第四話 女神、ベアクール
創世神──日本で言うイザナギノミコトのことを言う。
本を読むことが元の世界に居る時から好きだった私は、無駄に詳しい知識を持っていた。
簡単に言ってしまえば、国作りの男性の神様ということである。
妻は天照大神などを産んだ神産みとも呼ばれているイザナミノミコトだ。
イザナミノミコトは黄泉の国の主人とも呼ばれていたっけ。
そう呼ばれるようになったのは理由はメンタルが弱かった夫にあるのだが、そちらは割愛させて頂こう。
少し、頭の中で割愛しないと混乱しているというのに更に混乱するからだ。
落ち着いて頭の中を整理していく。
彼らに両親はおらず、自然発生した神様だと言われている。
二人のおかげで日本という国は作られた、というのが日本神話だ。
それが創世神と呼ばれる神様。
そんな神様の類が普通の人のように隣に座っていた。
この状況が飲み込めない。
頭の中は整理したが、状況は整理出来なかった。
こういう時どうするのが正解なのか、高校二年生の私に教えて欲しい。
「そう構えなくて良くてよ、ルリ。」
(私の名前を………!)
初めてだった。
私からそう思うことはあっても、相手からこんな風に言われることがあるとは。
この神様は心が読めるのか。
もしかして、神様だからこそ私と同じ力があったりして。
そのようなことは妖怪も幽霊もなかった。
人の心が読めてしまうだなんて本当はしてはいけないこと。
望んではいない力。
その辛さをほんの少しでも共感することができるのではないか。
だから少しワクワクしてしまった。
「もう、この私が話かけているのに反応がつまらないわ。」
「も、申し訳ございません。女神様。」
「やめてちょうだい。せっかく私とお話出来る人間に崇められたくないわ。」
普通、神様は崇められるものではないだろうかと考える。
けれどこの女神様には当てはまらないようだ。
崇められるのが嫌いなのだろうか。
「私と普通に話をしてちょうだいな。名前もベアクールで構わないわ。」
「……本当に女神?」
「砕けた口調の第一声がそれとは流石、度胸があるわね。」
苦笑された。
私なりのフレンドリーさを示してみたのだが、どうやら伝わらなかったらしい。
普通に接しろと言ってきたのはそちらじゃないか、と目を細めてみる。
私の感情が読めるのか確かめてみる意味でもあったが彼女の表情筋に変化はない。
どうやら超能力のようなテレパシーは使えないみたいだ。
少し残念に思ってしまった。
──同類をようやく見つけたかと思ったのに。
「そっちが言ったことを態度で示しただけよ。ベアクール。」
さらに落胆しながら私が言うと、ベアクールは何故か嬉しそうに私を見つめていた。
意味が分からずため息を漏らす。
テレパシーを使おうと思わない。
テレパシーも何故か伝わってこない。
さては功名に心の中を隠しているな、とすぐに気がついた。
隠そうとしているは心は自然に読むことは出来ない。
力を解放すればもちろん、神様だろうが心の中は読めるだろう。
しかし、神様にだってプライバシーがあるはずだ。
気になるが、力は解放はしないことにした。
代わりと言ってはなんだが、人間ではない神様の価値観ってよく分からないなと勝手に感じた。
「フフフ。何故私が嬉しいのか分かっていないのね。」
「分からないわ、むしろ落胆しているのよ。貴女にも私のような力があると思っていたのに。」
「私には人の心は読めないわ、残念ね。でも、貴女と同じような力はいくつかあると思うわ。」
「……そうなの?」
「ルリが何を出来るかが分からないから今は言わないけど。」
(何が出来るか、か。)
それは超能力を持つ私にとってはかなり難しい質問かもしれない。
だって、『出来ない』ということはほとんどない。
ほんの数分、考え込んでみた結果に過ぎないが。
その結果に少しだけ自分にゾッとしてしまった。
それってつまり、私が悪い人間になってしまったらほとんど悪いことが出来るということではないだろうか。
いや、そんなことは決してしない。
そんな人間になんかなりたくはない。
そうして私が少し考え込んでいると、ベアクールは覗き込んできた。
どうしたのだろうか。
私の言葉待ちだろうか。
そうだとするならばもう少し待って欲しいのだが。
そう考えながらもその視線に合わせていると、足音が聞こえてきた。
