第二話 ベアクール王国
私が転移された国の名はベアクール王国。
もちろん、元の世界には存在しない国である。
女神を信仰している王国であり、女神は国の象徴でもあるらしい。
私の世界の国との大きな違いと言えば、魔法が当たり前に存在しているという事。
才能ある人間にしか扱う事は出来ないそうだが、魔法事態は珍しいものではないのだという。
つまり日常に当たり前に存在するものという事だ。
私に例えれば才能ではないが、超能力が当たり前に使えるといった感覚に近いのだろう。
ファンタジー世界お決まりの展開もある。
魔獣やスライムや魔竜といったまるでゲームの世界に現れるエネミーが国の脅威になっているそうだ。
中には瘴気などといった人に害を与えるものもあるとか。
それらの脅威に対抗しているのが主に王国騎士団。
魔王討伐も王国騎士団第一騎士団が主軸となり、作戦を進めていた。
事前に調査していた魔王城の構造を皆が頭に叩き込み、まるで奥へと導かれる様に城の廊下を進んでいっていたのだという。
だが、そう簡単にラスボスに辿り着けるわけがない。
何せ最後の砦である。
現に魔王の居る大広間までは手下達がおり、かなり時間を浪費したそうだ。
それでも大きな怪我を負う事はなく順調に魔王の手下達を倒していき、ついに魔王の元へと到達。
しかし、そこで問題が発生した。
魔王の力が想像以上だったのだ。
代々、魔王というものは倒されては復活していたそうだがその文献以上の力があったのだという。
ある騎士は己にある魔力を最大限に使い、剣に纏わせて走って魔王を斬ろうとし。
ある騎士は動きだけでも止めようと足にしがみつき。
ある騎士は自慢の筋肉に魔力を込めて最大限に力で空中を飛び、首を狙った。
だがそれらは全くの無意味に終わってしまった。
魔王は傷一つ傷つくことはなかったのだという。
まるで嘲笑うかのように、魔王は玉座から動く事はなかった。
それでも彼らは立ち向かった。
無意味だと分かっても立ち向かった。
何故なら王国騎士団は国の防衛の最後の砦だからだ。
彼らが諦めてしまったら国は滅んでしまう。
だから戦った。
傷をついて血を流そうと、意識がなくなりそうになろうと。
戦い続けたのだ。
だが現実というものは残酷だ。
力というものはある時には絶対的なものとなる。
勇気や気合いでどうにかなるものではない。
それでどうにか出来てしまうのはフィクションの世界だけだ。
私にとってはここはファンタジーの世界だからフィクションに近いものだけれど。
でもこうして今、地に足を付いて歩いている。
残念なことに現実なのだ。
彼らが何をしようとも魔王に傷一つ傷つける事は出来なかった。
飽きたと言わんばかりに魔王はついぞ立ち上がりとどめを刺そうとした。
誰もが全滅を覚悟した──そんな時だった。
私という謎の存在が魔王の前にひょっこりと現れたのは。
この国ではは珍しい黒く長い髪に黒い瞳。
そしてコートと鞄にブーツ。
明らかにこの世界の人間とは思えない姿だっただろう。
途中から暑くて脱がせて頂いたが。
現れ方としては救世主と言えなくもないが、多分そうではないだろう。
確信はないけれど。
「此度の働き、誠に感謝する。」
現在、私はベアクール王国の王様に謁見している。
あの後、唯の庶民とは納得してくれなかった。
あんなに考えた案の後に納得してくれないとは心外だと心から思った。
その納得してくれなかった騎士の名はアルバート・ガーデン。
190cmの高身長に赤い髪、青い瞳が特徴的な騎士である。
王国騎士団総騎士団長を任されている騎士の中でも最も高い身分の騎士だった。
そんな大層なご身分の騎士様に懇願されてしまったのだ。
どうかこの国のお城にきて欲しいと。
最初はもちろん、丁重にお断りした。
まず断る理由として行く理由がない。
私の事は適当に彼が報告すれば良いだけの話だ。
本人が行く必要はないだろう。
それに私はこの世界の人間ではない。
この制服を見れば間違いなく異端扱いされる。
異端といえば魔女裁判を彷彿させる。
西洋風の国だから尚更だった。
それは勘弁願いたい。
以上の事を彼に告げようとした。
しかし、そこである事実に気がついてしまったのだ。
私には行く宛がない。
このままでは路頭に迷うということに気がついてしまったのだ。
