第七話 迫害
ゴブリンを指一つ動かすことなく皆殺しにした翌日から、私の周りの反応は劇的に変わった。
ただの小娘が全滅させたのだ。
反応が変わることは覚悟していたはずのことだった。
だが。
そうだったとしても、訓練場での騎士団員の反応と言ったら酷いものだ。
力を抑えて耳を塞いでいるのに、私を強く恐れているのがテレパシーで聞こえてくる。
それだけなら良いのだが、まるで腫れ物扱いだ。
アルバートさん達が居るにも関わらず、誰もが模擬戦闘を積極的にやろうとはしなくなった。
身体強化だって恐る恐る断られるようになった。
たった一つの行動で、ここまで環境が変わってしまった。
覚悟の上だったとはいえ、少し寂しく感じてしまう。
短い付き合いだけれどこの程度で崩れ去ってしまうものだったのかと。
そう思わざるを得ない。
私と変わらずに付き合ってくれるのはアルバートさん、ジェームズさん、そして。
「人間って時に残酷なことをするものよね。」
頬杖つきながら呆れて言う女神、ベアクールだけだった。
今は休憩中だ。
私はベンチに座ってメイドさんから頂いたランチを食べている。
あの後の女神様の反応といえば、「さっすが〜。」という一人だけ空気を読まずテンションが違う反応だった。
あのアルバートさんでさえ深刻な空気だったと言うのにだ。
この女神様は時より空気を本当に読まない。
でも、その空気の読まなさに今は幾分か救われていた。
欲を言えばもう少し違う反応にして欲しかったが。
「経験済みとはいえ、ちょっと寂しいわね。」
「あら、小さい頃はよくあったの?」
「あったわ。だから人間の話し相手なんかいなかったの。」
以前にも述べた通り、普段の超能力の制御は両親との努力の賜物だ。
小さい頃はよく暴走させてしまい、たくさんのものをや人を傷つけた。
特に、怒ってしまった時なんかは大変だった。
暴走中の中の暴走。
竜巻なんか発生させてしまうこともあったっけ。
そんなはた迷惑な私だったが、両親は決して見捨てることなく育て続けてくれた。
───まるで、ごく普通の子のように。
だからこうして私は普通で居られる。
いや、そうではない。
超能力を持つ私も含めて『普通』なのだ。
そう教えてくれたのは両親だった。
超能力は特別なものでもなんでもはないと。
それでも先日は頭に血が上りすぎていた。
怒りを抑えることが出来なかった。
そうなった場合でも暴走しないようにコントロールしていたのだ。
コントロールさえ必要ないくらい、元の世界で十分に訓練を行っていたはずなのに。
もう、平気だったはずなのに。
だからそもそもの話、あの状態がおかしかったのだ。
どうしてあんなに頭に血が上っていたのか、自分なりに分析してみることにした。
「多分だけれど、ゴブリンの悪意に私は当てられてしまったのだと思うの。」
「確かに。貴女、普段あんなに冷静なのにブチ切れていたものね。」
「その表現やめてちょうだい。頭に血が上っていたのとブチ切れは私にとっては別物よ。」
「え?そうなの?」
「だって、怒ってはいたけれど理性はあったもの。」
「あぁ…。そういう解釈なのね。」
人間って難儀よねぇ、と他人事のように女神様は言った。
いや、他人だけれど。
女神様は大層、つまらなそうだった。
……真剣な話をいていような気がするのだが。
彼女にとってはそうではないらしい。
なんだか真剣に自分を分析していたのが馬鹿みたいだ。
最後のサンドウィッチを口に放り込んだ。
午後の訓練が開始される時間になった。
ジェームズさんの計らいで、二、三回模擬戦闘をさせてもらった。
有り難い気遣いだ。
相手をなるべく怖がらせないように必死に力を抑えて行った。
……まぁ、それも徒労に終わったのだけれど。
見かねたアルバートさんが、申し訳ないが雑務をしてくれないかと言ってくれた。
正直、今のこの状況で私が訓練のお手伝いをしてもほとんど意味を成さないだろう。
お手伝いの意味がない。
それにいくらこのような状況に慣れている私でも、流石に精神的にキツいものがある。
少し、騎士団員達と距離を置くべきと思っていたのでその頼みはちょうど良いものだった。
私の存在意義が、奪われてしまいそうだったから。
(そういえば、あの女神様が珍しく居ないわね。)
武器庫で剣などの整理をしていると、ふと気がついた。
集中していたからだろう。
全く気が付かなった。
いつもガヤガヤと傍で何かしら言っているあの女神様が居ないのだ。
どうしたのだろうか、珍しいこともあるものだ。
何も言わずに傍を離れたということは、大したことではないのだろう。
私は気にせずに武器庫の整理にあたった。
黙々と作業を進めていく。
とても静かで居心地がいい。
