第十三話 心境の変化
恋って何で出来ているんだろうか。
カレーみたいなスパイス?それともお菓子のような砂糖から?
今までの私なら絶対に考えないようなことを最近考えるようになった。
だって最近、アルバートさんが宣言した通り彼の行動が変わったんだもの。
訓練場にいつものように行っても、必ず「今日もかわいらしいな。」とかそんな砂糖を吐くようなセリフばかり言うのだ。
騎士団の人たちは何事もないように行動している。
どうやら私より先にアルバートさんの気持ちをとっくに気がついていたらしい。
すると蚊帳の外に居たのは私だけだった、ということだ。
少し自分の鈍さに恥ずかしくなった。
それから何をするにしても、アルバートさんのことばかりが頭に浮かんだ。
これは決して恋というものではないのだと思う。
単に、好かれて意識をし始めたというだけの話だ。恋とは全然違う感情。
これを恋というのは本気で恋をしている人に失礼な話だ。
そんなウダウダとした考えばかりしていて本気でわからなくなっていく。
恋って、人を好きになるって、どういうことなんだろうかと。
「気がついたら気がついたで、今度は考えこむのね。」
女神様が夕食後にそう呆れて言った。
だって仕方がないじゃないか。
超能力の暴走を見ても私を好きだと言ってくれた人なんて、今までいなかったのだから。
正直な話、アルバートさんからは一線を引かれているのだと今までは思っていた。
ゴブリンの残忍な殺し方を見て引かない方がおかしいのだと思っていたのだ。
なのに、アルバートさんはますます惹かれたのだと言う。
あんな力を見せられておかしな話だと思う。
でもちょっとだけ嬉しい自分も居た。
怖がらずにいてくれる人が本当に居てくれたのだと知ることができたから。
私の何処が良いのかな…。
それが何度聞いても1番よくわからないことだった。
私は自分でも分かっているように自己肯定感というものがとても低い。
それは人を超能力で沢山今まで傷つけてしまったからだ。
コントロールが可能な今でもそれは変わらない。
自分というものが、未だに1番怖いのだ。
翌日。
今日も訓練だ。張り切って行こう。
私は茶色のワンピースをクローゼットから引っ張り出し、着替える。
最近、髪の毛が邪魔だと感じているので後ろで纏めて1つに縛り上げた。
「あら。随分今日はシンプルな髪型ね。」
「そうかしら。いつもシンプルのつもりだけれど。」
「貴女、素材がいいものねぇ。何をしても美人だし。」
美人?ついに目がやられてしまったかしら?この女神様。
美人というのは貴女のようなことを言うのよ、と反論したかったが時間がない。
慌ててテレポートをした。
「おはよう、ルリ。おや、今日は髪型が違うね。素敵だ。」
「おはようございます、アルバートさん。そうですかね。いつもの髪型だと邪魔なので。」
「ルリらしい理由だ。」
愛しい者を見るかのような視線が慣れない。
蒼い瞳が弓形になり、微笑みが今までとは違う。
鈍い私でも気がついたらそれは分かることだった。
「皆、集合!」
いつものように訓練が始まった。
お昼。
休憩時間になった。今日は、故郷である日本のお弁当を再現してくれたものを箸で食べる。
別に頼んだわけではない。
ただ、コック長に聞かれたのだ。
故郷の料理はどのようなものだったのか、ということを聞かれて話をしただけだ。
国王に出す料理のネタにでもしようとのでも考えていたのか、と思ったが違ったらしい。
まさか私に弁当を作るために聞いたのだなんて思いもしなかった。
ベンチに座り、受け取ったお弁当を広げる。
すると、だし巻き卵や白いご飯に焼き肉、きんぴらごぼう、様々な料理が詰め込められていた。
「いただきます!」
手を合わせて食べようとした時だった。
「随分美味しそうだな。見たことない料理ばかりだ。」
後ろからアルバートさんの声が聞こえた。
私は、「お疲れ様です。」と返答する。
「君が作ったのか?」
自然にベンチの隣に座ってきた。
別段驚いてはいない。
気持ちを伝えられる前はこんなことはなかったのだが、最近は増えた。
「いいえ、コック長ですよ。こんな綺麗に私は作れません。」
「そうなのか。見たことがない料理が多い気がするが。」
「はい。私の故郷の料理を再現したようです。有難いことです。」
「そうか、君の故郷の…。」
そう言ってから私はだし巻き卵を1つ箸で取った。
「食べてみますか?きっとコック長の料理だから美味しいですよ。」
「いや、よしておこう。俺はどうせならルリの料理が食べてみたい。」
「私のですか?」