つまり、選択肢というものがない。
冷や汗をかいた。
気がついてよかったと。
仕方なく、本当に仕方なく彼の懇願に応えることにした。
そうして王国や魔王との戦いの話をお城へ行く道すがら知ったのである。
そんな壮絶な戦いだったのね…と瞬殺してしまった魔王に思いを馳せてしまう。
南無阿弥陀仏。
私がしたのは戦いではないわよね、とも思ってしまった。
もし私が騎士ならカッコ悪いことこの上ない。
はぁ、と長いため息を漏らした。
お城に着くと、「うわぁ。」と感嘆の声を出してしまった。
魔王の城とは違うのはもちろんなのだが、フランスにあるシュノンソー城にそっくりだったのだ。
写真でしか見た事はないが、庭園も手入れされている綺麗なお城だったと記憶している。
そうして到着して早々の話である。
メイドさんに問答無用でドレスアップされてしまった。
髪もこんなハーフアップにされるとは思わなかったし、エメラルドグリーンのドレスをコルセット付きで着せられている。
まるでどこぞの国のお姫様のようだ。
顔は美人でないのが残念だけれど。
このような豪華なドレスを元の世界でも着たことがない。
貴重な経験をさせて頂いているが、別段したくもない経験だった。
所詮、私は庶民である。
庶民的な考えしか出来ない。
────そして今に至る。
「特別な事をしたつもりはありません。当然の事です。」
「魔王を討伐に多大なる貢献をしている。これを特別と言わずしてなんと言うか。」
「……私はこの世界の者ではないので価値観が違うのでしょう。」
「そうか。ならば、こちらの価値観で言わせて貰おう。そなたに褒美を与えたい、何を望む。」
「褒美………ですか。」
そんな事は全く考えてはいなかった。
そちらの価値観で言われたとしても、私には褒美を貰うほどのことはしていない。
騎士達のように苦戦したわけではない。
…瞬殺だったし。
何故だか考えていたら悲しくなってきた。
なので全くと言っていいほど思いつくことが出来なかった。
だが、褒美と言えるものか分からないがお願いしたい事はある。
「褒美と言えるか分かりませんが、衣食住をしばらく困らないような場所を提供して頂きたいです。」
「それはもちろんだ。城の離れを提供しよう。」
「ありがとうございます。」
「褒美の件はまたにするとする。それよりもそなたに幾つか尋ねたい事があるのだ。」
(私が救世主なのかどうか、という事でしょ。)
テレパシーで声が聞こえてきた。
これからその言葉を知るというのに。
超能力ってこういう時に必要なものなのだろうか、と少し考えてしまう。
愚問だなと自身の問いかけに答える。
そもそも、生きていく上で超能力なんて必要がないのだ。
「お主は異世界から来たとアルバートから聞いた。もしや救世主なのか?」
「断定は出来ませんが恐らく違います。ただの異邦人です。特別な儀式はなさっていないんですよね?」
「あぁ。聖女の召喚の儀式の準備以外はしておらぬ。」
(聖女………ね。面倒なことにならないといいのだけど。)
なんとなくだけれど嫌な予感がした。
聖女とは色々な意味がある。
例えば奇跡を起こす力を持つ女性、高潔な女性、慈愛に満ちた美しい女性などだ。
この国にとっての聖女の役割は分からないが……。
こういう嫌な予感は昔から当たる。
…当たるというよりは『超直感力』という超能力の一つで名の通り、直感が必ず当たるというものだ。
いきなり解放される力なのでこれは制御出来ない類の力である。
ろくな展開にはならないわね、と今のうちから覚悟を決めておくことにした。
「それならば恐らく違います。混乱させてしまい、申し訳ございません。」
「そなたが謝る事ではない。もう一つ尋ねたいのが、そなたのその力はなんだ。魔法ではないのだろう?」
(超能力の説明か…結構面倒ね。)
「人智を超えた力、または超常現象を引き起こすことが出来る力を超能力と言います。これを引き起こせる人間を超能力者と呼びます。私はその一人です。」
私が扱える超能力は超能力と言われるもの全般使える人間だと思ってくれていい。
説明するのも面倒になるほど色々な力が使えるのだ。
まぁ、便利と言えば便利だが。
超能力が使えるからといってなんということはない。
私はただの高校生に過ぎない。
