第三話 驚きの出逢い
『凄いねぇ。凄いんだねぇ。そこまでの力を持つ人間を見るのは初めてだよ。』
とても気が長い妖怪だった。
どんな罵倒を浴びせられようともその妖怪は「そうなんだねぇ。」で済ませてしまう者だった。
何で怒らないの?と何度も聞いた記憶がある。
すると妖怪は「怒ってしまっても力の無駄なんだよぉ。」と優しく言った。
あの頃はその妖怪の強さもその言葉の意味も分からなかった。
今、考え直してみるとかなり強い部類だったと思う。
そして精神的にもあの者はとても強かった。
そうでなければあんな罵倒の数々を「そうなんだねぇ。」で済ませられるはずがない。
その者は人間ではなかったけれど、そんな人間になれたどんなに良いかと一種の憧れを抱いていた。
幽霊は元々が人間だったので、話の内容がよく合った。
特に、同じくらいの年齢の幽霊はポルターガイストを引き起こせるようになったことに喜んでいた。
超能力でいう念動力のようなものだ。
最初からそういうことが出来た私にその喜びを分かち合うことはできなかったが。
誰にも見つからない場所でよく物を浮かしたりして遊んだ。
秘密基地も作ったりもしたっけ。
その記憶はとても楽しいものだった。
以上が小さい頃の私の友達。
強力な超能力者である私に人間の友達はできなかった。
いじめられていたから、というのもあるが自分に自信がなかったからというのもある。
今となってはそんな事はないが、その頃は力のコントロールが出来ずによく暴走していたのだ。
だから友達を作るなど夢のような話。
一人っ子だった私は両親と共にコントロールをどうにかして憶えた。
それはもう必死に。必死だった。
今の平凡は努力の賜物なのである。
──もうその両親と会う事は叶わないけれど。
せめて育ててくれたお礼くらいは言いたかった。
「夢か…久しぶりに見たかも。」
目を覚ますと、広がるのは元の世界の自分の部屋ではない。
日差しが差し込む小さな窓、勉強机、壁には学校の制服、床には教科書などが入っている重い通学バック。
そして自分が寝ていたシングルベット。
それらがある一般的な庶民の部屋ではない。
お城の離れにある一室だった。
さすが王族が住む一角というだけあり、キングサイズのベットの眠りやすさは最高だった。
少し、小さな頃の夢を見てしまったので寝ぼけてしまったが。
小さく欠伸をこぼした。
両腕を精一杯伸ばし、しっかり目覚めることに専念する。
良い衣食住場所を提供してもらったと少し良い気分になった。
(そういえば、アルバートさんと待ち合わせをしていたわね。)
騎士団の手伝いとは具体的な事はまだ聞かされていない。
一体、異世界においての騎士の手伝いとは…と具体的な内容を聞かされていないので、ほんの少しだが不安だったりする。
アルバートさんは一応、性別が女性の人間に危ないことをさせるような人物ではないと思うのだが…。
時計を見ると、あまり時間はない事に気づいて急いで支度をする。
ゆっくりと起きている時間はなかった。
こういう時にスマホの目覚ましがあれば…!と思うが、残念なことにもう電池切れで使えない。
お願いだから、この世界に目覚まし時計のようなものはありますように…!と願った。
クローゼットには様々な高そうな服が用意してあったが、その中にシンプルな群青色のロングワンピースが入っていた。これだと即決した。
「よし、急ごう。」
慌ててはいるが自室にしっかりと鍵を掛ける。
背を向けて早足で歩いていたが、せっかくだからとテレポートを使うことにした。
力のコントールを覚えた私は超能力を使うことに躊躇はない。
もちろん、時と場所は選ぶけれど。
場所によっては人を驚かせてしまうことが多いということを学習しているので。
あの頃は恐ろしいものだと思っていたけれど、今は違う。
その恐ろしいものは自分の一部となっており、恐ろしくも何ともない。
身体の部位に例えれば産毛のようなものだ。
剃ることは出来ないけれど。
待ち合わせ場所は離れにある庭。
そこを指定位置にする。
もうアルバートさんが指定した位置に到着してしまうのが透視で確認できた。
これはテレポート使うしかないじゃないか、と自身に言い訳が出来てしまう。
テレポートが使えないと遅刻するところだった。
それでも慌てずに力を解放し、指定された離れの庭に到着した。
「おはようございます、アルバートさん。」
「おはよう…今、一瞬で来たような気がするんだけど……。」