先程までの不愉快にも近い感情は薄まりつつあった。
このまま作業を進めていこう。
そう静かに作業できると思っていた時にだ。
静寂が突然、破られた。
「ちょっと聞いてよ!瑠璃!」
訂正しよう。
たった今、私は不愉快になった。
全く空気を読まずに武器庫に入り込んできた女神様のせいで。
思わず顔をしかめてしまう。
「……何かしら。」
「あのガキンチョ王、私に救世主を召喚しろですって!」
ガキンチョ王だなんて名前の王様が居ただろうか。
考えてみるが、全く思い当たらない。
このまま無視してしまっても良いのだが、尋ねてみることにした。
救世主という単語も気になるが、その疑問を解消せねば話が見えてこない。
「ガキンチョ王って誰の事?」
「あの王以外居ないじゃない。この国の王よ。」
……口に出してしまうところを必死で抑え込んだ。
この人、かなりのおばあさ…いやこの先は思ってもいけない。
失礼極まりない事だし、それに彼女は人間ではない。
だから人間の価値観に当てはめてはいけない。
いつまで経とうと、この女神様にとっては人間というのは子供なのだ。
王様もそれは例外ではない。
彼女に年れ…年齢も当てはまらない。
どうして女神様の一言で自分がこんなにも冷や汗をかいているのか分からない。
国が崩壊する未来でも見えてしまったのだろうか。
とにかく平静を装った。
「仮にも王様をガキンチョと呼ぶのはどうかと思うけど。」
「ガキンチョはガキンチョで良いのよ!瑠璃が居るのに必要ないじゃない。」
「……私はただの異邦人でしょ?貴女が連れてきたんじゃない。それに、必要だからお願いされたんじゃないの?」
「私が常駐していると言われている教会に来てまで懇願する事じゃないわ。…それに。」
「それに?」
「あのガキンチョは貴女の力を恐れている。褒美のことだってすっかり忘れているわ。それが一番気に食わないのよ。国を守って貰っておいてあの態度は何よ。」
私は少し目を見開いた。
褒美の件は私もすっかり忘れていたことではあったが。
必要に迫られている事でもないし、別になくとも構わない。
彼女が不機嫌な理由は私の為に怒ってくれているからのようだった。
私はもう、気にしていないというのにだ。
…こういうことは得難いものだ。
ベアクールは友達ではなくただの知人に過ぎないけれど、そういう存在に恵まれたのは幸いだと思った。
「別に私は気にしていないわ。人間の大事な本能よ、仕方のないことだわ。」
人間という生き物はよく分からないモノというものを忌避したがるものだ。
…逆に目立たせていじめることだってあるけれど。
まぁ、それも小さい頃に経験済みなので今更どうこうしようとは思わない。
それに。
そういうのは無視が一番だということを私はよく知っている。
「はぁ…小さい頃に色々とあったみたいね。経験済みということ。なんだか、悲しいわ。」
「フフフ、ありがとう。ベアクール。」
察してくれた女神様。
もう過去のことなので思わず笑ってしまった。
もうそれくらい気にしていない思い出なのだ。
だから、平気だった。
「気になっていたのだけど、救世主って具体的になんのことなの?」
「あぁ。そうね…。世界の危機が迫った時に貴女の世界から選び、そして転移させるいわゆる援軍みたいな存在ね。加護として強大な魔力が与えられる。でもそれだけ。その強大な魔力をどう扱うかは救世主次第よ。普通の子は勉強して魔法を使えるようにするわね。代々、国に大きな魔法陣を張ってもらいそれで魔物から救って貰っていたわ。」
「あら、なら必要な存在じゃない。」
「確かに超能力で魔法陣は無理かもしれないけど…。」
「バリアしか一時的に張れないわね。私には無理よ。」
瘴気も発生するらしいが、私に出来ることは精々バリアで覆うことだけ。
魔法陣を張ることも不可能だ。
根本的な解決をすることは超能力では出来ない。
やはり、救世主は必要なのではないだろうか。
「うーん…そんなことで力を浪費したくないわ。」
「女神なんだから責務を全うしなさいよ。」
「わかっているわよ。…貴女がそこまで言うのなら仕方ないわね。明日にでも転移させるわ。」
「…なんか、お気軽な感じでやるのね。買い物にでも行くような感じだわ。」
「そうよ。転移なんて面倒なだけで力はそこまで消費しないわ。」
テレポートなら私は出来るが、異世界に人間を転移させるなんてそんなこと私には無理だ。
この女神様と話をしていると、自分がちっぽけな存在に思えてくる。
実際にはそうだけれど。
本当に神様なんだなと改めて認識した。
その後、主に王様の所業について文句を聞きながら私は武器庫の整理をした。
不思議なことにその時は不愉快に思わなかった。
まるでBGMみたいなようなものだ。