「あぁ、君がいい。」
私がいい。
その言葉に私は心臓の鼓動が飛び跳ねるのが分かった。
何だろう、この気持ちは。
わからない。
わからない。
わからない。
自分の気持ちが超能力で分かればどんなにいいのか。
自分の力の使い勝手の悪さが憎く思った。
「ルリ?」
「何でもありませんよ、アルバートさん。」
この気持ちを彼に知られたくはなかった。
何だかそれは負けたような気がして。
何に負けたのかもわからないけれど、それでも。
絶対に話したくはなかった。
「じゃあ、今度作ってきますよ。いつ作れるかは分かりませんけれど。」
「本当か!?嬉しい。」
「そんなに喜ばなくてもお弁当は逃げませんよ。」
話題を私から逸らすことにした。
そうしなければならないと思った。
そうすることで自分の心の平穏を保とうと考えた。
午後、訓練が開始される。
実践の訓練だ。相手は私。超能力を駆使して全員の攻撃を躱していく。
この時ばかりはテレパシーも解禁している。
もし、私と同じような能力を持つ敵が現れた場合を想定しての訓練だ。
全ての、あらゆる能力を解放して1つも攻撃が当たらないようにした。
「ルリ殿強すぎる…。」
「俺たち結構強いはずなんだけど…。」
最近、自信をなくしかけている騎士たちが多数。
だが私は手を抜くつもりはない。
あの魔王相手に苦戦していたのだ。
私に一太刀でも浴びせられなければこの国を守るだなんて無理だろう。
そう考えてのことだった。
「弱気な発言をするな!ルリに一太刀でも良いからと強気になれ!」
アルバートさんの怒号が飛び交う。
彼は騎士たちに対して訓練の時はかなりスパルタだ。
団長なのだから責務というやつだろうか。
普段は温厚な性格なのは知っているから今は騎士として厳しく接しているのだろう。
人格の切り替えも大変だなと他人事のように思った。
訓練終了後。
「今日もルリは容赦なかったな。」
「アルバートさんが言ったんじゃないですか。受け身で全力で躱してくれって。」
「まぁ、そうだがな。そんな容赦ないところも好きだ。」
ドクン。
跳ね上がる鼓動。
心臓がうるさいのが止められない。
どうしちゃったんだろう、私。
アルバートさんがくれる言葉が嬉しくて仕方がない。
今までもこんな言葉いっぱいくれていたはずなのに。
どうして今になって私はこんな風になっているのだろうか。
わからないことだらけだ。
「では失礼しますね。また明日。」
「あぁ。また明日な。」
アルバートさんは終始変わることなく紳士的に接してくれた。
この私の変化に気がついていないのだろうか。
きっとそうだ。そうに違いない。
それで良い。その方がいい。
私は、このわからない気持ちを気がついて欲しくない。
そう願うように思った。
休日。
「随分とまぁ、乙女なのね。瑠璃って。」
「…何の話かしら。」
「またまたとぼけちゃって。本当は自分でも気がついているのでしょう?」
この女神様は本当に意地悪だと思う。
きっと千里眼で私の様子を見ていたのだ。
だから、私の変化に気がついたに違いない。
でも言ってやるつもりはない。
私と違って、女神様はテレパシーは使えないのだから。
私の気持ちなんて分かるはずがない。
「何の話だか、さっぱりだわ。」
「とぼけるが上手くなったわねぇ。一歩大人になったということかしら。」
むしろ逆なような気がする。
小さな子供が喚いているかのように自分の気持ちを無視しているような気がする。
それは成長したということではない。
逃げているということだ。
自分でもそれはわかっている。
わかっているけど今は逃げたいのだ。
そんな自分が居てもいいと思う。
目を逸らしてはならない自分の気持ち。
でもまだ向き合いたくない気持ち。
この2つが拮抗している今は逃げたい。
要するには今の私は。
嫌な事から逃げたいのだ。
そう自分の気持ちに蓋をしながら本を開いた。
夕方。
読み終えた本を返すために私は城の図書館に赴いていた。
すると見覚えのある姿が2人。
天草くんと陽子だ。
彼らはヒソヒソしながら何やら秘密の会話を楽しんでいる。
私は2人のお邪魔にならないように、本をそっと棚に戻していった。
邪魔をするのも良くないと思ったので黙って図書館を後にしようとすると、
「瑠璃!ちょっと話付き合いなさいよ。」
陽子に呼び止められた。
ここは図書館だ。
五月蝿くするのは厳禁とされている。
人差し指を伸ばして口に当てると、陽子は慌てて口を閉ざした。
そのままこちらへ手招きしようとしてくる。
まだこの子は私に用があるのかしら…?