それ以上でもそれ以下でもない。
超能力は私の唯の一部に過ぎない。
先程も述べたように、生きていく上では必要のない力だ。
「人智を超えた力…例えばどのようなものだ?」
(魔法が当たり前に使える国で念動力を見せてもね…だったら。)
《王様、私の声が聞こえたら返事してください。》
城に居る全員にテレパシーを飛ばしてみた。
多分、魔法では出来ないはずだ。
ここに居る全員の頭の中を覗いてみての判断だった。
案の定、王様や周りの人達は驚愕を隠しきれずにいる。
どうにか王様は「あぁ。」と返事をしていた。
「これがテレパシー。頭に直接意思疎通やその人の考えている事も読み取れます。これが、私の超能力の一部です。」
まだ皆は驚きを隠せていない。
無理もないわね、と小さくため息をついた。
私も幼い頃はなかなか力をコントロール出来ずに驚いたり泣いていたりしたものだ。
聞きたくもない心の声を聞くのは耐えがたいものだった。
子供の場合は大抵は悪口が多かった。
普段、温厚で優しい子なんかが特にそうだったのだ。
ギャップが酷すぎてよく泣いていた記憶がある。
大人の場合はもっと酷かった。
幼い頃の話だから記憶は朧げだが、かなりえげつないことを思っていた気がする。
思い出したくもない。
脳が拒否してしまうほどだった。
今はもう、力をコントロールしているからそんな事はないけれど。
それらの出来事で学習したことが一つある。
人間を見た目で絶対に判断してはならない、ということだ。
「では一体何が出来ないのだ?」
「元の世界に戻る事ですね。私のテレパシーが元の世界に通じない。つまり、帰れないんです。」
「そうだったのか…そんな事態になっているとは知らずに色々すまない。」
「いえ。超能力は万能ではありませんから。仕方ありません。」
そう、超能力は万能ではない。
私にだって出来ないことはたくさんある。
恐らく私が異世界に転移する羽目になったのはトラック事故が原因か、転移することが出来る何者かが私を転移させたか。
或いは世界の何らかの力の類だろう。
別に怒りの類は感じない。
これはどうしようもない出来事の一つというやつだ。
二度と帰れないと分かった事はとても悲しい事だが、嘆いていても何も変わらない。
それで変わるなら現実は甘く作られている。
それよりもこれからどうしようかと考えなければならない。
衣食住はしばらくは提供して貰えるようにしてもらったが、いつまでも甘え続けるわけにはいかないだろう。
何故ならここは王族が住む家だからである。
庶民の私が本来ならば住んではいけない場所のはずだ。
だから甘えるわけにはいかないのだ。
この国にも通貨はあるようなので、何かしらで賃金を稼がねばならない。
それだけではない。
今は良くても衣食住出来る場所を自ら探さねばならないのである。
お先真っ暗状態に近いが、すべきことは沢山ある。
私はひと通りの質問に答えてから自らの未来に思考を移した。
「陛下、私から一つ提案しても宜しいでしょうか。」
王様の側に控えていたアルバートさんが口を開いた。
考え事に集中していた私は少し驚く。
どうやら私の処遇について話そうとしようとしているようだった。
「彼女に騎士団の手伝いをして欲しいのです。もちろん、本人が拒否すれば却下します。」
凛とした声だった。
さすがは王国の騎士を統べる騎士団長だ。
独特の威圧感というものがある。
私にはさっぱりないものなので、いつかは何かしら持ちたいものだ。
人生経験を積めば持てるものなのかもしれないけれど。
「アルバートはそう言っておるが、そなたは?」
「私に出来る事でしたら…。」
「許可しよう、総騎士団長。」
「ありがとうございます。ルリもありがとう。」
特に断る理由もないので即答した。
むしろお先真っ暗に近いこの状況でその提案は有り難かった。
アルバートさんはこちらに笑顔を見せてくれた。
イケメンの笑顔は眩しい。
目を閉じたくなった。
お父さん、お母さん。私、瑠璃は知らない土地で何とか頑張ってみます。
あまりそちらの世界で使うこともなかった超能力を使って。
まだまだ不安な点はあるものの、この世界で生き抜いてやるぞという決意だけは固めることにした。
それが、私に唯一できる親孝行だと思ったから。