「来たような気がするではなく一瞬で来たんですよ。テレポート、瞬間移動っていうんですけどね。」
「次から次へと君は凄いな……。そのワンピース、よく似合っているよ。」
笑顔が朝日のように眩しい。
喪女にはなかなか厳しい人物である。
サラリと自然に女性の容姿を褒める辺り、きっとモテモテなのだろう。
私とは違う世界を生きている人物だ。
「では行こうか。お手をどうぞ、レディ。」
「は、はい。」
差し伸べられた手を恐る恐るとり、隣を歩く。
彼は身長190cm近くあるというのに、歩幅もきちんと合わせてくれてとても歩きやすかった。
何度も思うが喪女には厳しいお方だ。
きっとこういうことに慣れているのだろうな、と他愛のない会話をしながらぼんやり思った。
「到着したぞ。ここが訓練場。」
「ローマのコロッセオみたいだわ……。」
「ローマ?コロッセオ?」
「あぁ…私の世界の都市にある古い闘技場のことです。」
「へぇ………。良かったな、ルリ。」
「え?」
「ここにも君の世界に似たものがあって故郷が思い出せるじゃないか。」
思わず立ち止まってしまった。
それはほんの数秒だ足らずの行動だったと思う。
テレパシーで強く伝わって来たのだ。
この世界に来て、二度と帰れないということがわかって。
可哀想な娘だと思っていたようだ。
でも、この訓練場が元の世界に似たものであると知って安心したらしい。
先程言ったセリフのように似たものがあってこの世界でも故郷を思い出せる。
そのことに喜びを感じていたみたいだ。
──あんまりにも真っ直ぐな優しさで。
こんなに良い人は久しぶりに見たと思ってしまった。
どこかで感じていた孤独感が少し消えた気がした。
思わず微笑む。
「そうですね。ありがとうございます。」
するとそんな表情もできるのか、と伝わってきた。
そんな表情ってどんな表情よ、と思ったが気にしないことにした。
超能力は万能ではない。
その人の考えはわかっても理解できないことの方が多い。
だから気にしないことが一番なのだ。
「総員、並べ‼︎」
アルバートさんの号令により全員が訓練の手をやめ集合した。
素人目だが、屈強そうな男ばかりだ。
魔王を相手にしている時にはそんな所まで観察する余裕はなかったが。
透視した限りでは全員、意識も問題なく怪我も完治しているようだ。
治癒の力はほとんど使わないものなので、改めて安心した。
そんな私だが、運動能力は至って普通。
剣道すら学校で習ったこともなく、剣術についてはど素人。
この屈強そうな男たちに私が出来る手伝いなんてあるんだろうか、と少し考え込んだ。
「彼女は先日の魔王討伐に貢献してくれたルリ・ツチミカドだ。彼女に訓練の手伝いをして貰うことになった。皆、喜べ。」
おおおおお!と歓声が上がる。
いきなりの歓声に驚いてしまった。
反応に困ってしまったが、とりあえず慌てて頭を下げて挨拶をする。
私は騎士団の人達に歓声が上がる程のことはしていない。
自分に襲いかかってきた魔王を瞬殺し、騎士達の傷を癒しただけ。
騎士達のように苦労して戦っていないのだ。
乱暴な言い方をするならば、一方的な蹂躙。
あれを戦いだとは言わせまい。
傷を癒したのは人として当然の事をしたまでだ。
あんな状況を放っておく方が非常識のはず。
あくまでも私の考えに過ぎないが。
何の力もない人間が医療道具すらその場にないのなら放っておいてしまったとしても、誰もその人を責めることは出来ないと思う。
あの魔王城に医療道具なんてあるはずがない。
あの場の状況で出来ることは限られていた。
それは現場に居た私がよく把握している。
しかし、私には超能力があった。
念動力だけではなく、治癒も出来てしまう力が。
そんな人間が人を助けるということは至極当然のことだろう。
だからこの状況に戸惑っていた。
「もしかして、あまりこういう状況に慣れてないのか?」
「いえ、そういう訳ではなく。私は本当に大したことはしていないんです。なのにこんな喜ばれるなんて……。」
元の世界のように大層な手術をして誰かを助けたわけではない。
それで人が助かったのなら大いに喜び、感謝するのは分かる。
でも、この力はコントロールだけなら努力の賜物であって力自体は大層な力ではない。
だから、大したことをしたという感覚が全くないのだ。
「謙虚なのは良いことだけど、過ぎるのは良くないぞ?」
「す、すみません!気をつけます………。」
け、謙虚ですって…!?