何も反応がないベアクールから視線をずらし、足音の方へと視線を向ける。
するとそこにはアルバートさんが居た。
「ルリ!ここで休憩していたのか。」
アルバートさんが何故か慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
また私は何かしてしまったのだろうか。
ベンチで神様とお話をしていただけなのだが。
もしや、このベンチは座ってはいけない特別なベンチだったりして。
先程のアルバートさんの態度に思わず怖気ついてしまう。
すぐさま立ち上がった。
「アルバートさん。私、また何かしてしまったのでしょうか。」
「何を言っているんだルリ。僕は君に謝りに来たんだ。」
「あ、謝りに?」
何か自分は謝罪されることをされただろうか。
考えてみるが、思い当たらない。
私がしでかしたことしか頭に思い浮かばなかった。
「あんな怒るような態度で言ってしまい君を傷つけてしまった。すまなかった。」
「いえ!そんな、謝らないでください。私が悪いんです。すみませんでした。」
慌てて立ち上がり頭を下げる。
思い上がっていたつもりはないけれど、思い上がってはいけない。
ここは魔法が当たり前の国と世界。
私が住んでいた世界とは全く違うものなのだ。
超能力者だからなんだと言うのだ。
私の身体の一部なだけであって、なんてことはない。
少しだけ他の人よりも出来る事が多いだけ。
それだけなのだ。
私にはそんなつもりはなくとも、周りの人間が魔法も使えない異邦人が調子に乗っていると思われればそうなのだ。
そのことに私は真っ先に気がつくべきだった。
テレパシーで伝わってこなかったけど、もしかするとそう思っている人が居たのかもしれない。
だから、アルバートさんはあんな表情をしていたのだろう。
もっと考慮すべきだった。
朝飯前の能力だからといって全員に能力を解放すべきではなかったし、テレポートもしない方が良かったのかもしれない。
そう簡単に人前で超能力を見せるべきではなかった。
「何故そう落ちこんでいたの?」
ベアクールが尋ねてくる。
それを今聞いてこの神様は解決してくれるのだろうか。
いくら神様だからといってそんな力はないはずだ。
タイミングが悪すぎると私は心底不愉快に思えてしまった。
……そういえば、アルバートさんにベアクールは見えているのだろうか。
視線をベアクールへとずらす。
するとテレパシーで伝わってくる。
どうして視線を横にしたのか、と。
見えていないのだとすぐに気がついた。
じゃあ、私以外に誰が見えているのだろう。
もしかしてこの国の中心である王族だろうか。
「アルバートは昔から真面目過ぎる所があるのよねぇ。ルリが落ちこんでいた理由が何となく分かったわ。力を使いすぎたんでしょ?」
《ちょっと黙っていてちょうだい》
ベアクールにテレバシーを飛ばす。
今は超能力を使う場面だった。
テレパシーは見えない能力なのでこういう場面では便利である。
そしてテレパシーを使ったことにより、疑問だったことが解決した。
ベアクールが私の名を知っていた理由である。
最初から私を見ていたのだ。
転移した直後からずっと、あの魔王城の時から。
それなら納得だ。簡単な話だった。
…女神って、魔王を倒せないのだろうか。
ふと疑問に思ったが、倒せたら王国騎士団は要らない。
女神様と崇め奉れば良いだけの話。
不思議なことに、その手の力は女神だというのに備わっていないようだ。
戦闘能力のない神様は元の世界にも居たのでその類か、と自身を納得させた。
ベアクールはテレパシーを受け取ると面白そうなものを見つけたかのような表情で私を見て黙った。
黙ってくれているのは有り難いが、その表情はなんだろうか。
そのことについても意図的に隠しているのか伝わってこない。
考えを読むまでの力を解放するつもりはないので分からなかった。
大した考えではないだろう、と再び勝手に結論づけることにする。
目を細めて睨んでからアルバートさんに視線を向けた。
「君は、誇るべきだ。当然のようにあの時に我々を助けたことを。大きな力を持っていても、それが出来る人間はそう居ないんだ。だから、自分を貶めるようなことを思わないで欲しい。」
──また、だ。
思わず目を見開いた。
この人は本当に真っ直ぐだ。
言葉に嘘なんて何一つない。
騎士だからなのか。それは分からないけれど。