珍しいこともあるものだと思いながら作業を進め、アルバートさんに終えたことを報告した。
終始、彼は申し訳なさそうな表情をしていたがそんな表情をする必要はない。
悪く思わないで欲しい、と伝えた。
そうして長いようで短かった一日が終わった。
(明日には同じ世界の人間がやってくるのかしら。)
ほんの少しの好奇心を胸にしながら眠りについた。
翌日。
「はぁ…気が乗らないけど教会に行ってくるわ…。」
朝から絶世の美女が不貞腐れた顔をしている。
王様は知らないだろう。
この国の創世神が私の傍にほとんど毎日居るということを。
まるで人間みたいだということを。
正直、女神のようには見えないということを。
恐れられている私は教えてあげるつもりはないけれど。
知ったらどんな反応をするのだろうか、とふと思った。
今日は救世主を迎える日ということで訓練はお休みだ。
騎士団員全員が教会で警備にあたっている。
本来なら私もお手伝いに参加すべきだと思う。
転移させられた人間は間違いなく混乱するに違いない。
私がそうだったのだから。
そこに同じ世界の出身である私が居れば、安心するだろうし状況の飲み込みも早くなるかもしれない。
しかし問題がある。
生憎と、昨日距離をとってみたにも関わらずに騎士達からは先日の事が未だ薄れていない。
だから邪魔になってしまうだけだ。
すぐに察した私は、自らその場の警備の手伝いを辞退したのだ。
アルバートさんとジェームズさんは残念そうな顔をしていた。
「行ってらっしゃい。」
「えぇ…行ってくるわ。」
女神様を見送るだなんておかしな話だが、もはや知人と化した私にとっては普通のことのように思えてしまった。
さて、どんな人がこちらの世界に来てくれるのだろうか。
楽しみに待ちながら、私は朝食をもらいに厨房へ向かった。
午後。
昼食を頂いた後、私は特にやることもなかったのでどうしようかと悩んでいた。
昨日のように武器庫の整理をアルバートさんの許可なしにするわけにもいかないし。
仕方がない。
私は趣味の一つである読書をするためにお城の図書館に向かうことにした。
王族は今は教会にいるはずだ。
鉢合わせる、ということはないだろう。
まぁ、まだ王様以外に王族とは会った事はないのだけれど。
少なくとも恐れられている目を向けられることもない。
少し安心しながらもはや歩き慣れた道を進んだ。
(ここら辺、魔導書ばかりね。私には関係のない話だわ。)
静寂に包まれた図書館。
ページを捲る音だけが響き渡る。
余計な雑音がなくてとてもいい環境だ。
初めてこの国で本を読もうとして驚いたのが、文字が分かる事だった。
テレパシーでも使いながら読まなければならないのかと思っていたため、驚いたものだ。
楽に読むことが出来るのでとても助かっている。
今は効率よく探す為に、超能力で何冊もの本を浮かせて一気に開いていた。
だが全てが魔導書関連の本だった為に、本を閉じて指先一つで本棚に戻した。
(何か冒険譚とかファンタジー小説とかないのかしら。)
本棚に全て戻した後、興味深い本はないかひたすら探す。
透視を使ってもいいのだがこの場合疲れてしまう。
それに見つけた時の高揚感を考えれば、使わない方が楽しいに決まっている。
ひたすら見つけては戻してを繰り返していた。
そんな時だった。
またもや静寂が誰かさんのせいで破られたのは。
「瑠璃!今すぐ離れの部屋へ行って鍵をかけて隠れなさい!」
ご想像通り、女神様である。
もう二度目なので溜め息だけで済ませる。
どうやら無事に転移は成功したようだ。
だが、彼女の発言を聞く限り不穏な気配を感じた。
「いいから早くテレポートを使いなさい!」
「わ、わかったわよ。」
状況はいまいち掴めないが、彼女の指示に従いテレポートした。
言われた通りに鍵もかける。
そんな女神様はというと、扉の鍵とは関係なしに通り抜けてきた。
鍵の意味…と少しだけ思ってしまったが、女神様ともなると関係ないのだろう。
気にしないことにして、話を聞くことにした。
せっかく転移者と会えると待っていたというのに、一体何があったのだろう。
私は部屋にあるソファに腰掛けて、姿が見えなくなるバリアを張った。
これで女神様のご希望通りだろう。
さてと事情を話してもらおうか、と思ったその時。
「開けろ!ここに居るんだろ!化け物め!」
何やら男の声が聞こえたきた。
話し方からして、少年…だろうか。
透視する気にもならなかったので人物像がわからない。
女神様はしゃがんで頭を抱えている。
無理もないわね、と少し慰めたくなった。
なんとなくだけれど、女神様の言っていた意味を察する事が出来る。
まず言いたい。
開口一番、そのセリフは最悪じゃないかしら?
私はそっと溜め息を漏らした。