驚くべき言葉がアルバートさんの口から飛び出した。
思わず反射的に謝ってしまったが、私は決して謙虚な人間ではない。
自分で思っていても悲しくなるが事実だ。
私はただの地味なその辺の人間である。
謙虚とは自分のことを偉い人間だとは思わず、更に学ぶ姿勢がある人間のことだ。
その意味に則ってみればこの国の人間にとって私はただの異邦人である。
異邦人は偉い人間とは程遠い。
更に学ぶ姿勢?
勉強はあまり好きな方ではない。
元の世界ではそこそこの学力があれば良いか、と思っていたくらいだ。
以上のことから私は謙虚と呼ぶには程遠い人間である。
「怒っていないぞ。すまんな。君に出来ることをやって貰えれば嬉しい。」
「……はい!」
謙虚という言葉に少し戸惑ってしまったが、逆にその言葉で自身を取り戻すことが出来た。
自分に出来ること、ということなら可能だ。
アルバートさんは大人だなぁとしみじみ思ってしまう。
こんな小娘に言葉だけで気を取り戻させるとは。
流石、騎士団のトップなだけある。
私は気持ちを切り替える。
一体何を協力すれば良いのだろうか。
「君には騎士団員達の補助をして欲しいんだ。」
「補助ですか?」
「例えばそうだな…団長の身体強化とか。」
「そんなことでしたらお安い御用ですよ。」
「……まさかだが、騎士団員全員にかけるとか出来たりするのか?」
「そんなの簡単ですよ。じゃんじゃん頼ってください!」
何か難しいことでも要求してくるかと思ったが、違って良かった。
団長だけという指定の方が正直に言って面倒だ。
どうせなら、ここに居る全員の身体を強化させてもらった方が力もコントロールしやすい。
そんなことくらい朝飯前だ。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「ええ。問題ありませんよ。」
笑って答えてみる。
信じられない、という彼の心が聞こえてきた。
超能力者ならこれくらい出来て当然ではないだろうか。
実は元の世界でも他の超能力者に出会ったことはないけれど。
「早速始めましょうか!身体強化でしたよね?」
「あぁ…。総員、訓練を開始しろ!」
団員達がそれぞれ散らばる。
皆、キリッとしていてとても見ていて気持ちが良い。
私は彼らに両手を翳して集中した。
本来なら片手で十分な事なのだが、万が一に怪我でもさせてしまったら大変だ。
念には念にをということで両手だ。
(身体強化!)
全員の筋力へ筋肉痛にならない程度に最大に強化をかける。
魔法でも十分だと思うのだけれど、今は理由を聞かないでおこう。
テレパシーで聞こえそうになったのだが、力を封じて耳を塞いだのだ。
どうやら大人の事情とやらがあるとのこと。
子供の私には手に負えないことなのだろう。
知らぬふりを決めることにした。
それよりも今は頼まれた事への集中だ。
私はアルバートさんの隣で超能力を使い続けた。
それから数時間、彼らに身体強化を使い続けた。
だが突如、アルバートさんに休憩するように言われしまった。
少し怒っていたような表情だった気がする。
私、役立たずだったかなと落ち込んでしまう。
魔法がある国にただの超能力者だなんて。
本当は無意味なことなのかもしれない。
訓練場の側にあるベンチに案内されて一人座る。
少し俯いたまま自身の存在意義を考え込んでしまった。
「異邦人とは貴女のことね?私はべアクールと言うの。」
落ちこんでいる時にこんなことってあるだろうか。
ベンチの横に座ってきたとんでもない美女。
傾国の美女というものが存在するのならきっとその類の美女だ。
しかもそれだけではない。
この美女、人間じゃない。
気配からしてハッキリとわかってしまった。
人間じゃないのなら何者だろうか。
まさか、妖怪?
いいや。
それはあり得ない。
妖怪は日本独特のものである。
ならば幽霊?
それも違う。
何故なら、神聖なものを感じとることができるからだ。
何者だろうか、と必死に思案していると美女は面白そうに口を開いた。
「名前で分からない?私はこの国の創世神。女神よ。」
クスクスと笑いながら美女はそう言った。
創世神だって?女神?
とんでもない人と私は出逢いをしてしまった。