気持ちはわかるよ。俺も懺悔の中で名前が出るのを待っていたし」
「――っ」
そう言って笑ってみせた俺の姿にリリは言葉をつまらせる。
もちろん、リリが俺のように思っているわけではないのはわかっていた。
この娘は優しすぎるのだ。この後起こることに、必要のない罪悪感を持っている。その罪悪感に対して俺が出来ることは『気にしていない』と意思表示することだけだった。
リリは意を決した様子で話を続ける。
「――殺すのですね」
「言い方が悪いな。裁きを下すんだろ? 本部に怒られるぞ」
「本質は変わらないでしょう?」
「相変わらず真っ直ぐな損する性格だなぁ」
だからこそ若いのにこんな辺境に一人で島流しされてるんだろうけど。
まったく、見ていられないというか放っておけないというか。
意味のない問答を終わらせるために、少し話を逸らす。
「懺悔室で怒りを預かったんだ。これで本部の決定を待たず、こちらの裁量で裁きを下せる」
強い光には影がつきまとうとはよく聞く話ではあるが、最大宗教たる光の側面を持つ七龍教会にも裏の顔がある。それが天罰執行と呼ばれる行為のことだ。
世には法で裁けない悪というものが存在する。金だったり権力だったりで幅を利かす例の領主のような存在だ。そういった存在を調査し本部の許可が出次第、密かに処罰する。それを教会は天罰執行と言っている。
何より懺悔にてそういった存在の話が出た場合、信者の獲得や維持のために本部の許可なしに独自の裁量で天罰を執行できるのだ。若干の欺瞞臭さがあるが。
もちろん、後日この天罰が正当なものだったのかの審議が入るが、領主の一件に関しては問題ないだろう。
つまり、あの領主に引導を渡しに行くのが今回の仕事なのだ。
「――本来は私の仕事なのです」
準備を続けていると、ぽつりと呟くようにリリは言った。
表情はこわばり、声音は暗く重たい。
「その罪は、その必要悪は私が背負うものです。でも私にはその力がない。だから、本当は関係のない貴方にその罪を背負わせてしまっている」
「関係ないわけじゃないだろう。リリちゃんが傭兵の俺を雇って、結果俺は従騎士になったんだから」
「それでもです」
頑ななその言葉に小さなため息が出る。
間違いなくリリは優しい娘だと思う。でもそれは甘いわけじゃない。どんな理由であれ、誰かを一方的に殺す罪を理解した上で、現在のその必要性を理解している。いつか裁かれるとしても、今は正しい行動であると知っている。ならば彼女は何に罪悪感を抱いているのかといえば、俺に対してなわけだ。好きでやってるんだから必要ないっていうのに。
「そんなに言うくらいなら、景気づけに頬にキスくらいしてほしいんだけど」
「それは、やめておきます」
渾身の俺の軽口に、リリの表情が少し和らいだ。
よかった。慣れない軽口も言ってみるもんである。
それでもとリリは話を続ける。
「それでも、貴方だけに罪を背負わせないために――」
ここまで言ってリリは静かに息を整えて、今までとは異なる口調で語りかけ始めた。
「――シスターリリが、従騎士ジャックに命令します。憤怒と裁きの女神イラの名のもとに、罪人イサク卿に天罰を執行しなさい」
これが聞きたくないから、見つかる前に仕事に出ようとしていたのだ。
リリは自身も罪を背負うために、『リリの命令によって任務を遂行した』という形にしたいらしい。彼女は背負う必要のない罪を背負おうとしているのだ。
罪など俺にすべて背負わせてしまえばいいのに。元々清廉潔白ではないのだから今更何人殺そうが変わらないだろう。
まあ、それが出来ない彼女だからこそ俺は気に入ったんだろうけど。
リリは続けて言う。
「被害は最小限に、誰にも見つからずに確実に遂行してください。よろしいですね?」
「了解、シスターリリ」
その俺の返事とともに長銃の整備が終わる。これなら今夜にでも仕事ができそうだ。整備が終わった長銃を専用の布袋に入れ肩にかける。そして軽く笑い、リリに言った。
「それじゃあ、吉報を待っててくれ」
■
今夜は月が陰り世間は闇に閉ざされていた。それはこのイサクという貴族の館でも同じことだった。
屋敷の中は何本もの蝋燭によって明かりを保たれているがそれでも薄暗く、一歩でも建物の外に出ようものならカンテラの明かりなしには何も見えないような有様であった。
屋敷を囲む塀の上でも、暗闇の中を見張りの兵がカンテラを掲げ、あくび混じりに見回りをしている。いつものルーチンワークといったところだろうか。これまでの経験で、なにも異常が起きるはずはないと油断しているのだろう。だから、闇に潜む俺から伸びる手に気が付かなかった。
腕を首に回し、締め上げる。苦しげにもがくが、筋力差か姿勢故か何の意味もなさない。しばらく締め上げ続けると、抵抗する力が抜け腕にかかる兵の重みが増す。
音を立てないように静かに兵を寝かせ、呼吸の確認をする。浅くではあるが、空気の流れを感じることが出来た。気絶しているだけのようだ。ほっと一息つく。この瞬間が仕事の中で一番緊張する。
『被害は最小限に』この条件はリリに言い含められたものではあったが、俺個人としてもそうするつもりだった。彼女は俺に余計な罪を着せたくないと考えているのだろうが、それはこちらも同じだった。被害が多ければ多いほど彼女は罪悪感を抱くだろう。そういうのは好みではない。
……仕事の最中に余計な思考が入った。集中しなくては。