人間は何かしら小さな嘘が言葉に含まれているというの私はよく知っている。
それは決して悪いことではない。
人間には感情がある、心がある。
どうしても真っ直ぐに想いを伝えたいと考えていても、完全ではない人間はどうしても余計な感情と心で邪魔してしまうのだ。
そればかりは人間である限り仕方のないこと。
生きているのだから仕方ないのだ。
現に私だってそうなのだから。
テレパシストでもある私はそのことをよく分かっていた。
だから戸惑ってしまう。
こんな人間に出逢ったことなんてなかったのだから。
元の世界にこんな人間を見たことは一度だってなかった。
別の世界の人間だから可能なことなのだろうか。
けれど彼はどう見ても神様のような特別な騎士というわけではない。
魔力は持っているかもしれないが、思考回路がごく普通の人間と変わりないはずだ。
では考えられることはただ一つだけ。
とても単純な話。
アルバート・ガーデンという男性はとてつもなく真っ直ぐな人間なのだ。
本当、フィクションの世界の住人のように。
「ルリ?」
「……アルバートさんは本当に良い人ですね。ありがとうございます。」
落ちこんでいた心が火が灯るように暖かくなっていく。
全く、私は本当に子供だ。
未成年だから子供に違いないけれど、本当に子供の思考だったといわざるを得ない。
子供と言ってももう十七歳だ。
人生経験豊富とは言い違いが、幼い子供とは違う。
本当に思考が幼い子供がゴネるようなものだった。
アルバートさんは自分を誇れと言ってくれた。
そのことに素直に感謝した。
国を守ったという事実は私は既に誇りに思っている。
魔法ではなく超能力で守れたのだ。
こればかりは自意識過剰と言われてしまうかもしれないけれど、誇りに思わせてもらっている。
自慢のようになってしまうから決して言うことはしないけれど。
「力のことですが、あれくらい休憩なしで余裕で可能です。無理なんてしていません。」
「魔法のように見ててしまうからな…つい無理をしているのではないかと思ってしまったんだ。」
「私に魔力はないと思いますよ。」
そう笑って言って見せた。
確証はないが、私には魔力というものは持っていないだろう。
ベアクールに聞けば一発で分かることなのかもしれないけれど。
神様に貸しを作るのはどうなんだろう、と思うのであえて聞かないでおく。
人外に貸しを作るとどうなるのかということは、元の世界で経験済みだ。
最悪、命を要求される。
それだけは勘弁願いたい。
それにしても、彼は本当に良い人だ。
王国一番の騎士と言うけれど、それだけでは勿体無い人物のような気がする。
ファンタジー世界なのだから詳しい知識はないけれど、伯爵とか侯爵とかそういった身分とかがお似合いな気がする。
高い身分に相応しい人格者。
私の個人的な意見と元の世界の知識から引用するなら、そのような人間はほとんど居ないはずだ。
そんな良い人に対して、暗い顔なんかこれ以上見せてはいけない。
何事も笑顔が一番だ。
私はそう思い直した。
「そうか…ルリ。念の為にもう少し休憩していてくれ。また、今度は違う力で手伝ってもらうからな。」
「わかりました。」
そう言うとアルバートさんは「じゃあまた。」と言って走って去っていった。
走り去って行くアルバートさんをしばし見つめる。
彼の赤い髪色は太陽の光で輝いていた。
まるでそれは炎を思わせるものだった。
真っ直ぐ過ぎる彼にはお似合いの髪の色だなと見つめた。
(彼、良い人過ぎるわ。なんだか詐欺とかに遭いそう。)
きちんと彼が居なくなっているのを確認してから。
……隣でずっとニヤニヤとしながら見ていたベアクールへ顔を向けた。
表情はもちろん睨みつけている。
何を楽しんでいるんやら。
「良い雰囲気だったじゃない。アルバートは良物件よ。」
「なんの話をしているのかしら。」
「またまた照れちゃって。愛いわね。」
「彼に失礼よ。やめて。」
「貴女はつまらないわねぇ。まぁ、今に始まったことじゃないわね。」
ベンチに座り込むと、ベアクールも続く。
そういえば、と聞きたいことを思い出した。
「ベアクール、貴女を視認できる人って私以外に誰が居るの?」
尋ねると、満面の笑みで彼女はこう言った。
「ルリ以外居ないわ。そして、この世界に貴女を転移させたのも私よ。」
なんですって?
最初にベアクールに出逢った時の衝撃を再び味わう事になった。