そう疑問に思いながらも仕方なく2人の元へ行こうと決めた。
「場所を変えましょう。」
小さな声で私はそう言った。
「アルバート様と上手くいってるの?」
離れの近くにあるベンチで陽子は開口早々そんなことを尋ねてきた。
な、な、何を言ってるのかしら。
そもそも、国王から婚約しないか?とか言われただけでそれがきっかけでアルバートさんの気持ちを知って…。
よくよく考えたらそれだけだ。
別に何もない。今まで通りだ。
「別に何もないわ。何か勘違いしていない?」
「あれ。アルバート様と婚約したのでしょう?」
「国王がしないか?って疑問系で訪ねてきただけ。別に婚約していないわ。」
「ふーん…瑠璃って超が付くほど美人だからアルバート様の隣にいても劣らないわよねぇ。羨ましいなぁ。」
「ちょ、何を言っているのよ。私なんか美人じゃないわ。」
「瑠璃の場合、本気でそう思ってんだよね。あの女神様、苦労してんじゃない?」
「女神様は関係ないと思うけれど。」
最後は強気で反論した。
女神様は本気で関係ない。勝手にぶつくさと言っているだけだ。
その言葉の意味も最近は理解できるけど納得はしていない。
あの女神様の言う事に納得してしまったら何だか負けなような気がする。
「アルバート様は苦労していそうだなぁ。」
「彼は関係ないじゃない。」
「大アリじゃん。婚約者候補の1人なんだから。」
「候補の1人?どういう事?」
「天草から聞いてないの?天草も瑠璃の婚約者候補の1人なんだよ?」
そんな事聞いてないわよ!!!
あの国王、ボケてるんじゃないでしょうね。
あの時にそんな事言っていなかったじゃない!
アルバートさんとだけみたいな話の雰囲気だったじゃない!
内心、憤慨する。
アルバートさんに対しても失礼だと思う。
彼は、アルバートさんんはこのことを知っているのだろうか。
まだ訓練場にいるはずだ。
私は「急用ができたから失礼するわ。」と言って慌ててテレポートをした。
「あ、いた。アルバートさん!」
「ルリ。そんなに慌てて一体どうしたんだ。」
「あの、天草くんのこと、知っていたんですか?私の婚約者候補だって。」
「なんだそんなことか。知っていたよ。だから負けていられないと思っているところさ。」
なんと。
アルバートさんは天草くんのことを知っていたらしい。
また蚊帳の外にされてるわよ私…。
そう思っていると、アルバートさんが覗き込んできた。
「俺が知らないと心配になったのか?」
「もしそうならいくら国王でも失礼なんじゃないかと。」
「そうだとしても俺は仕えるべき騎士だ。何の文句もないよ。」
どこまでも彼は真っ直ぐだ。
その姿勢に感心してしまった。
そうだった。
彼は、アルバート・ガーデンという男はそういう人だった。
どこまでも私に対して真摯に接してくれた人だった。
だからこそ、私は──。
いやいや、やめよう。
ここから先の思考は停止しよう。
気がつきたくない。
今のままで居たいから。
だから今はこのままで。
彼の言葉に甘えるとしよう。
『本当は気がついているんでしょう?』
今だけはその言葉を無視することにした。