さて、狙撃するにはいい位置が取れた。標的の寝室から程よく離れ、しかし射線がきれいに通った高台。
しかし、射角の問題で標的に窓の近くに来てもらう必要がありそうだ。チャンスを待ち続けるのも、屋敷に侵入するのもいいが、面倒だ。どうしたものか。
ふと、目の前で気絶している見張り兵の装備が目につく。よく見てみれば、弓矢を携帯していたらしい。古風と言うかなんというか。どこでもマスケット銃が台頭しているのによくやるものだ。コスト削減か何かだろうか。
――いや、これ使えるな。俺は目立たぬように注意しながら身を乗り出し、屋敷の中を確認する。屋敷に侵入した際に確か見えたはずのものは……あった。自然乾燥させるための薪が積まれている屋根付きの薪棚を見つけた。なら話は早い。
常に持ち歩いている包帯代わりの布切れを矢に縛りつけ、見張り兵のカンテラの油を染み込ませる。その流れで布に火をつけて、弓に番える。勢いよく矢が燃え上がる。まだ気絶した見張り兵以外に付近に兵はいなそうだが、もたもたしていれば流石に目立ちそうだ。なら時間との勝負である。
あまり狙いを定める必要はない。ただ届くように、矢を薪棚へ撃ち込んだ。即席の火矢は薪棚に吸い込まれるように当たり、よく乾燥した薪は燃え始めた。
それを確認し、自分の長銃を袋から出す。自身の身の丈に届きそうなほど長い銃身を、寝室の窓へ向けて構え、専用の弾丸を装填する。距離は遠く、通常のマスケット銃だと当たるかどうかの前に届かない。だが、この銃であれば届くだろう。俺も貰い物なので詳しい話は知らないが、この銃はライフリングというものがされているらしい。最近はマスケット銃にも施そうとされているそのライフリングが、飛距離と真っ直ぐな弾道を生み出しているのだという。加えて、協会本部から届くこの銃の弾丸は世にも珍しい金属の薬莢方式をとっていた。弾丸の形も先が尖った不思議な形をしている。それにも何か特別な意味があるのだろう。結果的にこの銃は通常のマスケット銃の10倍以上の射程と正確な射撃を誇っていた。
薪棚の火は瞬く間に広がり、ボヤ騒ぎになっていた。何人もの兵がその煌々とした炎に気が付き、駆けつけてくる。そう、暗闇に沈む館において、この炎はあまりにも眩しい。例えば、今まさに女に伸し掛かろうとしている貴族の男なんかも何事かと窓を覗くだろう。
その様子を確認し、俺は引き金を引いた。雷鳴のような音と共に貴族の男の頭が弾ける。
――任務完了。悲鳴が聞こえるのを尻目に俺は屋敷を後にした。
■
後日談というか翌日の話。
今日は来客もなく、教会の庭でのんびりと昼寝をしていた。
昨日の夜は忙しかったせいで、昼間からとても眠い。
そんなところに買い物に出かけていたリリがやってくる。
「どうやら、商人の娘さんが帰ってきたようです。先程町でそういうお話を聞きました」
「そりゃあ、良かったじゃない。思ったより早く帰ってきたみたいだけど」
「どうにも他にも連れ去りに遭っていた女性がいたらしく、昨晩のことで調査に来た騎士によって問題が露呈しては困るとして全員開放されたみたいです」
つまり、世間体を気にしてのことらしい。主人が死んだとて世継ぎやら何やらで名前は残る。その名前に泥が塗られては困るということなのだろう。世知辛い世の中だ。
「ジャックさん、お疲れ様でした」
リリが微笑んで言う。
彼女の中では未だに葛藤があるのだろう。それでも普段はそれをおくびにも出さないのは彼女の強さだと思う。それに、確かに救われたものも会ったのだ。ならこんな風に笑うのも神様だって許してくれるはずだ。
「神様の思し召しだったんでしょ?」
「ええ、そうかもしれません。ですが――」
ん?
先程と変わらず彼女は微笑んでいる。微笑んでいるのだが、貼り付けた笑顔のようにも見える。僅かに青筋が立ってるようにも見えてきた。
なんか笑顔が怖く見えてきたぞ。
「どうやら火災も起きていたようです。これも神様の思し召しなのでしょうか?」
「……あー、あれ」
「あー、じゃないですよ! ジャックさん見つかってしまったらどうするつもりだったんですか! ジャックさんはいつも派手だったり、雑だったりしますよね! 私の代わりにやってもらっている身で言うのもなんですがもう少しこう――」
こちらの心配をしてくれているのはわかる。わかるがそれでの説教っていうのはいたたまれない。なにかこう、話をそらせないだろうか。
助け舟を求めるように視線を彷徨わせると、視界の隅の教会の入り口に人影が見えた。
「あ、来客だよ!」
「ジャックさん、嘘で話をそらさないでください!」
「嘘じゃないって。ほら、話をすればご本人たちみたいだ」
そこにいたのは先日懺悔に来ていた商人の男と、少しやつれているように見えるが元気な少女の姿だった。
「あっ!」
「ほら、リリちゃん行ってきな」
リリは背中を押されるように駆け出す。
それを見送り、俺はまた昼寝に戻るため目をつむる。
少し経って賑やかな話し声がここまで届いてきた。
今後もこうやって、悪いとこと良いことを半分半分で続けていくのだろう。誰かの憤怒を預かり、代わりに怒り制裁を加える。いつか必要とされなくなるその日まで。その日まで俺は彼女の真っ直ぐな心を守ろうと思う。それが、彼女に拾われた俺が出来る最大限の恩返しだと思うのだ。
改めてその誓いを胸に刻み、喧騒を子守唄に眠りにつく。
悪くない夢が見れそうだ。